第53話 妖怪
董鉄は都から四日で東軍の支配域にたどり着いた。
途中で周宗に出くわしたという報告は入らないままだったが、鉾麒率いる百騎が最短の道中で骸になり発見されているので、東に向かったことについては確信を持っていた。
他の道を通ってきた部下と合流し、三千ほどになったところで先に進む。
先を急ぐ董鉄としてはそれ以上待てなかったのである。
東軍の陣に入り、情報を集めていると決定的な情報があった。
二日前に周宗が通り過ぎたと丁源の隊からの報告が来ていたのだ。
董鉄はすぐに東将軍から二千の騎兵を借り受けると五千の騎兵を率い、周宗を追った。
*
さらに四日後、ついに董鉄は獲物に追いついた。百名ほどの一団は追っ手の姿を認めるとすぐに進路を変更し、近隣の森に入っていく。
「逃がすな!」
号令一下、董鉄隊も獲物を追って森の中へ踏み込んだ。
森の中には五騎ほどが並んで走れる広さの間道が通っており、そこを逃げる慎綺一行の末尾が董鉄に近づいてくる。
東軍の陣で馬を替えた董鉄隊と違い、カラスキから走り続けている周宗の隊は足に若干の重さを感じる。
「追いつくぞ、一息に切り裂け!」
しんがりに追いつき、槍を振り上げた董鉄の号令をも掻き消すように、何かが降ってきた。
なんだ?
事態を飲み込む前にすぐ後ろの者たちが次々と落馬していく。
毒矢だ。
董鉄は慌てて降り注ぐ矢を槍で払いのけた。
あっという間に数十人が落馬し、それに足を取られた数十騎ほども倒れ、後続の味方に踏みつぶされた。
待ち伏せ。
董鉄の脳裏にその言葉が浮かんだものの、もはや森に入ってしまっている。それに獲物は寡勢で目の前だ。諦められるわけがなかった。
「怯むな! 微々たる損失だ、進め!」
部下に発破をかけ、自らも率先して追いすがると、やがて落ちかけた速度が再び元に戻った。
先ほどの矢を射かけた者の処理は後方の者がやるだろう。とにかく今は慎綺と周宗の生け捕りが最優先である。
などと考えた瞬間、再び大量の矢が降って来た。
一発ごとに威力はないが、群れて走る騎兵にとって当たるか否か運の様な攻撃である。
再び、数十騎が崩れ落ちて行った。
「糞、なんだというのだ!」
流石に足を止めると、後方から続く部下にも停止を命じる。
「将軍、これは罠では?」
傍らの副官が呻くように言った。
いかなる毒を用いたか、かすり傷を負った者までが落馬して泡を吹いている。
「周囲を探索しろ。負傷者は後で回収するから邪魔にならんところへ寄せておけ!」
罠以外の何があるというのか。董鉄は歯噛みした。
一刻も早く追いつきたいが、現状では敵の思うままである。
「こちらは五千もいるのだ、なにも問題はない。とにかく兵を落ち着かせろ。」
そう命じた副官の頭が眼前で派手に飛び散った。
真っ赤な華が咲くように散った脳漿は周囲の将兵に降りかかる。
董鉄が思考を取り戻す前に、続けて五つの花が咲き、散った。
「将軍、あれです!」
近侍がやかましいほどの声で怒鳴りながら道の先を指す。
そこには騎馬武者が一体、弓を引きつがえて笑っていた。
いや、表情など見える距離ではない。しかし、それは確実に笑っていて董鉄の肌を泡立たせる。
構えた弓から矢が消えたと思った瞬間には近侍の首から上が消し飛んでいた。
なんという強弓だ。しかも打ち出しているのは常の矢ではなく頭に木片か何かがくくり着けられている。
董鉄はようやく攻撃の正体を理解し、同時に、怪物の正体も悟る。
「弦慈! 陛下からあれだけ恩を賜りながらそれをこのような形で返すとは、貴様は畜生か!」
直接顔を合わせたのは一、二度だが慎綺の親衛隊長にして最強の男。
こんな異質な襲撃を仕掛けてくるのは弦慈しかいないはずだ。
部下の手前、怒鳴りつけてみたものの肝が氷のように冷えていくのを感じた。
火事場で殺された罪拳の姿が浮かぶ。あれはこいつらの仕業だったのだ。
戦場でさえないこんな場所で死にたくはない。董鉄は脈拍が上がるのを感じた。
いつ矢がとんできてもいいように、槍で構えながらあらん限りの大声で部下に命じる。
「森を伝って進みあの者を討て、果たした者には莫大な報奨金を約束する!」
細い道で混乱の中、いったいどれほどの兵に声が届いただろうか。
しかし、ともかく数十人は目の色を変えて木々の茂みに飛び込んでいった。
董鉄は、馬が急に暴れて振り落とされるふりをしながら馬を降り、既に死んでいる馬の死体に身を潜める。まずはあの矢から身を隠さなければならない。
森に分け入った者たちの断末魔が響いたのはそれからすぐの事だった。
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