第39話 献策
周宗は董螺司に呼び出され、政務室に赴いた。
扉を開けると部屋の中央に設えられた机に董螺司が座り、傍らには息子の董鉄が無言で立っている。
「何故呼ばれたかは分かるな?」
董螺司が重々しく口を開く。
重たい斧のようなしゃべり方だと、周宗は思った。
「南軍を離反した朱天のことでございますね。全く持って、大恩ある帝国に背くとはとんでもないヤツでございます」
周宗が返答すると、董螺司が頷いた。
「もちろん、人の心とは不可解なものだ。それを読めなかったからと言って全ての責任をおまえに着せるつもりはないが、このままではおまえ達を客人として迎え入れた陛下のお顔が潰れるのもまた事実。おまえと、陛下の汚名をすすぐために策を示してみんか?」
周宗はこの老人が嫌いではなかった。非常に聡明で合理的、深蘭への忠誠も、深蘭からの信頼も篤い。
今回も、周宗に汚名をすすぐ機会を与えようとしている。柔軟で度量も広い。
「本来であれば、朱天を呼び込んだ私たちが独力で討ち果たすのが筋ではございますが、私たちには兵力がございませんので、せめてもの愚策を披露するのが精一杯でございます」
呼び出された時点で話題も予想がついており、回答も練り上げてある。
周宗は恭しく頭を下げてから言った。
「まず、朱天の行方ですが。この強大な帝国から離反した以上、追跡を恐れ一刻も早く離れたいと思うのは当然の心理だと思われます」
董螺司は軽く頷くと「しかし……」と口を挟んだ。
「あの朱天という男はつい最近まで山賊であったのであろう。ならばそ の時の関係で周辺の賊の世話になっているとは考えられぬか?」
「それは考えられません。まずあの男は異民族の出でありますのでこの周辺に知人はおりません。そして何より私が聞いた話によりますとこの周辺の山塞ではとても二千の兵は養えません」
「そうか、では朱天はどこへ向かったというのだ?」
「おそらく一路東に。周辺の小国に潜ることも可能でしょうが、何しろ二千の軍勢ですからそうであればすでに報告が入っていてもおかしくはありません。ということは真東に通る周辺国同士の緩衝地帯をまっすぐ走っていったものと思われます」
「なるほど。では途中で山に登り新たに山賊として陣取ったと言うことは?」
「それもあり得ません。兵を捨てるならまだしも二千を養える山塞などそう簡単には作れませんし既存の勢力との衝突もあります。あの男は部下を捨てられる男ではありませんので現実的ではないでしょう」
「しかし、手頃な村落から略奪を行えば当座は山に籠もっていられるのではないか?」
「その通りです。しかし、略奪を行うということはこちらに自分の居場所を知らせるようなものなので、十分に離れるまでは行わないと思います」
「なるほど、では朱天達は東に向かったと」
「はい、私はそう予想をしております」
「では、朱天を成敗するのにはどの程度の軍勢を向かわせればいいかな?」
「帝国の正規軍は一兵たりとも動かす必要はございません」
「なに?」
「今回の成敗という行為を最も有効に使おうとお思いであれば、共に成敗すべきは天将軍派の急先鋒だった面々です」
董螺司はその言葉に眉をしかめた。
「共に……成敗?」
「はい、朱天はもとより一度とて陛下に逆らった以上その者達にも見せしめになっていただきましょう。彼らに私財、私兵のみをもって朱天討伐の任に当たらせます。朱天の首を持って帰った者のみを成功とし、失敗すれば三族悉く死刑に処し、成功した場合にはその者の服役と財産の没収のみをもって恩赦を約束する。さすればその者達は可能な限りの兵員兵器を用意して我先に襲いかかりまず討ち取りましょう。もし失敗したとしても以後陛下に逆らう者は激減する事でしょう。消耗した朱天などは陛下を推薦した方々の誰かに褒美を約束して向っていただけば簡単にその首を取れることでしょう」
董螺司はその意見に思わず唸った。
「た、確かにその意見には注目すべきものがあるが、首を持って帰ってきたもののみに恩赦を与えるというのならそれぞれが争って行軍の体にならんのではないか?」
「その結果朱天を取り逃がすようなことがあればその者達はただ死ぬだけです。結果として一人を残して全員を裁く事が出来ればこの策は成功。むしろ朱天を消耗だけさせて恩賞は陛下の忠臣の方に与えた方が最もの上策であるといえましょう」
その苛烈な考えに董螺司は考え込んだ。しばらく沈黙が続いたが、やがて意を決めたように董螺司は口を開いた。
「そのまま陛下に献策してみる」
「ありがたきお言葉」
周宗は深々と頭を下げた。
しかし、周宗のその顔は自らへの嫌悪に歪んでいた。
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