第24話 嵐の資材室

 僕は資材室のテーブルを挟んで、藤乃さんと向かい合っていた。

 追加で寄贈された書籍の登録作業のためだったのだが。


「どうしたんですか、さっきからわたしの顔ばかり見てますけど」

 さっさと仕事しろ、と言わんばかりの口調だ。でも、それがいい。


「ああ、癒やされるよー、藤乃さん」

 思わず心の声が出てしまった。

「ちょっと本当に気持ち悪いですよ。大丈夫ですか」

 さすがに不安になったのだろう。僕のとなりにやって来た。


「なんだか、すごくきれいな人が転校して来たらしいじゃないですか」

 まさに、その事なのだ。

 斎原も、なんであんな仲の悪いやつを、わざわざ図書委員にしたんだろう。


「そんなに、きれいな人なんですか、その才原さんって」

「ああ、そりゃあ、ね」

 言いかけて気付いた。

「いや、もちろん藤乃さん程じゃないけどね……」


 ふへぇ、と藤乃さんの顔が緩んだ。

「そうなんですか。そんな、わたしは別に気にしてなんかないですけどね。でも、まあ、だったら良かったです」


 ばたばた、と外で足音がした。


「あーっ、こんな所にいた」

 探したんだぞ、と言いながら資材室へ入って来たのは才原未散だった。

「おい、そこの男」

 才原は僕の横に立った。細長い指で、僕の頭を両側から掴む。

「ちょっと顔を見せろ」

 ぐい、と上を向かせられた。

「い、いてて」

 首がねじれてるんだけど。


 才原は、そのまま顔を近づけてくる。

「あ、あ、あの。何をしてるんですか。それ、わたしのですよ!」

 藤乃さんが悲鳴のような声をあげた。


「貴様、……もしかして君衣燎里きみいかがりか」

 斎原美雪に言われる『貴様』とはまた違った趣きのある言い方だ。しかも、もう数センチしか顔の隙間が無いんだけど。

「は、はあ。そうですけど」


 ほうっ、とため息をつき、才原の顔が遠ざかる。

 頭を固定していた手が外されたと思うと、僕の身体をすごい力で抱きしめた。

「ぐ、ぐえっ」


「え、え、えーっ」

 横目で見ると、藤乃さんが椅子から立ち上がって、あたふたしているのが分った。


 ああ、でも申し訳ない、藤乃さん。君には無いものが、いま僕の胸に押しつけられているのだ。ちょっと静かに見守ってほしい。


「かがり、私のこと忘れちゃったの? 才原未散だよ」

 いや、僕は最初から分っていたけれど。お前が気付かなかっただけだ。

「もう、何で言ってくれないかな。かがりだったら、胸くらい好きなだけ揉ませてあげたのに」

 そ、そうなのか。


「ちょっと待ちなさいよ」

 さすがの藤乃さんも怒ったらしい。

「胸がなんだというの。わたしの部屋には、彼が持って来た、…あの、…あ、アレがあるんだからっ!」

 ああ、この間のおみやげ。いや、そんな事を言っている場合ではないと思うぞ、藤乃さん。


「なに、こいつ」

 才原は藤乃さんを上から下まで眺めた。

 ぷっ、と吹き出す。

「やだ、かがりったら。これ、ロリじゃん。もう、かがり。いつからロリコンになったの。怖ーい」

 この変態。と、高笑いをしている。


「おっと、こんな事をしてる場合じゃなかった。じゃあまたね、かがり」

 来た時と同じように、ばたばたと才原は去って行った。



「あの…今のが転校生さんですか」

 呆気にとられた表情で、藤乃さんは出口を見ている。

「君の知り合いなんですね。しかも、親しそうじゃないですか、すごく」

「なぜあそこまで、僕になれなれしいのか分らないけど」

 本当に分らない。僕の記憶にないだけで、昔、何かあったのだろうか。


「それに、許せません。あんな酷い事を言うなんて」

 これについては藤乃さんが怒るのも当然だ。僕もそう思うぞ。


「君のことを変態だなんて!」

 いや、ひどい事を言われていたのは藤乃さんだと思ったのだが。

 まあ、藤乃さんが気にしてないなら、別にいいのだけれど。




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