第46話 難題

「勘弁してくださいよ、お二人を止めるのはホント怖いんだから」


 やっと落ち着いた二人に虎淡は胸を撫で下ろした。

 室内にあった立派な机は朱天の八つ当たりですでに叩き割られている。

 人を呼んで手際よく片付けさせると、虎淡は仕切りなおした。


「さて、の続きをしましょう。いいな、松白?」


「は、はい」


 やっと自分を取り戻した松白は慌てて頷く。


「それから虎淡……」


「何です、古若さん?」


「言い忘れていたが、ここに向かっている二万五千は一応朱天討伐隊という形で来る」


 その言葉に朱天がムッとした表情を浮かべた。


「はあ、何でそれを先に言わない? 味方じゃ無えじゃねえか!」


「そもそも、ここにいる兵隊の大半がもともとはお前の味方じゃないだろう。やって来るのもほとんど雑兵だ」


「雑兵ったって、将軍やら司令やらもいるんだろうよ」


 朱天の言葉に、しかし古若は笑みを浮かべた。

 

「俺たち木蛇はなにも殺すばかりが能じゃない。薬や術で相手を意のままに操ることも出来る。討伐軍には狐が同行し、偉い方から順に傀儡に落としていく」


「そんなに上手くいくもんかね」


 朱天はそれでも不満そうで、これ見よがしにため息をついた。

 

「傀儡の方は狐が受け持つ。問題ない。しかし、問題はその先、合流した後だろうな」


 横で聞いていた虎淡も眉間にシワを寄せる。


「向こうのお偉いさんを絡めとるんでしょ。問題ってなんすか?」


「狐が行うのは説得や懐柔じゃない。相手の意思を奪い命じたままに動かすことだ。当然、命令以外の行動をとることはなくなる。そうなるともはや将としての戦働きは望めない。いぶかしむ兵隊を抑えつけ、指揮する指揮官がそれぞれ必要になるってことだ」


 古若の言葉に朱天は頭を抱えた。


「ただでさえ人材が足りてないんだぜ。これ以上武将なんていやしねえよ」


「俺に言われても知らん。木蛇が請け負っているのは裏仕事だ」


「親分なんてまだいいですよ、俺はここの武将達を一人ずつ懐柔しなきゃならないんで当分寝られませんね」


 二人の嫌そうな顔を見て古若は笑った。


「まあ、頑張れよ。俺は今からカラスキまで行くが、いつでも戦えるように早めに仕上げておけ」


「あ、晩飯喰っていけよ」


 天幕を出ようとした古若を朱天が呼び止めた。


「いや、これでも急いでるんでな。後の事は残った木蛇ともうすぐ来る狐を使ってくれ」


 それだけ言うと、古若は振り返りもせずに出て行く。

 場には朱天と虎淡、それに松白の三人だけが残された。


「さて、松白。おまえのやることは虎淡の補佐な訳だが、そうなると俺はなにもすることがないな」


 朱天は伸びをすると立ち上がり、大あくびをしながら首の骨を鳴らした。


「親分、まだ帰らないでください!」

 

 朱天の行動に虎淡が鋭く声を投げかけたものの、かまわず議場を出ていってしまった。

 こうなると子分の虎淡には止める手立てもなく見送るしかない。


「どうするんだよ、四万五千って……」


 虎淡が横を見れば、まだ状況を芯から飲み込めていない松白に、ため息ばかりがでた。


 *


 政務の傍ら、深蘭はふと口を開いた。


「董螺司、この前の朱天討伐案だが、おまえの名で献策されていたあれは周宗の案であろう?」


「左様でございますが……」


横に立つ董螺司が浅くうなずく。


「それをおまえの名で献策したのも周宗の案であろう」


「ええ、まったくその通りです。その方が他の大臣達の通りもいいからと」


 先日、周宗が出した案は重臣間の会議で承認されており、深蘭も裁可を下していた。

 それに伴い、天将軍に付いた者たちは軍備を整え出撃し、その氏族は人質として残さず捕らえられ牢に放りこまれていた。


「では、牢に捕らえてある者達はもう斬っていいぞ」


 深蘭は事も無げに言う。

 

「は、しかしまだ命令を下してから二十日と経っておりませんが……」


 朱天の首は一つであり、それを持ち帰った一人のみが名誉を回復できるとあって、早い者は五日で軍備を整え出陣していった。

 しかし、もっとも遅い者が出立してまだ数日だ。

 

「では後十日待ってから斬れ。百日待ったところで朱天の首なぞ取れん」


「そうでございましょうか。朱天は僅か二千、対して討伐隊は烏合の衆といえども総数で二万を越えています。よほどのことがない限りは問題ないと思いますが……」


 自らと氏族すべての命がかかっている連中は財産を湯水のように使い、各々立派な私兵団を組み上げていた。

 自らの数倍する軍が次々と押し寄せれば相当の戦上手でも危なかろう。

 董螺司はそう読んでいた。


「それも周宗の受け売りであろう?」


「は?」


「冷静に考えろ。あの男の声にはどこか信じたくなる響きがある。その上まるで自らの考えであるように思わせもする。そして、あの男はそれを自分で知り尽くしている。気を付けて向き合わないとすぐに足をすくわれるぞ」


 深蘭は薄く笑っている。


「しかし東に向かったというのはその後の調査でも証明されています。その他の状況からも連峰を越えてヨゼイに向かったというのは間違いないかと思われますが」


「そうだな。そうして、見る目のない馬鹿どもは山脈を越えてヨゼイに進むのか。人が歩くのも大変な山で装備を担いで、馬を引いて。そうして向こうに降りれば準備万端の朱天が出迎えるわけだ」


 確かにそれは董螺司も考えていた。

 共に戦った者から聞くところによれば朱天が率いる軍は強いという。

 しかも、追いかける追撃隊の長は碌に軍役も経ていない官僚だ。

 兵数で多少有利だろうと、まともにぶつかっても勝てはしないだろう。


「それでも道筋が出来れば討伐もやりやすくなります」


 そう。追撃隊の壊滅は初めから織り込み済みの計画でもある。

 彼らが歩き、均した道を帝国の正規軍が征き、堂々反逆者を討つ。


「いずれ、牢の人質は不要だ。食わせる飯がもったいないし、本人の責じゃないところでつらい思いを長引かせるのも気が引ける。苦しまないように絞めてやれ」


 深蘭の言葉はどこまでも冷徹だった。


「そうして、慎綺をよく見張れ。周宗はこの機に何かをやらかすかもしれん」

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