第26話 図書委員会を開催します

「いや、別に謝罪は必要ないと思うぞ、がっちゃん」

 廊下を歩きながら折木戸は口をとがらせた。

「だって、才原は……」

 だって、じゃない。


 僕たちは才原さいばら未散みちるの教室に入った。

 教室に人だかりが出来ていて、その中心には才原がいた。

「おーっほっほ」

 高笑いする女王、才原を、周囲の男女が崇めているという図だった。


 今朝、なんだかボーッとしている才原が気になって、折木戸を連れてきたのだが、どうやらいつもの才原のようだ。

 恐るべき、才原未散。すでに復活していた。


「ほら見ろ。大丈夫ではないか」


 その声に、才原がこっちを向いた。

 ガタン、と椅子から立ち上がる。

「折木戸、……お姉さま」


 おい、才原が頬を染めて、両手で口をおさえているが。


「折木戸。お前、才原に何をした!」


「ゆうべは暗かったので、がっちゃんと間違えてな。びっくりしたぞ、がっちゃんが豊満な胸を隠し持っていたのかと思った」

 だから、そのいやらしい手の動きをやめろ。


「嬉しい、来て下さったんですね」

 才原は、そっと折木戸の胸に寄り添う。


(さすが折木戸さん…)

(くうっ、羨ましい。俺も折木戸さんと才原さんに…)

 とか、声がする。

 それを聞く限り、折木戸の人望も半端ではないようだ。


「ああ。がっちゃんが、才原に謝罪したほうがいいとか言うのでな」


「何ですって、このちんちくりん。お姉さまに失礼な事をお言いでないよ! そんなに謝りたいなら貴様が土下座でも何でもするがよいわっ!」

 いったい、誰?

 一晩で性格が変わってしまっているじゃないか。


 ☆


「ちょっと、そこのロリ。ところで、あなた。かがりとどう云う関係なのよ」

 才原は資材室のテーブルの反対側に腰を下ろし、腕を組んだままふんぞり返っている。目を細め、一瞬だけそれを見た藤乃さんは、また本を手に取り、データ入力を再開した。


「聞こえないの、あんただよ、ロリ藤」

 藤乃さんはテーブルの上の輪ゴムを指に掛けると、思いっきり引っぱって、弾き飛ばした。


「いたいっ。何するの」

 おでこを押さえ、才原が悲鳴をあげた。


「君衣くんの悪口を言うからです」

「え、何で。私、かがりの悪口なんて言ってないよ?」

 涙目で訴える才原。


「いいですか。わたしに酷い事を言うのは、君衣くんの悪口を言うのと同じですよ」


 才原は鼻白んだ。

「あの、それ、おかしくない?」

「何がですか。彼女として当然でしょう。今度言ったら許しませんよ」


「ああ、そうか……彼女だったんですね。えーと、ふ、藤乃さん」

 もう一度、伸ばした輪ゴムを突きつけられ、才原は急に口調が丁寧になった。


 ☆


 ああ、そんな事が。

 遅れて資材室に入った僕が、おとなしく藤乃さんの手伝いをしている才原を見て驚いていたら、月沼さんがこっそり教えてくれたのだ。


「斎原生徒会長代理と互角にやりあえる藤乃さんですから、ある程度予想はしていましたが……まさかここまでとは」

 そう言って月沼さんは身体を震わせた。

「それに、怒ると無表情になるんですね、あの藤乃さんって方は」

 それが怖さ倍増です。


 分りました。よく、憶えておきます。


 ☆


 僕を見た才原は、落ち着かない様子で立ち上がった。

「ちょ、ちょっと。さっきはね、少し狼狽えちゃって。も、もう。あの折木戸ったら変なことばかり。ほんとだよ、ゆうべは何もなかったんだから」


 もう完全に動揺しっぱなしではないか。


「小さい頃から、私はかがり一筋なんだから。ねっ、ねっ♡」

 藤乃さんが黙って輪ゴムを発射した。

 いや、こんどは直径10センチほどの大型ゴムバンドだった。これは、さすがに痛そうだ。


「止めなさいよ、ロリ藤っ! 私だって、たまには怒るんだからね!」

 藤乃さんはふん、と横を向いた。


 まあ、こいつはいつも怒っているみたいだから、説得力はないが。


 そうこうしているうちに、埜地のぢ祐介ゆうすけの首根っこを掴んで引きずるように斎原美雪がやってきた。

「往生際が悪いわね。逃げられると思ったの」

「いやだー。本の修理いやだーっ!」

 子供か。


「えー、折木戸さんは通常、図書館は出入り禁止なので、これで全員揃いましたね」

 斎原は資材室を見回して宣言した。正確には、図書委員プラス藤乃さんだが。


「それでは第一回、特殊図書対策委員会を開催します」


「じゃあ、お茶、淹れますね」

 月沼さんが喜々として、生徒会室から持って来たお茶セットを広げはじめた。


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