第16話 交錯する想い

 その日、藤乃さんは学校へ来なかった。

 ずっと彼女の席を見ている僕に折木戸は気付いたようだが、何も言わなかった。


 ☆


 放課後になり、僕は図書館に入った。

 利用者が数人いるが支障はないだろう。僕は手近な本棚へ手を伸ばし一冊の本に触れる。指が触れた本は、僕にだけ見える微かな光を放った。

 その光は樹木が枝を伸ばすように、順次書架に並んだ本へと伝わっていく。そして、図書館の隅まで届いたところで光は消えた。

 その途中で何カ所か、ひと際強い光を放った所がある。


「まずは261番書架のあたりか…」

 僕はその番号を目指し、図書館内を進む。目的の本は書架の一番下の棚にあった。それを脇に抱え次の書架に向かう。

 そうして集めた5冊ほどの本を持って図書館の一番奥の席に座った。

 ぱらぱらとページをめくっていると、隣に小柄な女子が座った。

 斎原だった。


「その本、貸して」

 彼女は本を手にとると、暫く何かに耳を澄ませていた。

「ああ、ここだ」

 迷わず、真ん中あたりのページを開く。そこには薄紅色の丸い紙魚しみのようなものが付着していた。これが『文妖』の卵だった。


 斎原は胸のポケットからペンライトのようなものを抜き取り、ボタンを押した。

 それを照射すると薄紅色の卵は揺らめきながら小さくなっていった。

「日光に当ててもいいけど、時間がかかるからね」

 これで大丈夫、完全に消滅したのを確かめて斎原は本を置いた。

 同じように、次の本に発生した卵を探し始める。


「なあ、斎原」

「謝罪なら受け付けないわよ」

 いやそうではなくて。図書委員の仕事の話なんだけど。

「この本には傷もないし、文妖が発生する理由が分らない」

「これは誰にも閲覧されること無く、放置された本から生まれるタイプだからね。哀しい文妖だよ」

 まるで私みたい……。斎原は手を止める事なく、小さな声で言った。


 斎原が本の声を『聞く』ことが出来るように、僕は図書館に並ぶ本が作り上げたネットワークを『見る』ことができる。そして、そこに含まれる不純物としての文妖を探す能力があるのだった。

 なぜこんな事ができるのか自分では分らないのだが、斎原が僕を従僕にしたかった理由のひとつはこの能力のせいだった。


「ところで君衣くん」

 空気が、ぴんと張り詰めた。

「もう一度聞かせて。君衣くんはこの学校で誰が一番好き?」


 小学生のころ、僕は同じ質問を斎原から受けた。

 その頃からクラスで人気者だった斎原は、勝利を確信した自信満々の表情をしていたと思う。

 僕は即答した。

「(折木戸)しずくちゃんだけど」

 だって家が隣同士で、いつも遊んでいたし……。


 その後、号泣する斎原に従僕になることを誓わせられたのだ。


「回想に浸ってないで答えなさい」

 僕は現実に引き戻された。今となっては良い想い出……と思っているのは僕だけのようだ。

「斎原、僕は……」


 残った本から透明な炎が吹き上がった。

「ほら、文妖が孵化しちゃっただろ」

 僕はため息をついた。


 ☆


「それは、あんな場所で訊いた私が悪かったのだけど」

 文妖を本に封じ込めたあと、生徒会室に戻った斎原はふて腐れた声で言った。

「君衣くんがハッキリしないからいけないんだよ。今ここで答えを聞かせてもらっていいかな、ねえ」

 まあまあ、と月沼さんがお茶を出してくれた。


「そんなに責めたら、君衣さんが可哀想ですよ。でもわたしなら斎原生徒会長代理以外は考えられませんけど」


「え?」


「あ、いや何でもないですからっ」

 僕たちの視線に気付いた月沼さんは、真っ赤になって奥へ駆け込んだ。


(おい、斎原。…どういう事だ)

 目配せすると、斎原は困惑顔で首をかしげた。

「き、今日はこの辺で解散しましょうか、ね、君衣くん」

「お、おう。…月沼さん、お茶、ごちそうさまでした」


 何だか、さらに面倒事が増えていきそうな予感がした。

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