第44話 入牢

 昼、朱天達が飲み明かした天幕で軍議が行われた。

 こぼした酒も、誰かの反吐も綺麗に片付けられ、そこに拭き清められた机と椅子が搬入されている。

 水を浴びさっぱりとした朱天と虎淡が議場に入っていくと、犀韓は急かすでもなく椅子を勧めた。

 すえた匂いは風を通してあり、かなりマシになっている。

 一同揃うと、最奥に座した犀韓が口を開いた。


「さて、これからどうするかということだが、まずは朱天殿の意見を聞いてみたい」


 思わず笑いそうになるのをこらえながら朱天は澄まし顔を保のに苦労した。

 

「そうですな。まずは、ここの軍勢と我が軍を再編成する事からはじめましょう」


「ほう、それは必要なのですか?」


「二万の軍兵を思うまま動かす為には必要ですな」


 朱天の堂々とした態度はそれ以上の追求、批判を一切許さないものであった。


「で、ではこれから私たちはどのように動けば宜しいのでしょう?」


 一人の老人が聞いた。


「まず、あなた達には牢に入って貰う」


 朱天の一言に老人たちは顔を見合わせる。


「形だけです。昨日話した通り、犀韓殿は捕虜になったという形にしたほうが都合がいい。その場合、重臣のあなた方が無事では話がおかしいでしょう」


「し、しかしなにも本当に牢に入らずとも……」


「出来るだけ事は秘密にした方がいい。あなた達が外に出て事情を知らない者に目撃されたら私はあなた達全員を斬らなければならない。しかし、あなた達が一月も牢に入っていてくれたらそんなことをしないで済む。不自由はさせませんので各々休養のつもりでゆっくりしていて貰いたい」


 朱天の空気に圧されて誰も口を開かない。

 朱天としても、反抗されれば取り繕った仮面をはずし、彼らを皆殺しにしてやろうかと思っていたため、彼らの従順な態度は手間を一つ減らした。


「では、後は任せていただこう。あなた達が牢から出るときは諍いも全ておわっている」


 朱天が合図すると数人の兵士達が入ってきて犀韓達を拘束した。



 他の者が去った後、虎淡が口を開いた。


「なんて言うか、うまくいきましたね。あのおっさん達、馬鹿なのか何なのか……」


「気を引き締めろよ、まだやることは腐るほどあるんだ」


「その通りだ」


 その言葉を発したのは二人ではなかった。


「こ、古若さん……」


「おまえ何している?」


 二人のすぐ後ろに何喰わぬ顔して古若が立っていた。


「いや、狐から連絡があってな。そろそろ周宗が送った援軍が来るそうだ」


 古若は空いた椅子に腰掛ける。


「数は約二万五千。五つの部隊に別れてくる」


 朱天はそれを聞いて目を見開いた。


「と言うことは、ここと合わせて全部で四万五千か。それだけ揃えば都くらい落とせるんじゃないのか?」


「親分、いくら何でもそれは……」


 虎淡を手で制して古若は頷く。


「いや、不可能ではない。東の国境から離れ、脅かされることのないここの都は駐留する兵力も一万弱、防備も大したものじゃあない。その上、中は俺がかき回しているから指揮系統もぐちゃぐちゃだ」


 朱天が犀韓と戯れている間、古若は暗殺や流言、あるいは脅迫や偽書を用いて王宮を大いに乱れさせていたのだ。


「じゃあ行こうぜ、迷うことはないだろう?」


 朱天は今からでも乗り込む勢いで言った。

 山脈を越えて食料などの物資を運んできているが、その量は慢性的に不足していた。

 今、犀韓軍の物資が一時的に症状を緩和したものの、さらに人員が増加すれば再び窮するのは目に見えていた。


「……朱天、俺が置いていった地図を見たか?」


「ああ、暇だったからな。一通り覚えたが……」


「では聞こう。ここから都までの間に何がある?」


「何って、ここから先は砦もなけりゃ関もない。農村が点在するだけだろう?」


「そうだ。だからこそ厄介なんだ」


「言っている意味がわからんが?」


「ここから都まで、歩兵混じりの軍なら八日かかる。その途中に砦がないって事はここを出たら都を落とさない限り進む道はないって事だ」


 略奪を禁じられている以上、農村に用はない。

 となると、占拠して軍事拠点にできる施設がないのは確かにもどかしかった。


「しかも、一万というのはあくまでも今の兵力だ」


「増えるのか?」


 朱天の問いに古若は頷く。

 

「国境警備の将兵がいつ取って返してくるかわからん」


 確かに、王都の兵力がヨゼイの全軍ではない以上、そういうこともあるだろう。


「その軍はどのくらいで都に着く?」


「歩兵を連れたら二十日、騎兵のみなら七日だ」


 ということは、ぐずぐずしていると挟み撃ちに合うということだ。


「しかも、当然、それよりも近い場所にだって砦があり、軍が駐留している場所もある」


 そういう勢力の存在も考慮するならなおのこと掛けられる時間は短くなるだろう。


「それから、この砦の兵士は、皆この国の国民だ。都を攻撃するのにどのくらいの志気が上がるか……」

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