第28話 歓迎式典
十数日後、深蘭が派遣した軍に守られ、慎綺一行は都入りした。
深蘭は城壁の上で董螺司と一緒にそれを眺めていた。
百ほどの慎綺護衛兵は、柄の悪そうな連中が大半で帝都の大通りを歩きながら見物の住民達の視線にばつの悪そうな顔をしてうつむいている。
その中心にいる身なりの多少マシな連中が従者だろう。そうすると、その中央に慎綺がいるはずだ。
深蘭は目を凝らしたものの、遠すぎてよくわからなかった。
何事も派手にやって置けと命じたのは深蘭だが、行列を先導する楽団などはさすがにやりすぎではなかろうかと思って笑う。おかげで帝都に入って以降の行列は遅々として進んでいない。
「先帝の御崩御からこちら、喪に服すということで何事も控えておりましたのでな。これを機に日常を戻して貰わんと息苦しくてたまりません」
董螺司が首をさすりながら言った。
この男は老齢であるものの無数に囲う妾の数で知られている。
喪中では派手な宴も、女遊びも気が咎めるということだろうかと深蘭は思った。
「それから、酒屋から酒を買い集めて辻々で住民に振るうように手配しております。それに饅頭も配りますので、かなりの大金を飛ばします。どうせなら、というところですな」
かっはっは、と董螺司は軽く笑うが、深蘭は費用を軽く計算して驚いた。
「限度っていうものがあるだろうが」
「これで狙い通りの効果が出れば安いものです」
そうだろうとは頭では分かるものの、ちょっとした軍団を養える額の大金に穏やかでいられないのは経験の不足だろうか。
眉間にしわを寄せる深蘭を余所に、董螺司は満足げに帝都の活況を見下ろしていた。
※
外交を司る大臣が歓迎の辞を述べた後、深蘭は謁見の間に呼び込まれた。
堂々と胸を張って玉座まで移動すると、座る直前に慎綺一行の方を見る。
慎綺と侍従長、それに護衛隊長が謁見の間にいるとのことだが、三人とも頭を深々と下げており、顔は見えない。しかし、立ち位置から中央が慎綺、横の大柄な方が護衛隊長で逆が侍従長なのだとあたりをつける。
いずれも自らと同世代らしいと聞いており、深蘭は親近感を持ちながら玉座に腰を下ろした。
「さて、頭を上げろ」
深蘭が命じると、三人がゆっくりと顔をあげた。
謁見の間では全ての動作についてゆっくり行うように義務づけられていて、これを破れば周囲を固める守衛兵達が殺到する。
三人とも、顔を挙げても目を伏せているのは皇帝の顔面を直視してはならないという礼儀の為だが、おかげで深蘭はゆっくりと三人の顔を眺めることが出来た。
どれもいい。
特に、慎綺の顔は比較的整っており、妹に嫌われずに済みそうなことに胸をなで下ろした。
「君が慎綺か、ようこそ来られた。ここを我が家と思ってくつろいでいただきたい」
深蘭がにこやかに言うと、慎綺はおずおずと頭を下げる。
次に帝国臣下達の方を振り返り言った。
「この者達は私の客である。もし、彼らになにか失礼があれば私の顔を潰すものと思っていてくれ」
そこまで言ってから、慎綺の片腕が欠損しているのに気づいた。
「おお、慎綺よ。私の腕とお揃いだな」
それを聞いて慎綺は照れたように頷いた。
※
翌日には慎綺一行の主要な面子に対して董螺司の面接が行われた。
慎綺から始まって親衛隊長、侍従長、将軍など続く中で、董螺司は周宗に目を留め、深蘭に報告をした。
「あの侍従長、もしかすると拾い物かもしれませんぞ」
私室で報告を受けた深蘭は別の書類を処理していたのだが、皮肉屋の董螺司が珍しく興奮して人をほめるので手を止めた。
「拾い物とは?」
「相当に勉強しています。あれなら官僚試験にも受かるでしょう」
ほお、と深蘭は感嘆を漏らす。
官僚試験は文字通り帝国官僚に登用する者を選ぶ試験であるが、身分に関わらず立身出世につながるということで受験者は多く、合格しようと思えば千人の内、二番か三番に入らなければならない。
「優秀な学者タイプか」
「いえ、どちらかと言えば宗教家ですかな」
董螺司が皮肉な笑みを浮かべる。
「慎綺という王子に心酔しきっています。どのようなきっかけがあったものかは分かりませんが、王子の為なら自ら心の臓をえぐり出さんばかりですな」
董螺司が鼻で笑うのは、その行動をバカバカしいと思っているからだろう。
「他の連中からもいろいろ聞き出したのですが、それほど忠義深くもないようで、慎綺よりもむしろ周宗を中心にした一団、という様相ですな」
「それなら都合がいいではないか。どうせ奴らの御神体は私の手元だ。せいぜい、働かせてみよう」
深蘭は冷静に、人材の利活用計画を組み立て始めた。
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