第11話 寝起き
深蘭が目を覚ましたとき、そこは寝台の上だった。周りを典医と女官達が取り囲んでいる。
「お目覚めですか、太子様?」
女官の一人が深蘭に気付き、声をかけた。
「……」
喋ろうとしたが声が出なかった。口をぱくぱく動かしていると、深蘭に典医が言った。
「御声を出せませんか、あの出血では無理もございませんなあ。しかし、そのお体を傷つけた剣には猛毒が塗ってありましたので、出血がなければお助けする事は難しかったかと」
典医は深蘭の脈や瞳を確認すると、ゆっくり頷いた。
「しばらくは体が動かないでしょうが数日もたてば動くようになります。それまで辛抱なさいませ」
典医が命じ、女官達が深蘭の汗を吹き上げると、用が済んだのかぞろぞろと部屋を出て行った。
残された深蘭は他にできる事もなく、ぼんやりと濁った頭で天井を見つめていた。
失血のためか、ひどく寒い。全身が痺れているのはまだわずかに毒が残っているせいだろう。
全身に激しい疲労とだるさが残っているが、もがきながら何とか起きあがろうとした。しかし、左手をつこうとして、再び這いつくばる。
左手が無いのだ。そのことを頭が理解するまで時間が掛かった。
見ると左腕は肩から袖が切られており、露出していた。
そしてその腕の肘から先がすっぱりと無くなっていたのだ。包帯は巻き替えられたばかりらしく、その白々しい光景が何とも滑稽に感じられた。
無くした腕を思えば痛みがこみ上げて来そうで、眼を逸らす。
仕方ないので、再び仰向けに寝転がり天井を眺めた。
少し動いただけにもかかわらず泥のような疲労が押し寄せてきた。しかし、その疲労がむしろ心地よく、深蘭は再び眠りについた。
*
目を覚ますと、辺りは暗くなっていた。黄昏時を少し過ぎたという感じだ。
「あ、あ……」
少し苦しいが今度は声が出た。
痺れも大分とれて体が動くようになっていた。
左腕からは鈍い痛みが鼓動に合わせて伝わってくる。やはりひどく寒かった。
「誰かないか」
力を振り絞って呼ぶと、弱々しい声にかかわらず、すぐに男が一人入ってきた。
「腹が減った、粥を用意してくれ。それと董螺司も呼んでくれ」
深蘭が男に命じると、一礼して部屋を出て行った。
間もなく膳が運ばれ、運んできた男と入れ替わりに別の男が一人入ってきた。
白髪に皺だらけの顔の割に背筋ののびた痩身の老人で、深蘭が手なづけている重臣の一人、董螺司だった。
董螺司は寝台の横で敬礼すると、横にある椅子に腰掛けた。
「具合はいかがですか」
その言葉には応えず深蘭は黙々粥を口に運ぶ。手に残る痺れで粥がこぼれるのも気にしない。
そして、粥を半分ほど食べると茶を飲み、ふうーと息を吐いた。
「やっと温まったぞ、待たせたな」
「いえ、若の体が何よりなれば……」
「俺はどのくらい寝ていた?」
「丸二日、今日で三日目です」
「今はどのような状態だ?」
「若は刺客を追って楼閣に上り、賊を斬ったという事にしてあります。皇帝が亡くなられても、さして波風は立っておりません。そもそも、国体がお隠れになったという事を、ごく一部の者にのみ知らされ他には厳しい箝口令を敷いてあります」
「手際がいいな、誰が指示を飛ばしている?」
「天将軍です」
深蘭の表情が少し動いた。
「叔父上か、やはり動いたか……」
「はい、若が眠っている間に主要な者のほとんどに接触した様です。私にも宝剣を一本よこしてきました。あと数日若が動かなければ、天将軍の帝位継承は間違いないでしょう」
「まあ、その時はその時だ。計画通りに行く事ばかりではないからな」
言って、左腕を振ってみせる。
「これを斬った賊はどうした?」
深蘭が今、何より気になっているのはそれだった。
「死体は私が抑えてあります。若の左腕も」
「そうか……手厚く葬ってやれ。俺の腕と一緒にな」
「は?」
董螺司が怪訝な顔をする。
「この腕はあの男の取り分だ。渡してやらんと祟られるぞ」
「わかりました。それと……このような物もありますが、これはどういたしましょうか」
そう言いながら小さな紙包みを取り出した。深蘭はそれを受け取ると指と口をうまく使い包みを開けた。
「これは……」
中に入っていたのはどす黒い三日月型の物体だった。
「あの賊の舌でございましょう。口を開けて確認しましたがやはり噛み切っておりました」
それを聞いて、深蘭にはやっと納得がいった。栄沙は舌を噛み切り、動かない体に活を入れたのだ。
「はっ、よくやったぞ董螺司。その舌は俺の取り分だ! 俺の宝にする!」
なぜか深蘭は嬉しくてたまらなくなった。
「わかりました。それでは本格的に防腐を施しましょう」
「頼んだぞ、俺はもう一度寝る。今度起きたら椅子をもらいに行く。準備しておけ」
「承知致しました」
董螺司は立ち上がり再び敬礼すると、部屋を出て行った。その足音が聞こえなくなるよりも先に深蘭は眠りに落ちていた。
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