第30話 八方ふさがり
深蘭から複数の用務を申しつけられて一ヶ月、周宗は目の回るような忙しさの中で走り回っていた。
結局、深蘭の用意した網はどうあがいたところで締まる一方だった。
弦慈はなんの感慨もなさそうに任地へ赴いたが、朱天を説得するのは手間が掛かった。
部下をつれて山へ帰るという朱天をなだめ、どうにか任地へ向かわせたものの、不満をさんざん吐き捨てていくその後ろ姿は周宗の胃を痛めた。
しかし、救いがないわけでもない。
慎綺一行とは別に、商人として帝都に潜入させた木蛇については未だ知られておらず、首輪をかけられずに済んでいる。
このあたりの見落としを精一杯に活用しなければと思いながら、それさえもままならない程に周宗の仕事は逼迫していた。
帝都付近を巡る街道の補修は、皇帝変更の巡幸を控えて急務であるし、農用水路の工事も農閑期に仕上げてしまわなければならない。
竹藪の開墾を後回しにしようと考えていると、軍用資材に竹竿が必要なので工事を急げと急かされる。
しかも、どれもこれも人手が圧倒的に足りていないのだ。
通常、人手が必要な作業については周囲の村々から人手を供出してもらい、行うのだが、これに難渋を示されるのだ。
帝国は常に膨張を目指して戦争を行っており、その為に必要な兵士を各地から徴兵していた。そのため、農業生産がどうにか維持できるぎりぎりまで人が減っていて、供出する人手がそもそもないのだ。
もちろん、皇帝勅命をかざして無理矢理に人を召し上げる事も出来るのだろうが、それはそれで農業生産の停滞を生み出す。
軍隊というのは基本的に食料生産をしない集団であり、それを維持するには誰かが食料を作ってやらなければならず、そうしなければ戦争は継続できない。
周宗は現場を歩きながら頭を巡らせる。
帝都周辺の砦補修などは、兵士を使うか石工集団を使うかなので随分と話が早くて、面倒さの度合いは低い。
石垣の補修に職人頭との打ち合わせを終えると、ようやく休憩を取ることができた。
転がっている大きな石に腰を下ろすと、水筒から水を飲む。
睡眠不足にめまいがし、ほとんど止まらずに移動し続けるため、足もじんじんと痛んだ。
「いやいや、お忙しそうで」
声がかけられ、そちらを見ると狐が商人の格好をして立っていた。
これは変装などではなく、軍から酒保商人に任じられて実際に商品を運んでいるのだ。
無数の荷車を荷役人に牽かせ、あちらこちらへ飛び回り続けているのだけど、狐に言わせればかなり儲かっているらしい。
「あまり根を詰めると倒れてしまいますよ」
朗らかに差し出された団子菓子を受け取り、周宗は口に放り込んだ。
かみしめると甘さが口の中に広がり、頭がくらくらする。
「ちょっと余裕がなくて」
帝都内部では接触を断っている木蛇とも、帝都の外なら話をすることも出来る。
なにより、実際に現場まで食料や生活物資を運んでくるのは彼らなのだ。打ち合わせも必要だし、話すことに不自然さはないはずだ。
「まあ、なんにせよ適当にやっておけばいいではないですか」
狐は足場建設が始まったばかりの石垣を見上げて言った。
必要な板や竹、紐も狐が運んできている。
「そうも行きませんよ。私自身が皇帝陛下に評価してもらわなければ慎綺様のお立場が危うくなりますからね」
それに、間借りする身としては帝国が揺らぐのも困る。
内部崩壊に巻き込まれるなんて冗談にもならない。
「しかし、そうはいっても目的の準備に手が着けられないんなら、やはり本末転倒ではないでしょうか」
自らも団子を齧りながら狐が言った。
周宗もそれは自覚しており、苦い表情を浮かべた。
各仕事の現状確認や各種手配、打ち合わせなどでもはや十日も帝都には戻っていない。
これはとりもなおさず慎綺と会っていないことを意味し、この事実も周宗にはつらいことだった。
慎綺成分が不足している。おかげで肌荒れもひどい。
しかし、狐はとんでもない事を言い出した。
「その様子だとお聞きではないのでしょうが、帝都では今朝、布告が出ましたよ。慎綺様が皇帝の妹御とご結婚されるそうで」
周宗は目の前が真っ暗になり、すべてを放り出すと、即座に帝都へ向かった。
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