第18話 追撃
「廊下には何人いる?」
朱天は虎淡を押しのけて耳を澄ました。異変に気づいたのか、廊下が騒がしい。
しかし、建物の外までは伝わっていないようで、外を囲むゴロツキたちが動き出す気配はない。
「ろ、六人です。外の奴らもですけど武器持ってるから逃げるのは無理ですよ……」
虎淡は情けなく言った。
朱天に付くべきか否かを迷いあぐねているようだが、朱天にはどうでもいいことだ。
「そうかい、まあ見てな」
言うと朱天は短剣を拾い廊下に躍り出た。
(こういうのが好きなんだよ)
独り言ちて狭い廊下を踊り回る。
なんの思慮も入る余地がなく、暴れるだけのなんと気楽で楽しいことか。
長らく抑えつけられた力がほとばしるように周囲を荒らし回ると、六人の賊は真っ赤な肉片となって飛び散っていた。
「がっはっはっは!」
朱天は自分でも気づかずに笑っていた。
しかし、必要以上に細切れにした為、飛び散った血が顔や服にベッタリと張り付いていた。
これはいただけない。剣に付いた血脂を振り払い、廊下に据えられた水瓶で顔を洗う。
水瓶の中には誰の者か、右耳が沈んでいたが気にもせずザバザバと顔を洗うと、ようやく落ち着いて周囲を見る余裕が出来た。
おおざっぱに顔を洗ったので、周囲にはかなりの水が飛び散ったがどのみち血まみれなので気にしない事にした。
「首領」
朱天の部屋以外に二つの扉が開き、四人の供が様子を窺っていた。
各々、状況は把握していないものの武器を持ち戦闘準備を完了している。
「おう。なんだ、お前らも手伝ってくれりゃよかったのに。危うく殺される所だったよ」
朱天の上機嫌の言葉に、親衛隊の男が顔をひくつかせた。
「ご冗談を」
その言葉は、廊下中に散らばる肉片とそれを作り出した怪物の力量差にむけたものか、それとも、嵐の中に無分別に突っ込む事への愚行にか。
「まあ、一旦落ち着こうぜ」
そう言うと朱天は四人を自分の部屋へ招き入れた。
四人は部屋に転がる三つの死体に驚き、呆然としている虎淡に怪訝な視線を向けた。
朱天は邪魔な死体を蹴飛ばし、寝台に腰掛ける。その眼には次の戦いのことだけが無上のこととして映っており、虎淡には一瞥もくれない。
「そのジジイが奴らの親玉だからよ、首を切り取れ」
朱天が命じると、鳴坤堂の部下は言われるままに孔富の首を切り取った。
顔を見ればひどく変形してしまっていて、朱天はやり過ぎた事を後悔したものの、まあよく見れば解るだろうと、布団の式布を剥がしてそれに包む。
「なんといったか、この街にはこいつの他にもう一人大親分がいるそうだからこれを持って行って挨拶してこい」
朱天が首を押しつけると、鳴坤堂の部下は受け取り、頷いた。
「あとは、この宿の周りにゴロツキが……虎淡、何人だ?」
朱天が尋ねると虎淡は慌ててそちらを向いた。
もはや自分に興味もなさそうなこの大男が自分に声をかけるとは思っていなかったのだ。
「あ、えと、三十人くらいです」
朱天は不機嫌そうに舌打ちした。
多勢が厄介だからではない。獲物が少ない事が不満なのだ。
「それなら、まあ正面から行ってぶった斬ってやろう。そっちの兄ちゃん達は部屋に戻って寝直せよ。騒がして悪かったな」
朱天がヒラヒラと手を振り、親衛隊の二人を追い出しに掛かると、二人は驚いたように首を振る。
「とんでもない。私たちの任務は朱天殿のお世話と護衛です。見くびらないでください」
彼らには彼らの矜持があり、任務を放り出して隠れているなど出来るわけがなかった。
「私たちだってこれでも鍛錬を積んできているのです。あなたの背中を御守りするくらいなら……」
誰がそんな事を心配したか。
朱天は渋い顔をして床板を睨んだ。
あの周宗が選んだ供なのだからボンクラではないのはしれた事ではないか。
そんな事よりも朱天は自らの取り分が減ることだけが心配だったのだ。
そもそも、ただ数を頼み群れなすゴロツキどもにまともな鍛錬を期待するのが愚かだろう。歯ごたえのなさは数で補って貰わなければいけない。
しかし、親衛隊員達は決意も固く口を結んでおり、説得には骨が折れそうだった。
「よし、解った。お前らにも頼もう。だが、俺の後ろは駄目だ。間違って斬っちまうかもしれん。俺からは離れていろ。そうして逃げるヤツだけを追いかけて行って残さずに殺せ。出来るか?」
朱天の折衷案に二人が頷き、朱天は内心でほくそ笑んだ。
逃げる者を追えば、自然と中央から離れるものだ。そうなれば親衛隊員が斬っても二、三人。残りは全て自らの腹に収める積もりだった。
かくして、朱天は宿を飛び出し、ゴロツキ達を蹂躙した。
想定外だったのは、古亀荘の連中があまりにもあっさりと逃げ出したことだ。
それほどに暴れ狂う朱天の様が恐ろしかったのだろうが、追いかけて斬り捨てるのに手間取り、終わってみれば結局三人で各十人ずつを斬ったという結果に落ち着いた。
「ああ、つまんね!」
満足げに笑う親衛隊の二人を尻目に、朱天は不完全燃焼の欲求を死体にぶつけ、転がる首を蹴り飛ばした。
それからしばらくして、鳴坤堂の部下は美鹿荘の幹部を連れてきた。
累々と横たわる多数の死体を見ながら驚いているその男に、「よかったな、この街はあんた達のものだ」というと、もはやどうでもよくなった朱天は部屋に戻り早々に眠りについた。
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