第13話 立候補
二人の皇帝候補者が登殿する日、宮廷の臣達は一人も欠けることなく参集した。
どちらが皇帝になるか、今日の行動はそのための重要な要素となる。
とは言ったところで、すでに半数以上が天将軍の支持を表明しており、残りは傍観を決め込んでいる。
数日前まで次期皇帝と呼ばれていた深蘭にはもはや数人の支持者しかいなかった。
おそらく最大の要因は年齢で、深蘭はまだ幼さも残るような青年である。
この話があるいは十年後であれば皇帝の座は正式な太子である深蘭のものに間違いなかったのだろうが、現に今、話は進んでいるのだ。
董螺司を始め、わずかな深蘭の支持者達は複雑な心境で深蘭を待っていた。
やがて、がやがやと話し声が聞こえた。
入り口の方からだ。どうやらどちらかが到着したらしい。
臣達は急いで入り口へと向かった。
するとそこにいたのは黄金の鎧に身を包んだ天将軍であった。
見ればそこそこに威厳も貫禄も感じられる。
「おお、なんと凛々しい」「まさに皇帝の器だ」「もはや決まったな」
等、将軍派の者達が口々に褒め称えた。
わざとらしい褒め言葉をひとしきり聞いて満足げに頷くと天将軍は口を開く。
「今日、ここへ来たのは先日起きた我が兄、皇帝陛下の不幸についてである」
妙に芝居がかっていて白々しい。
誰もがそう思ったのだけど、口を挟むような者はいない。
「今日まで民の動揺を抑えるためにひた隠しにしてきたが、そろそろ限界ではないのか、いち早く次の皇帝をきめ、民を安心させるのが政道であろうと思うがいかがか?」
問いかけとも何ともとれない言葉を放り、周りを見回す。
「然り」「実にその通り」「すばらしい意見」等とすかさず合いの手を入れる者もいる。
「参考までに……」
董螺司が口を開いた。
「確かにごもっともな意見。天将軍閣下の深慮、この董螺司ひどく感服いたしました。しかしながら一つ伺いたい。天将軍閣下は誰が次の皇帝にふさわしいとお思いか?」
突然の核心をついた質問に天将軍は鼻白んだ。
すでに半分皇帝になった気でいた天将軍は、それを遮る者がいるなどとは考えてもいなかったのだ。
「……そ、それはもちろん貴君らの決定によるものとなるだろう」
もちろん自分からなるとは言えないので適当な答えで切り返す。
「なるほど、わかりました。つまり宮殿の重臣団で決めればよろしいのですね」
「もちろんではないか、じっくり話し合い最もふさわしい者を決めてくれ」
これは、自分を支持する者が次点の深蘭はよりも圧倒的に多いため、天将軍としては皇帝になるための最良の方法だった。
「では、天将軍のご意見確かにお預かりします」
書記官が仰々しく言うと、天将軍は踵を返し戻り始めた。
「叔父上!」
そこに若々しいが響いた。
皆が声の方を見やると、深蘭が歩いてきいた。
「奇遇ですね、叔父上とこんなところで会うなんて」
屈託のない笑みを浮かべた深蘭に将軍は少し後ろめたいものを感じながら「ああ」とだけ言って目を逸らす。
見ると左腕が肘からない。
天将軍も深蘭が皇帝への刺客を追いかけ、腕を切られながらも倒したという話は聞いていたのだが、見舞いなどもしていないため、その傷を見るのは初めてであった。
「深蘭よ、兄上の敵を取ったそうだな。叔父としておまえを誇りに思うぞ」
将軍の言葉に深蘭は悲しげに目を伏せた。
「そんな事ありません。私がもう少し早く駆けつけていたならば父上も助ける事ができたやもしれませんが、遅れたばかりにこの国は大切な玉体を失ってしまいました。悔やんでも悔やみきれません」
今にも泣き出さんばかりの深蘭に将軍は優しく声をかける。
「気にしないでゆっくり休んでおれ」
しかし、深蘭は顔を上げると快活に口を開いた。
「そうはいきません。私にはやらねばならぬ事がありますから」
「そのナリでいったい何があるのだ?」
天将軍が聞いた。
「私は皇帝の長子として今日にでも即位し、民を安心させねばなりません」
深蘭の言葉を将軍が理解するまで数秒かかった。
「お、おまえは何を言っているんだ……?」
「ですから、民の安心こそ国の力。民を安心させたいという事を……」
「ち、違うだろ。おまえが皇帝になると……?」
「はい、ですから今日はそのために参りました」
天将軍の顔が白くなる。たしかに深蘭が皇帝になるのが正当なのだが、まさかこのように直接家臣達の前で宣言するとは思っても見なかったのだ。
「う……」
突きつけられたのが正論であるが故に反論もできない。
苦し紛れに「し、しかしおまえはまだ子供だ」というのが精一杯であった。
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