第14話 宣言と殺人
深蘭は天将軍の言葉を当たり前のように受け止め、頷いた。
「はい、確かに私はまだ若輩。百戦錬磨の叔父上には頼りなく思えるでしょう。ですがここには優秀な廷臣が多くいます。彼らに補佐してもらえばやっていけます」
その言葉はすでにわが身を皇帝の座においた者の台詞であって、天将軍を大いに慌てさせる。
手の平の内側まで入っていた皇帝の座が指を閉じる直前に逃げていくような気分であった。しかし、手が届きかけているのはこの世で最も高貴な椅子である。そこですんなりと諦められるものではない。
「し、しかしだ、今はまだ乱世、他国との戦争もある。おまえが担ぐには重すぎるだろう」
天将軍がやっとの思いで言葉を出した。
正当な後継者が目の前の甥御だとしても、その不足をこの場にいる全員に認めさせなければならないのだ。
しかし、深蘭はムッスリと眉を曲げ、不機嫌そうな表情を浮かべた。
「何のための将軍ですか?」
あ、と天将軍は息を飲んだ。これではまるで自分に天将軍たる資格が無いと吐露しているようではないか。
ひいては軍を統括する自分が言うべき言葉ではなかったといまさらながらに痛感するものの、吐いた言葉をいまさら拾い集めるわけにはいかない。
周囲の廷臣たちから冷たい視線が突き刺さるのを感じ、天将軍の背筋には冷たい汗が流れた。
天将軍はもはや言葉を選ぶ事もできなかった。
「お、おまえは皇帝陛下を助ける事ができなかった。その大罪は償うべきではないのか!」
つい今しがた自分で言った事と矛盾するが、もはや勢いと剣幕で押し切るしかない。天将軍が皇帝の座に着くためにはとにかくこの場をやりきる必要があった。
すると、唐突に深蘭の目が敵意を露わにする。
「叔父上、今の言葉は聞き捨てなりませんね」
その場にいる全員にはっきりと聞こえるように言うと腰の短剣を抜き放った。
「決闘を申し込みます。剣を抜いてください」
突然の事に天将軍は戸惑い、深蘭が向ける剣先を見つめて目を丸くした。
どうした行動が正解なのか分からなくなり、周囲に目をやるが、廷臣たちも揃って目を丸くしていた。
「早く抜かぬか!」
深蘭の声が剣よりも先に突き刺さる。
その声はケガの影響か普段のものよりもかなりか細かった。
「お、おい……ちょっと待て」
後ずさる天将軍に董螺司が歩み寄った。
「おお、董螺司、おまえは深蘭と親しかったな。あやつを止めてくれ」
助けを求める天将軍の耳元で董螺司が囁いた。
「いっそ切り捨ててしまいなさい。あなたは剣を向けられやむなく応戦した。ここにいる皆が証人です」
「し、しかし……」
「死んだ者を誰も弁護しません。まず殺してしまえばあとはどうにでもなりますよ。こうなった以上それしかありますまい、皇帝陛下」
天将軍はその言葉が魅力的に思えた。考えている時間はない。今にも深蘭は斬りつけてきそうだ。
あるいは、そのように誘導されたのだとして、それを見抜けるほどの眼力がなかったのが天将軍の不幸だった。
一度、落ち着いて発言を詫び、改めて帝位の継承について廷臣に問えばまだ見込みはあった。
しかし、尻を蹴られるようにして急かされた天将軍は自らの意思で覚悟を決めてしまった。
「その勝負受けた!」
天将軍は大喝し抜刀した。
おおよそ飾り以外に抜いた事もない剣を、それなりに構えて見栄を切れば、廷臣たちの方を意識せざるを得ない。
彼の美意識は堂々たる一撃で甥を切り捨て、帝位につくべきだと耳元で囁いていた。
相手は片腕の子供だ。しかも病身の布衣を纏っているだけ。対するこちらは鎧をつけているではないか。完全に有利だ。
そう思った天将軍は大上段で自ら斬りかかった。片腕では防ぎきれない。頭を打ち割って終わりだ。
しかし、深蘭は美しく勝つことなど欠片も考えていなかった。
ためらわずに地面に転がり、剣先を避けると、そのまま天将軍のふくらはぎを切り裂く。
天将軍が悲鳴を上げ、倒れるが早いか深蘭は即座にその体に飛びついた。
膝をついたまま、天将軍の懐を持ち上げると鎧の隙間から切っ先を刺し込んだ。
短剣の切っ先が喉を破ったのか、肺まで届いたのか、目を見開いた天将軍の口から大量の血が噴き出してくる。
天将軍の唇が「ま……待……」と動くのを見ながら深蘭は短剣を抉りこむと、空気が抜けるようにうめいて天将軍は白目を剥き、そのままこと切れた。
口からは後から後から血の泡が湧き出ていて、深蘭の袖を赤く染める。
深蘭は短剣を引き抜くと、そのまま将軍の喉を掻き切った。
体に残っていた空気が一気に噴き出して周囲に生ぐさい臭いをまき散らし、その臭いを嗅いだ廷臣たちは一様に顔をしかめる。
とどめを刺した深蘭は廷臣達の方に向き直り、血まみれの布衣を正し、平然とした顔で口を開いた。
「私は今日から皇帝に即位する。異論のあるものは遠慮なく申し出よ」
一方的な宣言であり、聞きようによれば廷臣たちをかるんじているようにも取れる発言でありながら、しかし誰も反対を唱えられなかった。
目の前に晒された天将軍の死体は、暴力的な程に深蘭の容赦の無さを喧伝しており、対抗する旗印を奪われた以上、背くことは誰にもできなかったのである。
「では董螺司、あとの事は任せるぞ」
それだけ言うと深蘭は踵を返した。
もはや用が済んだというように、そのまま足を進めて帰り道に着く。
事実として、皇帝即位の意向を廷臣たちに伝えるという目的を十分に達したのだ。
そのあとはまさに廷臣たちの仕事である。
「はっ!」
董螺司が敬礼すると、深蘭の背中に一人、また一人と敬礼をするものが増えていく。
そして全員が深蘭に敬礼したのを見て、董螺司は心の中でほくそ笑んだ。
(天将軍、死んだ者を誰も弁護しませんよ)
こうして、帝国史上最年少の皇帝が誕生したのである。
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