第20話 古若
朱天が隣に目をやれば、虎淡も刃物を突き付けられ、目をむいて怯えている。
反撃できないものかと刃物の端を見ていると、狐が無表情に朱天の顔を見ていた。
「先の見えない藪にためらいなく踏み込む丹力は素晴らしいですが、踏み間違えればこの通りです。せっかくのお命を無駄にしましたな」
もはや朱天達の死は決定したような口ぶりである。
「そうかもなあ」
背後の襲撃者や、同行している虎淡の雰囲気から反撃は無理だと悟り、朱天は鷹揚に肯定した。
胡散臭い屋敷で、胡散臭い親爺に向き合い、警戒は張り巡らせていたのだが、きれいに抑えられてしまったので、負けである。
「なあ、狐。そんなことより占いの結果はどうなんだよ」
朱天の質問に、狐は目を丸くした。もはや自らの死が目前に控えたこの状況で占いの結果もなにもあるまいと思うものの、朱天の顔は真剣そのものであった。
しかし、朱天にとってみれば、避けられない死があるからこそ、占いの結果を聞きたかった。
占い師を名乗る親爺に占いを頼み、金まで払ったのだ。狐には当然、結果を知らせる義務があると朱天は強く思っていた。もし、狐が結果を説かないとすればこれは詐欺であり許しがたい。何が悲しくて死ぬ直前に余計な怒りを抱えねばならんのだ。
「ええと、それでは見させていただきます」
苦笑を浮かべた後、狐は咳ばらいを一つ挟むと、鉄符を包んだ布を拾い上げた。
ガラガラと音がして様々な紋様の鉄符が転がり形を作り上げる。
「こちらの結果ですと、あなたはすぐに目的の物を見つけられるようですが」
狐の言葉に、朱天は満足げにうなずく。
「確かに聞いた。ありがとう。それで、アンタが古若ってことでいいのか?」
不意に、首筋から刃物が外れた。それを知覚した瞬間、朱天は後ろにいるはずの襲撃者に向かい、巨大な拳を振りぬく。
反撃を差し込む隙があれば反撃しようと思っていたため、それ以上の思考はない。
迷いなく振り切った拳はしかし、空を切り何も打ち砕かなかった。
「……危ねえぞ、コラ」
確かに、自らの後ろ、それも服が触れ合うほどの近くにいたはずの人影は、一瞬の間に数歩も離れており、文句を言った。
本人さえほとんど無意識に打ち出した一撃を読み切って、距離をとって見せたのだ。朱天はその反応の速さに舌を巻いた。
「人の首に刃物突き付けておいて危ないはねえだろ、このヤロウ」
「そちらが古若様でございます」
襲撃者と睨みあう朱天に狐が声を掛けた。
「だろうね!」
今の拳を余裕でかわせる人間がそこらにいて堪るか!
朱天は苦笑を浮かべながら男を観察した。
外見は細身でどこにでもいそうな普通の男だ。細い目、短く切られた髪はどんな場所でも馴染むのが容易に想像できる。
年の頃は三十を少し超えた辺りに見えるが、よく見れば四十のようにも見えるし、さらに観察すれば五十でも通りそうな印象を与える。結局、実際のところが幾つなのかよくわからなかった。
捕まえれば勝てるか、と考えてから朱天は首を振る。
自分が頼まれたのはこの男を殺すことではなく、連れてくることだったと思い出したのだ。
「さっきから聞いてれば人の名前を何度も呼んでやがったが、いったい何の用だ?」
古若は油断のない身のこなしで、立っていた。
朱天との距離は三歩半離れているので、朱天が虚を着いて掴みかかっても逃げられてしまうだろう。
「俺は朱天というが、アンタとアンタが率いる一党に仕事を頼みたくてやって来た。詳しいことは書状に書いてあるらしいから読んでくれ」
そう言うと朱天は懐から封筒を取り出す。中身は周宗がしたためた手紙であろうが、預かって来ただけなので文章の内容までは知らない。
「そうか、しかし悪いな。うちは専用の連絡員を各地に置いているんだが、仕事はそいつらを通してしか受け付けていない。出直して、改めて正規の手続きで仕事を申し込んでくれ」
古若はまったく悪びれる様子もなく言う。
暗殺者が依頼人の調査もせず仕事を請け負うことや、そもそも依頼人と直接顔を合わせるということはそれだけ厄介ごとを呼び込むのでそのような態勢を敷いているのだろうと朱天は納得した。
しかし、ガキの使いではないのだから、納得したからといって簡単に引き下がるわけにもいかない。
「悪いと思えば、せめて手紙だけでも受け取ってくれ。俺のメンツが立たん」
朱天は一方的に言って手紙を古若に向かって投げた。
ヒラヒラと飛んだ手紙は、不規則な軌道を描きながら飛んだが、古若に難なく受け止められた。
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