第48話 文妖と踊れ
「学校に本を寄贈して下さっていたのはそういう理由だったんですか」
つまり、文妖の卵を藤乃さんの周りに送り込むために。
頭を下げる
「事情は分りましたが、うーん」
藤乃さんの友人としてはともかく、図書委員長としては、迷惑極まりない話だ。
「でも、これは」
僕は藤乃さんの姿をした文妖を指差した。
「藤乃さんを守っている文妖じゃないような気がします」
文妖は無言で僕を見ている。その視線に、かすかな敵意を感じた。
「本に還しても大丈夫だって言うの、君依くんは」
しばらくの沈黙のあと、斎原が小声で言った。藤乃さんの両親と高代さんは顔を見合わせていた。だが、明らかに賛成ではない様子なのは分る。
「ちょっと藤乃さんに触ってみてもいいですか」
僕は彼女の両親に声をかける。
「もちろん。……変なとこじゃなければ」
お父さんに釘をさされた。なぜか斎原も頷いている。
おかしいな。僕の藤乃さんに、変なとこなんてあるはずが無いのに。
「どこにしようかな」
ちょっと布団をめくってみようか。
「おい、かがり」
斎原が、不審者を見る目になっている。
「文妖の痕跡を探るのなら、布団から出ている二の腕あたりで十分でしょ。どこを触ろうとしてるのよ、この変態」
む、そこまで言われるなら仕方が無い。
「じゃあ、ほっぺたということで……」
ひんやりとした藤乃さんの頬に手を当てていると、段々と暖かみが伝わってきた。本当に眠っているだけのようだ。思わず藤乃さんの両方の頬をつまんで、むにゅ、と伸ばしたい衝動に駆られる。
僕は意識を集中して、本と文妖のネットワークを辿っていく。それはすぐに見つかった。やはり僕の思った通りだった。
「この近くには、藤乃さんに繋がる本はひとつだけです」
僕は床に置いたバッグに目をやった。
「斎原、その中の本を出してくれ」
お祖父さん手製の和本、『動物記』
「藤乃さんを救えるのはこの本だけだと思います」
でも、この本には孵化しそうな文妖の卵が存在しなかったのだ。
☆
その時、爆音が近付いてくるのが聞こえた。同時に強い風が吹き始める。
外に出た斎原が、うわ、と声をあげた。僕も思わず目を疑った。
「あれって、攻撃ヘリじゃないか?」
確かに、映画で見たことがある。巨大な機体の左右にガンポッドを備えている禍々しいその姿が、谷に沿って低空で侵入してくるのだ。
ただ、あまりにも違和感があるのは。
「なんでピンク色なんだ。あのヘリ」
「おーい! 斎原、そこにいるの?」
上空でホバリングするヘリのハッチから身を乗り出し、誰かが拡声器で叫んでいる。その人影は空中に身を躍らせた。遠目でも抜群のスタイルを持っているのが分る。彼女は自由落下するような勢いで、ロープで急速に吊り降ろされてきた。
「君依くん、あれ撃ち落として」
斎原が表情を変えずに言った。
「だってあれ、才原未散だろ?」
「だから何?」
いや、だからなに、と言われても……。
「おお、これは面白いぞ」
垂れ下がったロープを身体に巻くようにして、もう一人降下してくる。まるでレンジャー部隊だ。
「捜したぞ、がっちゃん」
折木戸だった。
「信じられない。二人だけで旅行だなんて」
才原はふくれっ面で腕組みをしている。
「それで才原家のヘリで追って来たというわけなのだ」
折木戸が説明してくれた。なるほど、ヘリの横腹に『自家用』と書いてある。
「だが、追って来たというが、どうやってここが分ったんだ。場所は教えていなかったはずだが」
折木戸は僕をみて、指をちっちっと横に振った。少しいらっとする。
「簡単なことだよ、がっちゃん。こんな事もあろうかと、ちゃんと発信器を付けておいたからな」
「どこに?!」
ふふっ、と折木戸は意味ありげに笑う。
「気付かなかったか? そうだろう、がっちゃんのパンツの中だからな」
はあ? 僕は思わず前を押さえた。
「え、そんなもの無かったけどな」
斎原が眉を寄せ、呟いた。……おまえ、僕が寝ている間に何をしている。
☆
「おお、藤乃が二人いる。なあ、がっちゃん、どっちか一人もらっていいか?」
良いわけがないだろう。僕は携帯のGPS機能を停止させながら、藤乃さんから折木戸を遠ざける。しかも、ちゃっかり本物を狙っているし。
「ううっ、師匠。おいたわしい」
才原は藤乃さんの手を握り、涙声になっている。
「どうしよう。みんなでBL本を朗読したら目を覚まさないかな」
その発想は無かったけれど。なんだか
「ふーん。この本に文妖を産み出させればいいのね」
才原は『動物記』を手に取り、ページをめくっている。だが、段々と表情が固くなってくる。
「出来ない事はないよ。でも斎原、あんたにも分るでしょ。この本はまだ安定していないってこと」
「君依くんの修理はよく出来てると思う。でも、……まだ早いか、やっぱり」
斎原は拳を口許にあてて低い声で言った。
「どういう事だよ、斎原。この本じゃ藤乃さんは目を覚まさないってことか?」
違うよ、斎原は首を横に振った。
「君依くんが言うように、藤乃さんを目覚めさせることが出来るのはこの本しかないよ。だけど、まだこの本が自らの傷を癒やせていない状態では、文妖も藤乃さんを支えられないんだ」
藤乃さんは、それだけこの本に依存してた、という事なんだけど。そう言って斎原は眠る藤乃さんを見た。
「もう少しだけ時間が必要だと思う」
あともう少し。でも、きっと。
「藤乃さんは目を覚ますから」
☆
携帯の呼び出し音がした。
「はい、斎原です。どうしたんですか月沼さん?」
生徒会書記、月沼さんの声は、少し離れた僕にも届いた。
「大変です、図書館に大勢の藤乃さんが!!」
斎原と僕は顔を見合わせた。
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