第25話 才原はあきらめない
「これが日本最大の高校図書館か……」
書架は天井まで届き、壁を埋め尽くす。狭い通路以外はすべて本棚といっていい。
「話には聞いていたけど、すごいな」
その少女は書架を見上げた。
「うん?」
鋭い視線を図書館の奥に向ける。
視線の先には、半透明の虎が
「斎原美雪の仕業だね。図書館の主になったつもりか、生意気な」
片側の頬でせせら笑う。
じゃあ、退治しちゃおうかな…。そう呟いて本棚に手を伸ばす。
彼女の指先が一冊の本に触れた瞬間、それは強い光を発した。
光は書架に並んだ本を伝わって一直線にその虎を目指して伸びていく。
「……!」
しかし彼女は急に手を離し、振り向いた。光は虎に届く前に霧散するように消えた。
「もう一匹いたのか」
すぐ後ろに白銀の狼が近付いていた。一歩、後退りした彼女は首をかしげ、目を細めた。
「誰だ、お前」
「まあいいだろう、貴様も私に従え」
彼女は狼に向けて手を伸ばした。
彼女の能力は、文妖を従える事だった。
「あああっ!」
狼の額に触れる寸前、伸ばした彼女の左手が青白い炎に包まれた。肌が焼ける匂いが鼻をつく。彼女は悲鳴をあげ、床に転がった。
低く、嗤うような声が狼の喉から聞こえた。
「おのれ、おのれ、おのれっ!」
左手を押さえ、彼女は呻いた。炎が消えると、なんの痕跡もなかった。これは幻覚だという事は分っていたが、熱と痛みはいつまでも残っていた。
狼は彼女に背を向けると、すっと見えなくなった。
図書館には彼女、
☆
「ただいまー」
家に帰ると、台所には母親の
「おい、才原。才原未散。なにやってんの」
「やあ、かがり。お帰りなさい」
才原が片手をあげた。
「ああ、ただいま、……じゃなくて!」
「しばらく、うちで預かることになったのよ。未散ちゃん」
はあ? 母親の言葉に耳を疑う。
じつは斎原家経由での依頼だというのだ。本人の希望で、斎原の大邸宅ではなく、なぜかこの家を選んだらしい。斎原との繋がりで何度か、ここに来たことがあるのは確かだ。でもそれは、随分前の話なのだが。
「転校したけど、手違いで住むところが決まっていないんだって。だからそれまでね。まあ、ずっとここに住んで貰ってもいいんだけどね」
「本当ですか、お義母さま! うれしいっ」
誰がお義母さまだ。
「あのな、才原」
「未散って呼んで」
うむ。まあ斎原と紛らわしいから、そっちがいいかもしれないが……。
「じゃあ、未散」
「なに? あなた♡……、ぎゃう」
いかん。思わず才原の顔面にパンチを喰らわしてしまった。なんだ、あなたって。
「いたた、何するのよ」
おでこを押さえ、才原未散が抗議する。
「もう、
母さんが呆れ顔で言った。
昔から? そう言えば今の感触に覚えがあるな。
「なあ、才原未散。なんで、うちに?」
もう一度訊いてみる。
なんでって、と才原は不思議そうに僕を見返した。
「だって、私たちは
☆
「まさか、忘れたの? 信じられない。あんな大事な約束を」
腕を組んで、ぷんぷん怒る才原。
だが、まったく記憶にない。
「あの、それっていつの話でしょうか」
「やだなぁ、小学校3年生の時だよ。かがりは、斎原美雪じゃなくて私を選んだんだよね」
これまで何度か言及している、あの事件。僕が斎原を振った、ことになっているのだが、でも。あれは折木戸を……。
「すみません、意味が分らないんですが」
「ええー? なんで分らないの。私、ちゃんと言ったんだよ。斎原が振られたら、その時は、かがりは私が貰うって」
言った、って誰に?
「もちろん、斎原に決まってるじゃない」
「そういう事は、僕に直接言え!」
本人が承諾してないだろうが。
すると才原未散は、頬を赤くして照れ始めた。
「だって、恥ずかしいじゃない。小3だよ、その時。直接なんて言えないよ。それにかがりが、私のことを好きなのは間違いないんだもの」
斎原も同じ事を考えていたらしいが。
お前たち一族は、思考パターンまで同じなのかっ!
☆
うちの二階は僕の部屋と、もう一つ空き部屋がある。
「じゃあ、燎里。あなたが隣の部屋に移りなさい。恥ずかしい本とか、残しておかないようにね」
ないよ、そんなモノ。
「あれれ。私がその空いた部屋でいいんですけど」
才原が慌てて言った。まあ、僕の部屋というのも抵抗はあるかもしれないが。
「その部屋はね、長いこと使ってないから掃除もしてないの。それに……」
出るのよね。ぽつり、と母さんが言った。
「で、で、出るって?」
「そこは、小さい頃に亡くなった姉さんの部屋でね。姉さんって、今でも時々本を読みたくなるらしいんだ」
これも一種の文妖かもしれないけど。
才原未散は、ごくりと唾を呑み込んだ。
☆
「じゃあ、おやすみ」
部屋の前で僕は才原と別れた。彼女は少し不安そうだった。
「かがり、本当に大丈夫なの、そっちの部屋?」
「ああ。だって姉さんだもの。全然心配ないよ」
なら、いいんだけど。才原は手を振って僕の部屋に入っていった。
「ぎやぁーーーーっ!!」
深夜、僕の部屋から才原の大声がした。
「ああっ、しまった!」
そうだった。忘れていたけれど、僕の部屋にも出るんだった。
折木戸が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます