第58話 戦後処理

 ヨゼイの都を平らげてから二月。

 旧王家残党や周辺国との小競り合いはありつつも、ヨゼイ国は新体制の下で安定を取り戻しつつある。

 平民への気前のいい振る舞いが奏功しており、その為の原資として有力貴族達の財産が充てられていた。差し押さえにあたって、反対を唱える者の悉くが闇に葬られていることも安定の一因で、苛烈な対応により貴族の自尊心を徹底的に挫いているのだ。

 もはや貴族の間では「文句を言って死にその後に取られるか、黙って渡すか」という標語が公然と流行しており、大多数の貴族は求められるままに私財を差し出した。

 なにより、彼らは理解しているのだ。

 自分たちが政争にかまけて侵略を受けたのだと。

 侵略者達は支配に都合のいい者だけを残して他は抹消するつもりだということを。

 ただし、非道で無能かつ、領民に恨まれている者でも財産さえ差し出せば侵略者たちは守ってくれる。

 その護衛期間が例え財産の尽きるまでと薄々わかってはいても、すがらずにはおれなかった。

 かくして、少なくとも上層部だけは全員が慎綺の戴冠を指示し、王位の禅譲は正式に行われたのである。


 ※


 王位というのは不思議なもので、廃されると同時に「我こそは正統なる後継者」を名乗る輩が噴出する。

 口上を信じるのであれば彼らは皆、前王かその先代の後落胤であるらしく、周宗は前王の精力旺盛さに苦笑が止まらない。

 が、これを笑ってばかりもいられないのも事実で、彼らは放っておけば支持者を集め軍閥を形成したりする。現に、かつての国境警備軍が僭王をいただいていくつかの軍閥と化していた。

 軍閥の支配地域はもはや他国と言ってよく、その分の国土が減失していく。

 正直に言えば、それらが独立勢力なら放置も一つの案である。

 しかし、それらは大抵の場合において隣国の支援の元に立ち上がっており、国境を侵されたに等しい。

 つまり、今度は自分たちが攻撃を受ける側に回り、その前段の嫌がらせを受けているのだ。

 

「毒でも撒いてくるか」


 周宗の向かいで地図を眺める古若が提案した。

 他に、室内にいるのは朱天と狐のみである。


「そうですね。井戸という井戸に毒を撒いて、集落を全滅させれば楽でしょうね」


 そうして、僭王に天罰が当たったと触れ回れば、妙な神輿を担ぐ者も減るかもしれない。

 しかし、同時に国境が無人地帯になるのは好ましくない。

 

「俺が行ってぶっちめて来るよ」


 朱天が言うのだけど、これも不味い。

 最も強力な将軍を都から移すと、今度は足下の勢力が調子づいて反旗を翻す可能性もある。

 

「それでは、恭順した者に兵を持たせて討伐へやりますか?」


 狐の提案も一つの回答だった。

 貴族とはつまり国家に貢献のあった者の子孫で有り、国家が一新したのだから新たな貢献を求めるのもいい。それに応じて新体制での立ち位置を決める。


「そうですね。しかし、それらが軍閥に合流すれば事態は悪化しますので、親や子を人質にとって向かわせるのが今のところ、最善手でしょうね」


 出来れば有能で、我が身の可愛い者がいい。付ける兵は向かわせる地方の出身者は外す。

 しかし、人選でまた一苦労あり、ただでさえ多忙な周宗は眉間のシワを深くした。


「俺が行こうか」


 声が掛けられ、目をやると部屋の入り口には董鉄が立っていた。

 もはや拘束もしておらず、しかし帝国に戻る気もないようで日がなフラフラと歩き回っている。

 

「流石に物見も飽いた。飯代分くらいは働こう」


「無駄飯食ってる自覚があるならとっとと帰れよ」


 朱天の言葉に歯を食いしばって耐えると、董鉄はキザな笑みを浮かべた。

 

「黙って兵を貸せ。俺の用兵術を見せてくれる」


「いや、アンタも裏切るかもって点では地物の貴族と変わらんだろ」


 古若からも辛辣な言葉を投げかけられ、顔を真っ赤にするものの、取り乱すのを恥と思っているのか深呼吸を重ねて落ち着きを取り戻す。

 しかし、それは名案かもしれない。

 周宗は口に手を当てて考え込んだ。

 所属の違いを知らないヨゼイの国民から見れば、侵略者達が率先して国土を守っている様に見えるだろうし、成功すれば彼の腹の内がしれる。

 裏切ったり敗死しても、話しの持って行きようはある。

 

「董鉄将軍、是非おねがいします」


 周宗の願いに、董鉄は満面の笑みで応えた。

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