第5話 腕試しⅡ

 弦慈は周宗と同い年である。付き合いも長く、幼なじみといっていい。

 無口で無表情。軍に入ってからも上官へのおべっかなど使う事もなく、周囲に可愛がられる様な人柄でもない。

 そのせいか、彼はいろんな部隊をたらい回しにされ、周宗が親衛隊の統括役に就いたとき、周宗に押しつけられたのだ。

 幼なじみとはいえ、周宗は弦慈を好きではなかった。

 もちろん、好き嫌いで人を選ぶほど愚かではないつもりだったのだけど、周囲に打ち解けようとしない弦慈は、一枚岩の結束を必要とする親衛隊には邪魔だったのだ。

 栄沙を隊長に据え、弦慈については折を見て他の部隊に押しつければいいと思っていたのだけど、彼の異常性について、親衛隊の面々はすぐに気づくことになる。

 あまりに強いのだ。

 それまで上司から疎まれ、前線で腕前を披露する機会に恵まれなかった弦慈は親衛隊内の訓練で他を圧倒した。

 他の隊員も腕利き揃いで構成しているにも関わらず、次いで腕の立つ栄沙さえもがまるで話しにならなかったのだ。

 そうして親衛隊長になった弦慈以上に強い生物を周宗はまだ知らない。

 怪物の弦慈と野獣の朱天が相打てばどちらが勝つのだろうか。


「では、もう一人見ていただいて宜しいですか?」


 周宗は朱天に言った。

 朱天の視線は既に弦慈に注がれている。

 

「ああ、強そうじゃねえか。出し惜しみするんじゃねえよ」


 獰猛に笑う朱天の気を受けても弦慈は涼しい顔をして立っている。

 相変わらず表情が読めないが、周宗は弦慈に縋るしかない。


「では、隊長の弦慈を……」


 周宗の紹介を受けて弦慈が剣を抜いた。

栄沙の負け様を見てもその目は微動だにしない。いや、そもそも栄沙の試合を見ていたのかさえ周宗には怪しく思える。


「おい、殺してはいかんのか?」


 突然、弦慈が周宗に向けて口を開いた。

 その左手は朱天の顔をまっすぐ指している。

 周宗が口を開くよりも先に、朱天は動いていた。

 栄沙との試合とは違う、殺意を込めた斬撃。

 常人なら斬られた事に気づくより先に絶命する様な驚異的な一撃を弦慈はよそ見したままで避け、続く乱撃も手に持った剣で軽く弾く。

 

「なあ、どっちだ?」


 嵐のような剣戟に晒されながら、弦慈はのんきに言った。

 この男はいつもそうだ。周宗は苦々しく顔を歪める。

 泥や血にまみれた親衛隊の中にあってただ一人、小綺麗な格好をしているのは働かないからではない。異民族も暴徒も賊も圧倒的な剣でこともなげに切り捨てながら、一切の反撃を許さないのだ。

端的に言えば常人と住む世界が違いすぎる。故に他者の気持ちがわからず、ただ世界を眺めるだけの傍観者と成り下がる。

 国が滅んだ際も彼が着いていれば慎綺は怪我をする事もなかっただろうに、非番だからという理由で弦慈は燃えさかり、蹂躙される王都を小高い丘からぼんやりと眺めていたのだ。

 周宗が呼びに行き、どうにか慎綺の護衛に付けさせることが出来たときには既に王宮は異民族に侵入されていた。


「殺すな!」


 周宗が慌てて叫ぶと、弦慈は頷き朱天に向き直る。

 

「よっと」

 

 軽く言いながら弦慈は剣を降る。

 すると、朱天が持っていた肉厚の長剣は根本から綺麗に切断されていた。

 

「これでいいか?」


 再び周宗の方を見て弦慈が言う。

 朱天は息を呑んで手に残った剣の柄を見ていたが、顔色が更に赤く染まっていく。

 どう見ても激怒していた。

 無理もない。武人たらんとする朱天に対して、弦慈は礼を欠き過ぎている。

 周宗は鼓動が激しくなるのを感じ、胸を押さえた。

 穏便に、我が方の力だけを示せればよかったのだ。虚仮にしろとは言っていない。


(頼むから殺さないでくれ!)


 叫びたいのを我慢し、泰然自若を装う。

 化けの皮を着込み、これを剥がされる事は王子の危険につながるのだ。

 激高した朱天は柄を弦慈に投げつけると、それを払いのけた隙に突進した。

 掴んで力任せに引き倒す積もりだったのだろうか。

 しかし、すんでのところで弦慈は大きく飛び退き、朱天の手は空を掴んだ。

 弦慈が着地した先には先ほど朱天が刎ねた生首が転がっており、弦慈はこれを剣先に引っかけると朱天の方に向かい飛ばした。

 ポン、と放物線を描き、飛んできた生首を朱天が思わず打ち払おうとした瞬間。

 ――斬!

 数歩の距離を一瞬で詰めた弦慈の一撃が空中にある生首を打ち砕いた。

 飛び散った脳漿が降り注ぐ中、朱天は絶句し、立ちすくんでいる。


「なあ、これでいいか?」

 

 相も変わらず人を小馬鹿にしたような弦慈の声に、朱天は目を見開いたまま口をひらいた。


「まいった」


 いくらかやり過ぎとはいえ、朱天に腕前を認めさせる事には成功した。

 周宗は、それだけを考え、痛む胃のことは無視した。

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