第22話 デモンストレーション

 翌朝、日の出と共に一行は街を出た。

 来たときよりも二十騎ほど増えているのは虎淡と木蛇の連中である。狐を筆頭に木蛇の面々は皆商人に化け、なにがしかの荷物を背負っている。 端から見れば、さしずめ朱天達は用心棒といったところだ。


「古若はどうしたんだ?」


 朱天が狐に声をかけたのは昼時で、飯が炊けるのを待ちながらであった。


「古若様は残りの半数を引き連れて別の道を行きます。この調子で進むなら鳴坤堂に着くころには追いついてくるでしょう。ふっふっふ」


 柔和な顔の狐は商家の大旦那然として笑う。街からはだいぶ離れた小さな山の麓であった。常識のある商隊ならまず立ち止まるような事はしない場所である。

 そんな場所で焚かれる炊煙は、遠くからでも目立つ。


「なあ、狐。俺は別にかまわんが、こんなところで飯なんか炊けば何かを呼び寄せるぞ」


 簡易に作った竈には適当につっこまれた生木が燃え、盛大に煙を立てている。朱天の警告に頷きながら、狐はまた一本、葉っぱの着いた枝を火にくべた。


「はて、何の事やら……」


 狐は白々しく言って笑う。

 わからんでやっている訳ではないのだろうから、わざとなのだろう。

 朱天はもうもうと立ちこめる煙に顔をしかめつつ、離れた場所で荷箱に腰掛けた。

 二十人の隊商が大荷物を牽いて行くのだ。しかも護衛らしき者は数人だけ。山賊として判断するのなら、格好の獲物である。

 などと思っていると、虎淡が走ってきて耳打ちをした。


「親分、変な奴らが近づいて来てます」


 虎淡が指さす方を見ると、街道の上を三十人程の人影が小走りで近づいてくる。手に手に剣や槍、長柄の鎌などを持っていて、目つきも険しい。

 間違っても友好的な雰囲気ではなかった。

 

「おやおや、思ったよりも早かったですな」


 狐の暢気そうな声をよそに朱天達は身構えた。

 身なりを見ればおそらく近所の農民であり、通行者の襲撃、強奪は兼業でやっているのだろう。

 そもそも、盗賊を専業でやっている者は少なく、では多くの者がなにを本業にするかといえばもっとも多いのは農民であろう。

 農民は団結力が強く、その上、貧しい。

 また、内輪で人間関係が完結しており、他者へ情けを掛けないなど、おおよそ、盗賊に必要な要素を最初から兼ね備えている為、条件さえ揃えば盗賊団を生み出しやすい。

 というよりも、貧しい村では盗賊行為が百姓の一環であるとされる事さえある。


「ま、関係ないけどな」


 いくら哀れな農民衆が相手とはいえ三十人かそこらに殺されてやるつもりはない。朱天は長剣を、部下たちもそれぞれ得物を引き抜く。


「あ、親分戦うんですか? 俺もやりますよ!」


 虎淡の姿勢は頼もしいものの、手に取ったのが包丁だったのには思わず苦笑がこぼれる。

 酒場で喧嘩するのならそれでいいが、平場の殺し合いなら間合いが致命的に足りない。物腰からしても大した腕前はないので、よくて一人、悪ければ誰かを攻撃する前に農民どもの鉈か槍に刺されて死ぬだろう。

 

「いえ、ここは私達にお任せください。皆さんは火の番をお願いします。米を焦がさないように頼みますよ」


 立ち上がって火のそばから離れた狐が朱天達に向かって言った。

 古若の連中は各人が腰に短剣の鞘を吊しているもののそれ以外の武器を持つ様子はない。しかし、慌てる様子もないし、任せろというのなら大丈夫なのだろう。

 朱天は剣を鞘に納めて再び荷箱に腰を下ろした。


「てめぇ、わざと奴らを呼びやがったな」


「その通り。以前此奴らに木蛇への報酬が強奪された事がありましてな。それを征伐していくわけですよ」


 朱天の責めるような口調に対して狐は飄々と答える。


「それに、古若様から朱天様に腕前を見ていただけとも仰せつかっておりますので、それも兼ねております」


 そう言う間にも農民達は周囲に展開し、一行をぐるりと取り囲んだ。

 一人でも逃がして役人に垂れ込まれれば彼らは全員死罪になるのだろうから、逃亡されないための方策だ。

 三十人の農民からすこし遅れてやはり三十人程の二陣が近づいて来ており、その後ろからも同じくらいの数が続いている。

 計で百人弱の賊が周囲を取り囲むのを古若の連中はじっと待っていた。

 農民達の動きはどうみても軍事的な訓練を受けたものではない。行軍の取り決めも三十人を束ねる頭目がおり、その頭目の指示に従ってせいぜい移動するのが関の山だろう。

 細やかな作戦や個別の武など無縁で、ただ手に持った武器で獲物を蹂躙する。相手が逃げればどこまでも追い、打ち殺す。そんな単純な集団であった。


「いいのか、本当に」


 朱天は一応、念を押してみた。

 弱兵とはいえ、百人といえばこちらの四、五倍である。

 一斉に襲い掛かられれば精鋭部隊だって危ない。


「なにも剣を振り回すだけが戦い方でもありますまい」


 狐は変わらず柔和な口調でいいながら、包囲する農民達に近づいていく。その背筋はひどく曲がり、一気に老人の様な雰囲気に切り替わった。

 狐は賊の一人に近づき、懐から重そうな袋を取り出すと頭を下げた。


「私どもはここを通して頂きたいしがない商隊でございます。何卒これで無事に通していただきたく……」


 慇懃な挨拶が辺りに響く。農民の一人がその挨拶を聞くとは無しに剣を振り上げた。皆殺しにして全て奪うのだから口上を聞く必要もない。そう言わんばかりの行動だったが、剣が振り下ろされる事はなく、農民は後ろに倒れた。

 

「ああ、どうしましたか。大丈夫ですか」


 狐は慌てた様に言って倒れた農民に寄って体を揺すった。

 朱天にははっきり見えたのだが、狐は袋の下に隠していた短剣をとりだし、農民の胸を素早く着いたのだ。

 取り出した袋の下に隠していた短剣は農民の心臓を刺し貫くと、すぐに隠され、吹き出る血も狐の体が覆い隠した。

 いくら素早く、さりげないとはいえ周囲にいる者たちにも狐の動きが見えた筈だが、突然の反撃に固まってしまっているし、離れている者はなにが起きたかも分かっていない。

 彼らの常識では目の前の老爺は素早く動かないし、だいたい手向かいなどしないものだったのだが、それと異なる状況をうまく飲み込めないらしい。

 全員の目と耳が状況を把握しようと狐の行動と言葉に釘付けにされた瞬間、木蛇の連中はどこに隠していたのか短弓を取り出して、敵を射た。

 二十人がバラバラと倒れ、それでも農民達は戸惑ったような顔を浮かべるばかりである。

 第二射でさらに数を減らし、ようやく反撃を受けていると理解する者が出始めた。

 だからといって、いまさらどうなるというのか。

 第三射が放たれると、木蛇の暗殺者達は弓を捨て、短剣を引き抜いた。

 圧倒的な数で獲物を圧殺する以外の戦い方を知らない半農の盗賊達はすでにその数を大きく減じており、戦いは不可能であった。

 その事実に気づいた最初の一人が逃げ出すと、他の者も我先に走り出す。

 逃げる者の背に暗殺者達は短剣を振るって、死体を積み重ねていく。

 都合、七十ほどの死体がその場に残され、他の者は逃げ去った。

 木蛇の連中も深追いはせずに戻ってきて、何事もなかったように飯の準備を再開する。


「あとは隠れている者が後を付けて行きます。村が分かれば別働隊が火をつけて終わりです」


 そう言う狐はホッホと笑った。雰囲気はすでに商人に戻ってしまっている。服に付いた大きな血と、周囲の死体がなければなにもなかったといわれても信じてしまいそうな雰囲気だった。


「どうです、朱天様。今のような事も私たち木蛇の力ですが、あなた方の求める力と合っていますか?」


 そう言うと、朱天の返事も聞かずに鍋の近くに戻ってく。


「おや、皆様方、もう炊けていますぞ」


 そう言うと狐は皆の分の飯をよそいはじめた。

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