第17話 銭亀

「ところで…」ひとしきり笑うと、朱天は神妙な顔つきで聞いた。


「おまえさん、堅気じゃなさそうだが組織には入っているのかい?」


「は、はい。俺は古亀荘っていうところに世話になってます」


 運ばれてきた飯を口に放り込みながら朱天は尋ねたが、虎淡は怯えながらか細い声で応える。機嫌を損ねて頭を潰されるのが恐ろしいのだろう。


「俺はここに来たばかりでよくわからないんだが、その古亀荘っていうのと他に幾つぐらい組があるんだ?」


「えっと、小さい組はいくつかあるんですが、大きなのは二つです。ざっくりといえばこの街のちょうど真ん中を走る大通りから西側が古亀荘、東側を美鹿荘が縄張りにしています」


 虎淡は身振り手振りで街の勢力図を説明してくれた。

 それらの動作でわかりやすくなったりはしないものの、説明の一生懸命さには好感が持て、朱天は思わず笑ってしまった。


「まあ、なんだ。俺は木蛇って連中に会いたくてこの街に来たんだが、何かしらんか?」


「木蛇ですか?」


 虎淡は眉間にシワを寄せて怪訝な表情を浮かべた。

 どう見ても知らないし聞いたことのない者の表情だ。これで知っていればずいぶんな役者である。

 朱天は軽く舌打ちをすると酒を飲んだ。

 これで見つかれば話しは早かっのだが、また別の手段を探らなければならない。

 大抵、街の事に一番詳しいのはその街に根を張る筋者である。その筋者がしらない組織をよそ者が捜すとなると骨が折れるだろう。

 朱天はそれらの労務を考えて暗澹たる気持ちになった。

 

「すいません、ちょっと聞かないですね」


 しばらく考え込んだあとに虎淡は謝った。


「そうか……いや、いいんだ。知らんならしようがない。気にするな」


 いうと朱天は財布から一枚の金貨を取り出した。

 この辺りで商決裁に用いられる大振りの金貨に虎淡の眼は釘付けになった。

 普段、目にすることもない大金だ。無理もないだろう。

 朱天が差し出すと、虎淡はおそるおそる受け取とり、まじまじと眺めた。


「偽物じゃないぜ。さっきの男の供養代だ。それと、もし木蛇のことでなにか解れば知らせてくれ。上手くいけばこれの他にあと九枚やるよ」


 都合金貨十枚。

 金貨十枚と言えばこの辺りでは半年は喰っていける大金である。朱天から見ても虎淡の動揺は滑稽なほど明らかだった。

 安くはないが、地元のヤクザ組織と顔つなぎならこんな所から始まるのが妥当だろう。


「あと数日はこの街にいるから頼んだぞ」


 朱天は残った飯を食い、酒を空けると席を立った。

 店を出掛けに振り返ると、虎淡はまだ金貨を見つめていた。



 夜、朱天が一人寝入っていると、大勢の気配に目が覚めた。そっと窓から外を見ると、二十名ほどの影が宿を取り囲んでいるのが見える。

 手に手に白くきらめく刃物を携えており、見るからに凶暴そうな連中だった。


(物騒だな……)


 と思いながら、その目的が自分であることを理解し、早々に身支度を調える。

 やがて、廊下に複数の足音がし、足音は朱天の部屋の前で止まった。

 明かりをつけて待ち構えていると、少しして、「邪魔するぜぇ」と、男が一人入ってきた。

 恰幅のいい、朱天の知らない男だった。


「何の用だい?」


 朱天が聞くと男は手近な椅子に座り、もったいぶった調子で口を開く。


「俺は古亀荘の孔富ってモンだが、今日うちの子分が一人殺られてなぁ……」


「それは災難だったな」


 孔富の言わんとする事がほぼ正確に予測出来ていながら朱天は白を切る。

 

「ああ、災難だよ。それでその殺られたやつの連れに聞いたんだがよ、殺ったのはどうもよそ者らしいんだ。うちらみたいなのは嘗められたらお終いなんだよ、よそ者に殺られるなんざ、最低の話で、あってはならないことだ」


 言うと孔富は手を鳴らした。するとまた三人の男が入ってきた。左右の二人から支えられている真ん中の一人はだいぶ顔が腫れ上がり、鼻も曲がっているが虎淡であった。


「うちとしてはそのよそ者の首でも取らなきゃ体裁をとれんのだが、そのバカが言うにはそのよそ者は大金を持ってるそうじゃねぇか。そこで俺は考えたのさ。もし、そのよそ者の全財産が俺らを満足させる事が出来れば命だけは勘弁してやってもいいってよ」


 孔富は金貨を一枚取り出して見せた。その金貨は昼間朱天が虎淡に渡した物であった。


「一つ聞きたいんだが……」


「言ってみろ」


「おまえは古亀荘の親分か?」


「そうだよぉ」


 朱天は財布を取り出し、蒲団の上にひっくり返した。ジャラジャラと百枚ほどの金貨が転がりでる。


「おお……」


 古亀荘の面々はその大金に息をのんだ。


「ときに孔富、古若という名の者か木蛇という組織は知らんか?」


「古若と言えば、街の南の外れに住む変わり者の通り名だろうが、それがどうした?」


「そうか、解った」


 朱天が頷くと、孔富は金貨に手を伸ばした。しかし、指先が金貨に届く直前、手首を朱天に掴まれた。


「ところで孔富よ。もう一つ聞きたいんだが、お前の所の若造が殺された事を何故、俺に話すんだ?」


 石が割れるような音がして、朱天は掴んだ手首を握り潰していた。

 突然の激痛に惚けた孔富が叫び声を上げるよりも早くその顎を掴み口を塞ぐ。

 

「これはお前、喧嘩を売っているってことでいいんだよな」


 朱天の笑みを間近に見て、孔富は己の過ちを気づいただろうか。

 再び鈍い音が響くと、孔富の顎が砕かれた。

 それを見て慌てて抜刀する二人の男に顔の砕けた孔富の体を押しやり、孔富の体が二人の邪魔をしている間に間合いを詰め、二人を殴り殺した。

 床で痙攣している孔富が間もなく動かなくなると三つの死体が出来上がった。


「おい、大丈夫か?」


 朱天が近づこうとすると、虎淡は「ヒッ!」と言って身を退いた。朱天は気にせず、その腕を引寄せ、手の上に九枚の金貨を握らせる。


「ありがとうな。助かったぜ」


 朱天の笑顔を向けられ、そこでやっと虎淡は落ち着いた。

 ここで取り乱すと四つ目の死体にされかねないと言うのも大きな理由である。


「成り行きでおまえの親分を殺しちまったが、まあ許せ」


 怪物の謝罪に否も応もあるわけなく、虎淡は黙って頷いたのだった。

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