第21話 斎原、図書委員を招集する ①

「ところで君衣くん。我が図書委員会における最大の問題点は何だと思う?」

 斎原の声が上から聞こえてくる。

 僕が斎原の前で正座させられているからだ。

 いつものように、何かが斎原の逆鱗に触れたらしい。


「そうだな、お前が委員長というところじゃないだろうか」

 僕は斎原の太ももの辺りを見ながら答えた。

 もちろん、いやらしい意味ではない。気をつけないとこの体勢から膝蹴りを食らわせてくるのだ、この女は。

 しかも、いつの間にか図書委員会が斎原の私物になっているし。


「ふむ、君衣くんにしては悪くない答えだね」

 おや、褒められた。


「そう。わたしのような、何でもできる人間がトップに立つと下が育たないのよ」

 ちっちゃいくせに、でかい胸をはる斎原。

 いや、僕が言いたいのはそういう事ではなかったのだが。


 現在、図書委員が僕と斎原しかいない責任の所在は、100%お前だからな。図書委員長、斎原美雪。

「お前が、元の図書委員を全員クビにしたからだろっ!」


「困るのよね、能力もないくせに権力の座に居座ろうとする人たちって」

 お前に能力があるのは認めるが、図書委員は特権階級ではないぞ。全委員会のなかでも特に地味な部署だと思うのだが。

 せいぜい、自分の好みの本を図書館に置くよう、学校側に働きかけられるくらいしか、権限のふるいどころはないのだ。


「そこで、新たに図書委員会を組織することにしました」

 斎原は、名前が記載されたメモを僕に手渡した。

「まあ、これは私案だけど。君衣くん、あたってみてくれない?」


 ☆


「おい、がっちゃん。これは本当に斎原が書いたのか」

 あの折木戸が、そのメモを見て一歩後ずさった。

「そうだが。どうした、顔色が悪いぞ」

 まあ、分らないでも無い。その最初に書かれていたのは。


「あの『きみのなわ』事件の時の監督、埜地のぢ祐介ゆうすけだからな」

 僕と折木戸の中学時代の黒歴史、学園祭の悪夢。その元凶なのだ。

 だが折木戸は首を振った。

「そうか、がっちゃんは知らないのだな」


 な、なんだ。こいつがどうしたと云うのだ。


「うん。知らないなら、それに越したことはない。よし、もう大丈夫だ」

 まて、折木戸。

 僕の不安は増すばかりだぞ。


「おい、折木戸。理由を言え」

 立ち去ろうとする折木戸の首を後ろから捕まえ、がくがく、と揺さぶる。


「ああ、それ。気持ちいいぞ。ちょっと待て、いまパンツを脱ぐから」

 いつもながら、どんな性癖だ。


「あ、これは冗談だからね」

 とりあえず、教室内にお断りを入れる。

 でも、僕に対する視線は冷たいままだ。


「埜地って、うーん。がっちゃんは知らない方がいいと思うのだが」

「おい折木戸。まだ引っぱるのか」


 わかった。と折木戸は頷いた。やっと喋る気になったらしい。本当に手間がかかるやつだ。


「埜地は、斎原の、だぞ」


!!!


「どういう事だ。冗談にしても言って良いことと悪いことがあるぞ、折木戸!」

「いやあ、だけど事実だしな」

 困り果てた表情の折木戸。


 あの斎原が、そんな事になるはずがない。絶対嘘だ。

 よりによって、埜地だと?


「なんで、そんな事になった。斎原ともあろう女が」

 えっ? と折木戸が目を丸くした。


「それは、がっちゃんに振られたからに決まっているだろ。小学校の頃の話だからな」

 僕のせいだったか。


「がっちゃんも憶えてるだろう。あのころ、埜地はもっと真面目だったのだ」

「そう言えばそうだったな」

 結構な優等生だった気がする。

「まあ、斎原と付き合い始めてからおかしくなったがな。がっちゃんと同じで」

 なるほど、……いや僕は違うぞ。多分。


「じゃあ、まず、行ってみるか。でもあたしは、あいつ苦手なんだ」

 でもちゃんとついて来てくれる折木戸はいい奴だ。



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