第58話 才原は恋に迷う

「いいじゃない、別に人に危害を加えるような文妖は出てないんでしょ」

 僕たちが文妖対策を考えあぐねているところに、どこか上の空の様子で才原未散は言った。

 僕がその視線を追っていくと、泣きそうな顔で埜地祐介が積み上げられた本の修理をしていた。なるほど。ちょっとからかってみようと思う。

「おい。才原」

「はん?」

「埜地もお前の事が好きらしいぞ」


 ばっ、と才原が立ち上がった。

「な、な、何言ってるの。そんな訳ないでしょ。それになに、も、って。も、って何のこと。それじゃ私も埜地のことが好きってきこえるでしょ、はぁ、ありえないんだけど、いいかげんにしなさいよ」

 動転しすぎて、後半は声が裏返っている。


「分かりやすい人ですね」

 作業の手は止めず、藤乃さんが冷静な声で呟いた。


「やあ、どうしたんだい。みちるちゃん、そんなに赤い顔をして」

 声に気付いた埜地が、さっと前髪をかき上げながら言った。今日はちび〇子ちゃんの花輪くんの気分らしい。

「うるさい!」

 正面から顔に蹴りを入れられ、埜地は本棚まで吹っ飛んだ。


「気をつけてね。恋が成就すると文妖に対する能力が消えるらしいから」

 斎原が皮肉な笑みを浮かべた。

 これは図書寮に伝わる不文律みたいなものらしい。

 

「はあん、だったら斎原は一生大丈夫だね。良かったじゃない」

「なにい」

「何よ。小学生の頃は、かがりと結婚する、って言ってたじゃない。どうしたの? ああ、振られたんだっけ。しかもあの折木戸に負けたんだったよね?」

 ぐいぐい、と胸を突き出す才原。

「で、こんどはこの藤乃師匠にも負けてるし。そうか。負けたんじゃなくて自分から身を引いてるのかな? さすが仕事熱心だね、斎原は」

「お、おのれ才原」


 得意げな才原の額に輪ゴムが命中した。才原は、あうっと悲鳴をあげる。

「図書館では静かにしてください、才原さん。……斎原さんも」

 藤乃さんだった。さらにもう一本の輪ゴムを目いっぱい伸ばしている。

「す、すみませんでした、師匠」

 額を押えて才原は椅子に座り込んだ。


「あ、あのさ。もしかしたら、なんだけど」

 冷え切った空気のなか、僕はふと気付いたことを提案する。

「才原の能力を埜地が増幅したり、とかできないのかな」

 視線が僕に集中する。

「いや、だから。僕が斎原と接触していると斎原の能力が強化されるみたいに」

 ぎろ、と藤乃さんの目つきが変わった。

「そうか。わたしは全然好きでも何でもないけど、君依くんの体液をわたしの中に取り入れると能力が何倍にもなる、その理屈だね」

 ちょっと斎原。その言い方は……。


 僕が焦っていると、藤乃さんが無言で立ち上がった。

 きしむ音が聞こえそうな動きで、藤乃さんの首がこっちを向く。

「おい、かがり。ちょっと表へでろ」

 藤乃さん、それは斎原のキャラだから。


 ☆


 どうにか藤乃さんの誤解(?)を解き、僕たちはまた図書室の中へ戻った。

 中では才原がひとり熱弁をふるっている。


「そ、それはまあ実験的に? やってみるのはいいんじゃない。どうせ手詰まりなんだし。別に私もこんなやつと一緒に居たいとか考えてるわけじゃないんだけど。できる事は、ねえ」

 うんうん、と自分を納得させる才原。


「そうだねぇ。ぼくは、みちるちゃんの手足を縛った状態なら文句ないよ」

 鼻にティッシュを詰めた埜地が肩をすくめた。

「お前は変態か! なにを卑猥な事を考えてるんだ」

 才原が埜地の胸倉をつかんで、今度は往復ビンタを食らわしている。


「だ、だから君はこうやって、すぐ殴る蹴るという暴行に及ぶからだよ、みちるちゃん。ぼくは別にやましい事なんて考えてないよ」

 うっ、と一瞬動きが止まった才原だったが。

「やかましい。みちるちゃんって言うな……」

 

 ☆


「ふーん。埜地と才原がなあ。でも、お似合いじゃないのかな、あの二人」


 才原は先日、新しい住居が決まったということで僕の部屋を出ていった。

 そしてまたいつものように、折木戸がぼくのベッドに潜り込んでいた。今日は服を着ている。


「やはりまだ才原の匂いがするな、このベッド」

 そう言うと折木戸は、ごろごろとベッドの上を転げまわる。

「しっかりとわたしの匂いをつけ直さないといけない」


「言っておくが、ここはお前の縄張りじゃないぞ、折木戸」

 いやいや遠慮するな、とか言いながら折木戸はにやりと笑った。

「この服はそのために一週間着続けたものだからな」


 珍しくちゃんと服を着ていると思ったら、そういう事かっ!


 

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