第57話 対面
二十日後、周宗は董鉄に面会した。
「何の用だ?」
格子を挟んで椅子に座る周宗に向かい、無愛想に言った。
「いえ、将軍とお話がしたくて……お元気そうですね」
牢に入れられたときとは違いすっかりやつれもとれている。
「まあな、おまえ達の行く末を見てやろうと思ったんだ。そうなると病死などするわけにもいくまい」
董鉄の入れられた牢は犀韓達の入れられたものとは違いあり合わせの簡素なものであったが、十分な食事が与えられ、行水までさせられるなど、周宗の気遣いによりこざっぱりしていた。
「それはありがたい心がけです。悲観的になられては厄介ですからね」
「はっ、感謝するくらいなら何かくれ。暇でしょうがないんだ」
「では傍女でも付けますか?」
董鉄は顔をしかめた。
「そこまでされる謂われはない」
「では、紙と筆を出しますから何か書きませんか?」
「おう、それはいいな。ではおまえへの恨み辛みをあることないこと記してやろうか」
「なんでもいいですよ。ところで、今日は将軍にお話ししたいことがありまして……」
「何だ?」
「今回初めて大量の人を動かしたんですが、なかなか難しいものですね」
「当たり前だ、人を動かすと言うことは相手のことを尊重しつつも時に蔑ろにしなければならん。一朝一夕で出来るものか」
「なるほど、蔑ろにすることも必要ですか」
「使われる者達も互いに利益があるんだから、複数の者を使う時は誰かの意見を殺さねばならん」
「しかしそれでは無視された者には不満がたまりますよね」
「その不満をうまく散らすのが人を率いる者の器だ」
「それはいいことを聞きました。次からはそれも念頭に置いてやってみます」
「で、何に人を使ったんだ?」
「戦争です」
董鉄は目を細めた。
「ヨゼイの都を攻めました」
「……こちらの兵数は?」
「四万五千です」
「敵はどの程度いた?」
「都の守備兵が一万、国境から取って返してきていたのが三万と言ったところです」
「そのような状態で攻めたのか。愚かとしか言いようがないな」
「私も反省しています。いくら他に道がないとはいえ同数の敵を相手に攻城など……」
「被害は?」
「一万の兵と武将を数十人失いました」
「馬鹿め、それだけ消耗したら次はもう攻められんぞ。敵はもっと増えるだろうからな」
「そうですね。同じ事は二度と出来ません。やる必要もないですが……」
「何?」
董螺司は眉を動かした。
「都は攻め落としました。もう十日前ですので大分落ち着いてきています」
「嘘をつくな、そんなこと可能なわけがないだろう」
いいながら董鉄は自分の言葉に寒々しさを感じた。この者がやったというのならやったのだろう。あの、弦慈と向き合った時の尋常ならざる雰囲気を思い出せば、なんでもありな気もする。
「嘘ではありません。周囲の都市も殆どを服従させましたし、民にも慎綺様が立国を宣言されました。今のところうまくいっています」
「どうやって勝利を収めたかはもはや聞くまい」
董鉄はプイと横を向いて舌を出した。
周宗もあえて説明をしようとはしなかった。
徹底的な流言と暗殺、それに偽書を用い、攪乱した上で味方に大多数の被害を出したのだ。
今後を期待していた武将も大勢死に、兵士も疲弊している。
早急に軍の再編成や回復が必要だった。
「ともかく、勝利はめでたいものだ。これで俺の処刑場にも花くらいは飾って貰えるか?」
董鉄は皮肉に笑った。
「ご所望とあれば」
周宗も力なく笑い返す。
「勝利を得て、いったい何が不満だ?」
「損害が予想していたよりも多かったもので……」
瞬間、董鉄は傍らの湯飲みを掴んで投げた。
湯飲みは柵をすり抜け、周宗の額を割って砕ける。
突然のことに額を抑えてうずくまる周宗の手から噴き出した血がこぼれ落ちた。
「なんだ、血は赤いんだな。てっきり青い血でも流れているかと思ったぜ」
額の血は目に流れ込み、目を擦る。
周宗は事態を把握するよ、驚いて董鉄を見た。
「俺がお前を好きになれない理由が今わかったよ。おまえの思考は人が一人で負うべきものを越えようとしている。その神にでもなったかのような尊大さが俺には気にくわんのだ」
董鉄は顎をなぞりながら静かな口調で呟く。
周宗は血を袖で拭いながら立ち上がり、笑った。
普段の作り笑いではなく、珍しく衝動的な笑みだった。
「ありがとうございます」
周宗の楽しそうな礼に面食らい、董鉄は目を丸くする。
「今、陣中に私を叱ってくれる人はおりません。あなたのおかげで私の増長も抑えられえそうです」
「う、うるさい、礼を言われるようなことはしていない」
ふてくされたように言うと董鉄は寝台に転がった。
事実として、腹が立ったから湯飲みを投げただけだ。
処刑の口実を作ってやったくらいのもので、礼を言われるいわれはない。
「話は終わりだ。もう帰れ」
弦慈も価値観が違うが、この周宗も別の生き物だ。
そう思うと相手をするのもばかばかしくなり、董鉄はため息をついた。
「はい、では失礼します」
周宗は丁寧に言って、牢屋を出口に向かい、途中で立ち止まった。
「あの、董鉄殿。この宿営地は間もなく引き払い王都に入ります。それに伴って董鉄殿にも移動していただかねばならぬのですが、人手が足りない為、自ら馬に乗り、数日分の食料などを背負っていただいてもいいでしょうか」
その言葉はつまり、董鉄へ脱走を促している。
董鉄の格好がつくように、周宗のせめてもの心遣いなのだろう。
しかし、董鉄はその施しも気に入らなかった。
「荷物持ちでもなんでもやるが、俺は王都までの道を知らん。きちんと案内をつけろよ」
董鉄が振り返りもせずに言うと、周宗は再び頭を下げて出て行った。
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