第42話 傑物
次の日の夕刻、予告通り朱天は犀韓軍の本陣を訪れた。供には精鋭百騎を連れ、少し離れたところには夕時の濃い影に隠れて虎淡が兵を伏せている。
万全を期して砦に入った朱天を迎えたのは昨日の使者であった。
「おお、あんたは……」
「申し遅れました。私は松白と申します」
松白と名乗った男は深々と頭を下げた。
朱天はなにかあれば真っ先にこの首をねじ切って逃げようと目測をつける。
「私が案内を承りますので、どうぞ付いてきてください」
そう言うと松白は先に立って歩き出す。
犀韓軍の本陣は近隣の山村を接収し、周囲に木柵を築くことで作られていたが、入り口から奥までズラリと兵士が並んでいる。
(門を閉められたら終わりかもな……)
視界の端で逃げ道を探しつつ、軽く逡巡していると松白が声を掛けた。
「その建物になります」
眼前には周囲よりやや大きな建物があった。
おそらく村長の屋敷か何かを流用しているのだろう。
(あの大きさなら刺客が潜んでもせいぜい十人か……)
朱天は部下にその場に留まるように言い、いつでも抜刀できるように身構えながら扉を開けた。
建物の中は、朱天に言わせれば悪趣味だった。
作りそのものは簡素ながら、そこかしこに高価と思われる装飾品が飾られており、かつての主を思い出させた。
その中に、六人の文官らしき老人達と、一段高くなったところに朝服姿の壮年が座っていた。
もちろん、ただの家に段をつける必要はないのでわざわざこしらえたのだろう。
(こんな辺境で王様気取りか?)
朱天は密かにせせら笑う。
「あんたが犀韓殿かい?」
朱天は運ばれてきた椅子に腰掛けると横柄に言った。
「いかにも。そなたが朱天殿ですな。お待ちしておりました」
その態度は恭しく空々しい。そういう性格の男なのだろう。
「はは、あらたまらんでください。今回は犀韓殿のご英断のおかげで我らの、ひいては王子殿下の勝利は間違いないものとなりました。新政の暁には犀韓殿の宰相間違い無しでしょう」
適当に言いながら朱天は室内を見渡した。刺客が潜んでいる気配はない。その事に朱天は困惑した。
(どういうことだ?)
間違いなく罠だと思っていたためこの話が真実だったときのことなど考えてはいない。
「宰相、宰相か……」
犀韓は普通に喜んでいる。
(まさか……)
試しにカマを掛けてみる。
「ところで犀韓殿、すんなり他国勢を引き入れたとなれば犀韓殿の名前に泥が付くかも知れません。それで、こちらが犀韓殿を捕らえて投獄したという形にしてはどうでしょうか。そうして犀韓殿は捕らえられても従わなかった烈士であると後で民には説明します。そうすれば部下の方々も将軍のために従わざるをえないと言うことで寝返る大儀も立ちます。それで皆に良い話しと思うのですが……」
「なるほど!」
犀韓は手を叩いて立ち上がった。
「それはすばらしい。ではそういたしましょう」
喜ぶ犀韓を見て朱天は思った。
(阿呆の方だったのか……)
必死で笑いをこらえると朱天はまじめな顔を作った。
「では、そのように手配を致しましょう。私の部下もこの砦に入れさせていただきますが、後のことは私にお任せ下されば、万事滞りなく進めて見せましょう」
「おお、なんと頼もしい。ではお任せいたしますぞ朱天殿」
朱天は建物から出ると、待機していた部下、松白、そして列んでいる砦の兵士達に激を飛ばした。
「たった今、犀韓殿から兵馬の全権を預かった。今後は俺の部下とここの兵とで共に励んで欲しい! 以上だ!」
声高に宣言すると数人の部下に伏兵隊を呼びに行かせた。
「松白、軍議が出来る部屋に案内しろ」
「はい!」
村の中央に据えられた巨大な天幕に着くと、すぐに虎淡がやってきた。
「一体どういうことなんです?」
目を白黒させている。
戦闘を予想していたのに肩をすかされてとまどっているのだろう。
「まあ、犀韓殿は俺達が考えも及ばないような傑物だって事だ」
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