第27話 恋する遺伝子

「でも、不思議ですよね」

 図書委員会のあと、藤乃さんが僕の顔を見た。


「なぜ、あの人達は君なんかの事が好きなんでしょう」

 斎原美雪と才原未散の事だろう。折木戸は別として。

 それも、だいぶ失礼な質問ではあるけれど。

 もちろん、自分でも不思議だなー、とは思っているのだ。


「君って、全然スポーツマンじゃないですよね」

 どちらかと言えば文系男子だな。

「でも、勉強が出来るという訳でも無いし」

 それにも反論はできない。


「よく見たら、そんなイケメンでもないですしね」

 ……、それは僕を泣かせるつもりなのか。

「ちょっと、それ、酷くないですか、藤乃さん」

 仮にも、自分の彼氏に言うことか。


「あ、ああ。でも、わたしも好きなんですよ、君の事」

 慌てて取り繕う藤乃さん。

「ほんと? だったら、どれくらい?」

 ちょっと希望が湧いてきた。


「え。そうですね、コミック『寝台を支配する執事』の第3巻くらい好きです」


 これって、どう判断すればいいのだろう。しかも、第3巻って。


 ☆


 資材室に隣接した書庫では、才原と埜地が文妖の卵を探していた。

「これ、危ないよ。もう危険水域に達しているといっていい」

 才原が書架を見回して低く呻いた。


「図書の管理に問題があったのかい? 未散ちゃん」

 くねくね、と身体を揺らしながら埜地が髪をかき上げた。またちび〇子ちゃんの花〇くんに戻っている。

「名前で呼ぶな。そうじゃない、いまは、どこの図書館の蔵書もこんな状態になってきているんだ。そう、今年は文妖の当たり年、なのかな」


 探すまでもなかった。ほとんど全ての本が文妖の卵を孕んでいるのだ。

「……お前は、これに気付いているのか、斎原」

 才原未散は唇をかんだ。


「このままだと、どうなるんだい。未散ちゃ……」

 埜地は才原の後ろ回し蹴りを喰らって通路の端まで飛ばされた。

「おっと、激しい感情はここでは御法度ごはっとかな」

 言ったあと、自分でも古くさい言い回しだったなと反省する。


「どうなるか知りたい? 私が前にいた高校みたいになるんだよ」

 才原未散は拳を握りしめ、誰にとも無く呟いた。

 そして、倒れたままの埜地を置き去りにして書庫を出て行った。


 ☆


「失礼な事を言わないで下さい。かの名作『寝台を支配する執事』第3巻はわたしの中で、神の領域です」

 お、意外と僕の評価が高いようだ。


「まあ、でも最終の65巻には一歩譲るかな。いやいや、それなら13巻のあの展開はコミックの限界に挑戦した名作だし……」


 だいぶ評価が下がってきた。


「知ってますか、『寝台を支配する執事』の新シリーズ。『浴場に欲情する執事』なんですけど、これはもう神殺しと言っていい名作ですよ!」


 僕、殺されたみたいなんだけど。


「ああ、こんな話をしている場合ではないです」

 藤乃さんが、やっと我に返ってくれた。

「なぜ君がモテるのか、という話でした」

 そうだ、と藤乃さんは両手の人差し指を立てた。


「分りましたよ。君って、ずっと昔から松葉杖を使っていたんですね」

「藤乃さん、まずは自分の趣味から離れてもらっていいかな」


 おかしいな、藤乃さんは首をひねった。

「それ以外で、君に興味を抱く理由が分りません」


 僕は机に突っ伏して泣いた。


「そうか。こういう所ですかね。なんだか母性本能をくすぐられます」

 藤乃さんは僕の頭を撫でながら慈母観音の笑みを浮かべた。


「折木戸からは、変なフェロモンが出てるのではないか、と言われたけど」

 そうですかね、と藤乃さんは懐疑的だった。

「この前、背中にくっついた時は、別に何の匂いもしませんでしたよ。したのは加齢臭くらいで」

 ええっ、それは一番ショックなのだが。


「へへっ、冗談ですよ。君は日向ひなたのネコの匂いです」

 それってどうなんだろう。

 ケモノ臭じゃないのか?


「あと考えられるのは、遺伝子ですかね」

 遺伝子?


「遺伝子が共鳴し合うんです。『台所キッチンに立つチキン執事』の主人公たちはそうなんですよ」

 その物語が藤乃さんの中でどんな位置を占めるのかは聞きたくないが。


「いわば、遺伝子どうしが恋しているんです」

 ドヤ顔で頷く藤乃さん。

 冗談みたいな話だった。だが、僕には心当たりがあった。


 僕と、斎原の遺伝子が出会うと、どうなるのか……。



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