第4話 腕試し
「何故あなたはそれほどの辱めを受けながら自害しないのですか?」
周宗には純粋な疑問だった。
命をたてに取られているとはいえ、それで頭を踏みつけられるような屈辱を甘受するものだろうか。
目の前の大男はとてもそのような人柄には見えなかったのだ。
しかし、朱天は呵々と笑い口を歪めた。
「はっ、笑わせてくれるな。誰が漠蜂ごとき小物のために死んでやるか、そんな鼻垂れた命なら最初から持ってねぇよ。この命は納得の行く死に方をするために使うんだ」
その仕草から周宗は彼なりの美学と信念が相反して内在していることを感じ取る。きっと、そのように割り切りながら心のどこかでは忸怩たる思いを抱えているのだろう。
おもむろに、朱天は鞘から剣を抜き放ち地面に突き刺した。
「天下に俺の名前を響かせるか、俺以上の武勇に打倒されるか。そのどちらかだけが俺の納得する死にかただ」
朱天は軽く笑う。
その表情は朗らかで、腹の底からの本心である事がくみ取れた。
「ところで、反対派を俺一人でぶった斬るのも、やれないことはないが次期の首領としては己で部下を斬るような真似は極力したくない。おまえの仲間に腕が立つやつはいないのか?」
朱天の問は当然のものだった。
山賊の山塞といえば一つの村落に近く、構成員の妻子も住んでいる。
さらに言えば、社会の規範に逆らって生きる山賊は、個人間のつながりが異様に強いこともあり、誰かを斬ればその兄弟分からも恨みを買うことになりかねない。
その場は勢いで納めても、後々の災いになる可能性が高いので朱天が自ら裁くのではなく、出来るだけ余所者が手を汚した方が合理的である。
「ええ、それなりに……」
周宗は答えた。
朱天に比する者は少ないが、親衛隊は生え抜きである。
そこらの山賊に遅れを取ることはないだろう。
「どの程度なのか、見ておきたいねえ」
そう言うと朱天は剣を拾い、先に立って部屋を出た。
館から出ると殺気立った山賊達は武器を手に慎綺一行を取り囲んでいた。
「おい、皆武器をしまえ! ここはもういいから持ち場に戻れ!」
朱天が一声掛けるとたちまち山賊達は散っていった。
「おっと、忘れてた」
朱天は数人の山賊を呼び止める。
他の山賊達がいなくなったのを確認すると朱天は呼び止めた山賊達を手招きして呼び寄せる。
「まあ、そこに並べ」
男達が並ぶと朱天は持ってきた長剣で一閃し、全ての首を切り離した。
周宗が驚いて固まっていると、朱天はニヤリと笑って見せる。
「こいつらはな、漠蜂が俺に付けた目付だ。こいつらの始末もおまえ達にツけとけ」
周宗は出来るだけ取り繕って頷いて見せた。
これで慎綺一行は山賊を殺害した事になり、このまま逃げても執拗な追撃を受けるだろう。
これで退路は断たれた。
周宗は高鳴る鼓動を抑えるのに精一杯だった。
これで退路は断たれた。どうせ前に進むしかないのだ。周宗は深く息を吸うと、親衛隊の一人に声を掛ける。
「親衛隊副隊長の栄沙がお相手します。栄沙、手合わせだそうだ」
周宗の言葉に応じて栄沙が歩み出た。
果たして他の隊員よりも腕の立つ栄沙を、朱天はどのように評価するだろうか。
「殺す気でやっていい」
周宗が囁くと、栄沙は静かに頷いた。
戦場の経験は無い。しかし、群盗征伐の経験は豊富で何人も斬り殺している猛者だ。
今回の逃避行でも先頭に立ち、行く手を阻む者を大勢切り捨てている。その服は返り血で黒く染まっており、もはや元の色が何かも判別が着かない。
頼りがいもあり、他の親衛隊員からの信任も厚い。しかし、周宗の目にはその栄沙でさえも朱天に対するには足りないように見えた。
「未熟者ですので、手加減は出来ません」
軽く目を伏せる様に栄沙は礼をし、応えるように朱天も吼えた。
「おう、かかってこいや!」
その一声を合図に二人は距離を詰める。栄沙は剣を引き抜くなり、朱天の頭頂部に振り下ろした。
迷いのない激しい一撃はしかし、朱天の素手による打ち払いであっさりといなされる。
バランスを崩しながら栄沙はなおも距離を詰め、倒れ込むように肘打ちを叩き込んだ。
常人なら臓腑の破裂するような一撃を腹に受け、朱天は嬉しそうに笑う。
「いいねえ!」
朱天の太い腕が密着した栄沙の体を捉えていた。
栄沙は逃げようと藻掻くものの、朱天の異様な膂力になすすべもな押さえ込まれる。
朱天が剣の柄で栄沙の後頭部を軽く叩くと、栄沙は昏倒して動かなくなった。
「そこまで!」
周宗が声を張る前に朱天は栄沙を放していた。
力なく地面に崩れ落ちる栄沙に他の隊員が慌てて駆け寄る。
「俺の勝ちだな」
朱天は嬉しそうに笑った。
高揚感が朱天の赤みがかった肌を更に赤く見せていた。
「年の割によく修練している。殺意も十分だ。悪くないぜ」
それでも朱天の足下にも及ばない。
今後の関係の為にはこの機に十分な力を見せ、彼に認められたかった周宗としては宛てが外れてしまった。
一行の中で栄沙より強い者は一人しかいない。
周宗は黙したまま慎綺に寄り添っている親衛隊長の弦慈を見る。
弦慈は周宗の視線に対し、軽く頷くと前に進み出た。
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