第2話 緑林の野獣

 一行は山賊達に付き添われて山道を歩いた。

 不穏な動きを見せればすぐにでも切り殺さんと山賊達は抜刀しており、対する親衛隊員は害意がない証として武器を荷車に乗せている。

 やがて、木が切れて空が見える広場に付いた。

 その中央に、立派とは言い難いものの、とにかく大きさだけは大きな大きな屋敷が建っている。


「俺達の詰め所だ。頭も中にいる。ここからはお前だけだ。他の者は待っていろ」


 山賊はそういうと、周宗を伴って屋敷の扉を開けた。


「頭、いますか?」


「おう」


 扉の向こうは広間になっており、その上の長椅子に巨躯の男が横になっていた。


「頭に会いたいという者がおりましたので連れて参りました」


「ああ?」


 男は起きあがるとどっかりとあぐらをかいて座った。

 長い黒髪と鋭い目。その表情からは獰猛な猛獣を連想させる。

 僅かに赤みを帯びた肌は異民族の混血を表す物だろうか。


「おまえは?」


 朱天の視線は無遠慮に周宗を捉える。大抵の人間ならその圧力だけで逃げ出してしまうだろう視線を受け、周宗も全身に脂汗が浮いた。

 人を食う妖怪に睨まれればこのような気持ちになるのだろうかと周宗は思った。

 しかし、だからといって逃げるわけには行かない。周宗は意にも介さない風を装いながら、深々と頭を下げると婉然と笑って見せた。


「お初にお目に掛かります。朱天殿」


「おう、また偉く綺麗な顔の小僧だな」


 朱天の声は野太く、響く。

 まるで耳元で猛獣が唸っているかのような恐怖を、必死に押さえつけ、周宗は言葉を紡ぐ。


「私はデン国の文官周宗と申します」


 それを聞いて朱天は僅かに目を細めた。


「役人か。で、何の用だ?」


「いえ、すでに国は滅びましたのでもはや国付きではありません、私がここに来たのもそれが関連しております」


「何だ?」面倒そうな表情を隠しもしない。


「私たちを匿っていただきたいのです……」


「断る」


 周宗の言葉を遮るように、朱天はきっぱりと言い放った。


「だいたい、たかが文官のガキごときいちいちに追っ手が掛かってたまるか。おまえ、何を抱えている?」


「我が国の王子、慎綺様でございます」


 周宗の一言に朱天は苦々しく顔を歪めた。


「そりゃあ……また厄介なモノを持ちこんでくれたな」


 朱天が手を振ると部下の山賊達は部屋から出ていった。


「先に言うが、俺はおまえ達を助けない。いろいろと面倒だからな。まあ、懐に飛び込んできた窮鳥を殺すのも忍びないから、金目の物だけ置いていけば見逃してやるよ」


「お気遣いありがとうございます。しかし私としては通行の許可をいただきたいのではなく、庇護を求めたいのです。あなたがたさえ黙っていてくれたらこの山中で、話が漏れることもないでしょう」


「だが、おまえ達を売れば高く売れるかも知れない。俺がそうはしないと約束しても首領か幹部の誰かが間違いなくおまえを売るだろうよ。いいか、おまえ達のために言っているんだ。今から話す間も寝る間も惜しんで逃げろ。運が良けりゃあ逃げられるかもしれん」


 それは、朱天なりの真摯な助言であった。ここまで逃げてきたのだからこれからもそれを続けろというのだ。


「あいにくと、任せられるほどの運は持っておりません」


 周宗は苦笑を浮かべた。

 全く持って運が悪く、この怪物との対面を選択しなければならないのだ。

 運が良ければもう少しマシな選択肢がいくらもあっただろう。


「じゃあどうする?」


 朱天は興味もなさそうに聞いた。

 もはやこの男なりに結論を出したのだろう。無関係、無関心を貫くという。


「朱天どの、実はあなたに鳴坤堂の堂主になっていただきたいのです」


 周宗が言うと、ようやく朱天の雰囲気に変化が発生した。

 周宗の言葉を理解しようと知らぬ内に言葉を聞こうと前のめりになる。しかし、それも好意的な興味ではなく朱天は怪訝そうな顔をしている。


「なにが言いたい?」


「鳴坤堂の朱天といえば世に聞こえし豪傑です。卓越した武芸と怪力、そして周囲の人望を集めることにも長けている。世に出れば一角の武将として世に名を知らしめたかもしれない。そのあなたが何故山賊などに身を落としたのか。その原因、私が知っていると言えば、どうします?」


「は、知ったような口を利くじゃねえか。おまえみたいなガキに何がわかる」


 朱天の言葉に怒気が混ざる。

 次の一言を間違えれば殺される。周宗は確信した。

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