第60話 終劇

「話してみろ」


「まず、私たちの国と同盟を結んでいただきたいのです。この帝国にとってヨゼイは間に山脈を挟む異界の地。攻め滅ぼす価値のある国ではありません」


「価値は無くともやっておかなければ今後同じ事を考える者への見せしめにならん」


「しかし、それよりも残すことの価値が大きいと知っていただきたい。まず、同盟と言っても実質は属国という形で結構です。毎年貢ぎ物も献上いたしましょう。属国が周知のこととなればゼンキとヨゼイに挟まれる数々の小国は先を競って陛下に服従するでしょう。その工作も私が致します。何よりそうなれば東方の軍備を大幅に縮小でき、この国が抱える農民不足への大きな効果を発揮する事でしょう」


「そしてヨゼイは帝国の威を借り周辺国を呑み込むのか?」


「その通りです」


 周宗は悪びれる素振りも見せない。


「元首が深蘭様の義弟ですから何ら問題はありません」


 それを聞いて深蘭は笑った。


「なるほど、俺が掛けた義理をそのように利用するか。そうすることで自らの名を落とすことがない。おまえらしい考えだ」


「いえ、これは慎綺様の意見です」


「慎綺の?」


「義兄であり恩人である深蘭陛下には決して刃向かうなと。そのために私と話し合って出した結論が属国になると言うことでした。私はその結果を模索したに過ぎません」


「……そうか。では盟を破るということもないのだな」


「はい。そのような気概があの方におありなら最初から他の方法を採ります」


「それもそうだな」


 深蘭は思わず笑った。真面目で信頼の置ける性分だとしても、慎綺には覇気がないのだ。およそ戦乱には向かず、平和を求める。


「なんだかバカバカしくなってきたぞ。俺も宮廷から逃げてみるか」


 深蘭の放言に董螺司が眉をひそめる。

 

「心中はお察ししますが、きっと陛下に背負われる者達は平楽を謳歌するでしょう。陛下のその背には億の民からの期待が乗っていますから」


「もし、俺が慎綺の立場であれば、おまえを片腕に皇帝を殺して帝国を乗っ取ったであろうな」


「私自身ではそのような大それたことは思いつきもしませんが、陛下なら実行してしまわれるのでしょうね」


 実際に先帝を殺し、皇帝の座に就いた深蘭と、他国を侵略した周宗が顔を合わせて笑う。

 深蘭の中の、怒るべきという判断が解かれ、いつもの寛容さが戻ってきた。


「……そうだな。よし、同盟の件は了解しよう。追ってこちらからも正式な使者を出す。ご苦労だった、下がっていいぞ」


 礼をして部屋を出て行く周宗を見ながら、深蘭はふと口を開いた。


「おい、義弟によろしく伝えてくれ」


 未だに流血が続き、顔を赤くした周宗は振り返るとにっこり微笑んで部屋を出て行った。


「なんだ、あいつ初めて笑ったな」


 傍らの董螺司に話しかけると、董螺司もまたうなずく。


「後は集まった軍の解散だな。董螺司、やっておいてくれ」


 十万に近い軍兵を元の所属に戻すというのはそれだけで難事業である。

 しかし、それを申しつかった董螺司は、満足そうに了承した。 



 周宗がヨゼイに戻ってすぐ、ゼンキからの使者が到着し正式に同盟が結ばれ、ヨゼイは東方地域一帯で最も注目される国になった。

 後難を恐れた周辺国は軍閥への支援を打ち切り、残党も董鉄によりあっさりと討ち滅ぼされた。

 堂々と都に凱旋した董鉄は、帝国への帰還を拒否し、交流人材としてヨゼイに居座ることを公言したりしている。


「本当に玉座を用意したな」


 周宗の部屋で朱天が言った。朱天は新制王国軍の大将に任じられ、軍務の最高責任者に収まった。

 朱天の他に古若、弦慈も来ている。


「これもお二方のおかげです」


 周宗は改めて頭を下げた。


「ま、俺は色々苦労したがこいつには頭なんて下げんでいいぞ」


 古若の軽口に朱天が眉をつり上げるが、弦慈がいるためつかみかかりは出来ず歯噛みする。


「ケンカは後でしてください。いつもこれでは虎淡も大変ですね」


「ああ、朱天は殆どの仕事を虎淡と松白にやらせているからな。ねぎらうならこいつよりもあの二人だ」


 古若の言葉に朱天は舌を出して肩をすくめる。


「俺の専門分野は兵を率いての戦なんだよ。その他は副官、補佐役がやるのが当然だろう」


「しかし、あの二人はよくやってくれています。軍の編成、人材の抜擢、おかげで私も助かっています。彼らには何か礼をしなければいけませんね」


 周宗は苦笑しながら言った。確かに、戦の論功行賞まで二人に作らせるのはやり過ぎで、最近は彼らに取り入ろうとする者達まで現れだした。

 しかし、そもそも朱天は一介の山賊であって、小難しい話が苦手なのも理解できる。


「そうかい、伝えとくよ。喜ぶだろうぜ」


「ところでお二人をお呼びしましたのは礼も兼ねているんですが、それよりもこれからを相談するためです」


「これから?」


「はい。一応の安定はしましたがまだやることは山積しています。お二人にはもう何年かこの国……ではなく私に従っていただきたいのです」


 古若率いる木蛇には相変わらず闇に沈んで働いてもらわねばならず、金銭的には報いられるものの、いつ立ち去ってもおかしくはない。

 朱天には肩書きや権利を与え、本人も満足しているようではあるが、生来の気質を考えるに、いつまでもその椅子に座っているようには思えなかった。


「いいんじゃないか?」


 朱天は笑いながら即答した。


「もともとおまえを買って付いてきたんだからな」


 古若も言う。


「では、これからも頼りにしてもいいですか?」


「ああ、任せとけ」


 二人とも鷹揚に答えながら、明確な期日は口にしない。

 いつか必ず、彼らが離反する日がくるのは互いに判っているのだけど、それが当面の話ではない事を確認して周宗は胸をなで下ろす。


「ちょっと酒をとってくる。どうせだから飲もう」


「俺も手伝おう」


 古若が言い、朱天も立ち上がった。

 二人が出ていくと部屋は急に静かになる。


「俺は別に、おまえには仕えんぞ」


 ふと弦慈が口を開いた。

 久しぶりに声を出したと思えばこれである。


「当たり前だ、私たちが慎綺様の他に仕えてどうする」


 周宗は額を押さえてため息を吐く。

 指にはいくつかの傷が触れ、どっと疲労を感じた。

 弦慈はおそらく、どこにも行かない。

 もっとも俗世の価値から離れている故に、どこへ行こうと同じだからだ。

 この怪物が生きるには生け贄が多く必要で、それを熟知し、なおかつ権力のある周宗の側がもっとも生きやすいことは、弦慈も理解している。


「私は疲れた。二人の酒を飲みきれる自信がない」


 周宗は椅子にもたれてうめく。


「おまえに酒を勧めたら殴り飛ばせばいいのか?」


 弦慈の物騒な提案を魅力的だと思いながら、それは違うと丁寧に説明した。

 つまり飲みきれずに潰れたら寝っ転がる自分に布団の一枚でもかけてくれればよいのだ。

 弦慈は理解したのかしないのか、曖昧にうなずく。

 耳を澄ませば遠くからも酒宴の歌が聞こえてくる。

 窓から外をのぞけば、空には無数の星が光りをたたえ、それは人間の苦悩など無関係に美しかった。


 願わくはこの平静が永く続かんことを。

 周宗の願いは誰も聞くとはなしに夜空に溶けていった。

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赤界 イワトオ @doboku

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