第3話 不意打ち

 周宗は気づかれないように深呼吸をすると覚悟を決めて話し出した。


「私は……私の役割は慎綺様を支えることです。そのために必要になりそうな物を色々と収集しておりまして、諸々の情報もその中の一つです。人材や組織、各国の動きなど。その中には鳴坤堂も、あなたの情報も、当然鳴坤堂の堂主、漠蜂の話しもありました。残念ながら私のごとき若輩に国の重臣を説得する術はありませんでしたが、異民族の侵攻も掴んではいました」


「役に立てきれないなら何持ってても無駄だって言う良い例だな」


 朱天は鼻で笑って皮肉を吐く。表面上、応じないようにつとめる物の、その言葉は周宗の胸に深く刺さった。

 片腕を失い、意識を取り戻さない慎綺の顔が脳裏に浮かぶ。


「その通りです。ですからこれからは役立てようと思っています。そのためにまず……」


「俺を堂主に仕立て上げるってか? それでおまえに何の得がある?」


「私はあなたを漠蜂から解放し、堂主になることを手伝う。その見返りとしてあなたに私たちを匿っていただきたいのです」


 朱天はしばらく考えていたがやがておもむろに口を開いた。


「あの糞に刃向かう以上俺は命を懸けることになる。おまえがどういう策を巡らせるか知らんが、俺はやつから殺されるのだけは我慢ならん」


「大丈夫です、殺させはしません」


「そんな証拠もなにも……ッ!」


 その時、突如周宗が笑みを浮かべたまま懐剣を抜き打った。

 紫電の一撃。しかし、その一撃を朱天は首を振って避けた。

 皮膚が裂け、じわじわと血が滲み出すものの怪我という怪我ではない。


「さすがですね。今までかわされたことなんて無かったんですけどね」


 微笑みながら刀を納める。

 対して朱天の表情から余裕が消えた。

 周宗に注がれる視線は持て余す珍客に向けるそれから危機とみなしたものに変わっている。

 

「何で斬りつけた?」


 朱天は油断無く身構えると壁に掛けてある剣を取った。

 その動きには一片の隙も無く、仮に周宗が不用意な動きを見せれば即座に切り捨てられてしまうだろう。


「何故って、あなたが不安そうだから私の技を見せたまでです」


 周宗は出来るだけ堂々と言い放つ。

 朱天がこの一撃をかわすか、実のところは賭でもあった。

 本当に切り殺してしまえば終わりだが、技の冴えを見くびられてもまた、終わりなのである。

 しかし、とにかく全力の一撃は示せたし、朱天も死ななかった。

 となれば後はハッタリを並べて彼を納得させなければならない。


「それとも、今のでも漠蜂を仕留め切れませんか?」


「いや、今のだったらあいつが気付くより早く殺せる。だが、もし今ので俺が死んでいたらどうするつもりだったんだ?」


「まさか。あなたが避けきれないなど、それこそ私の頭には考えもありませんでした。現に今あなたは呼吸をしている。今ので私の腕を信じてもらえたなら後は私を漠蜂に近寄らせてください。それが出来ればあなたは漠蜂から解放されます」


 朱天の右手はわずかに動いたが、剣の柄を握ることなく下ろされた。

 周宗は安堵の息を吐きそうになり、あわてて飲み込んだ。

 ここでボロを出しては全てが無駄になる。

 とにかく、自信ありげに振る舞わねばならない。 


「しかし、その後はどうする。そこまで知っていて鳴坤堂の掟を知らん筈はないだろう」


 朱天は不機嫌そうに言う。

 朱天が気にしているのは下克上を防ぐために設定された法のことで、堂主を殺害する者あらば、まずこれを討ち取った者が次期の堂主となるという内容のものだった。


「ええ、当然存じております。しかしそのような決まりは結局、なかなか正しくは運用出来ないものですよ。むしろ、あなたに心酔する方々も多いと聞きますし、後は成り行きで如何様にも。ただ、それでもあなたに刃向かう者は後患とならぬようにその機に切り伏せてしまいましょう」


 周宗の提案は結局、出たとこ勝負に過ぎない。

 それでも勝算はあった。 


「最悪の場合、三百の賊が向かって来るが、おまえが斬れるのか?」


「いえ、実際は僅かで済むでしょう。後はあなたの仕切り次第です」


 その言葉に思わず朱天が笑った。

 切っ掛けを周宗が作り、後は朱天に丸投げする案である。おかしいに決まっていると周宗自身も思いながら、それでも他にやり用はなかった。


「はは、おまえ、言うなぁ」


 周宗の適当な、しかし力強い計画を朱天は気に入ったようで笑みを浮かべながら考え込んでいる。


「ところで……」


 朱天が黙考し初めてしばらく経ち、周宗は口を開いた。


「出来るならあなたが背負っている『呪い』を見せていただけませんか」


『呪い』という言葉に朱天は苦渋の表情を浮かべた。


「まったく、よく調べたもんだな。知ってる奴は身内でも一部だぜ」


 言いながら上着を脱ぐ。その隆々の背中には肩から腰にかけて不気味な紋が浮かんでいた。

 周宗も目にするのは初めてだったのだが、バクホウが辺境に伝わる部族の秘術を用いることは聞いていた。

 漠蜂に捕まり、この紋様を描かれた者は命を抑えられ、服従するしかなくなってしまうのだという。


「これが呪いだ。術者が念じればそれでこの身は腐れ落ちる」


 忌々しそうに言うと朱天は再び上着を羽織った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る