第24話 歓迎会

 夜、木蛇の歓迎の宴が行われた。

 上座には朱天と、いつの間に追いついたのか狐達と共に入山した古若が座っている。

 朱天は木蛇の連中が酒を飲んで盛り上がるものか心配したが、暗殺者達は如才なく振る舞い、酒席を楽しんだ。

 宴も盛り上がった頃、古若が朱天に話しかけた。


「俺を呼んだのはどいつだ?」


 そう言って場を見回す。

 会場には大広間を使っており、木蛇の半分と鳴坤堂の頭目衆が集められていた。しかし、周宗の姿はなく、だからこそ朱天はどっかりと腰を下ろして酒を楽しめたのだ。


「ここには来てねえな……。おお、おもしれえ奴がいるじゃねえか」


 朱天の目に下座に座る弦慈の姿が映った。周囲を数人の頭目衆が囲んで酒を勧められている。


「おいおい人気者じゃねえか」


 朱天が古若を伴って下座に行き、声をかけると弦慈が振り向いた。

 その目には酒が回っているようで、全く覇気を感じられない。


「朱天殿……」


 頭をふらふらと揺らしながら何事か言おうとする弦慈を手で制して朱天は古若に紹介した。


「こいつが俺から一本持って行った男だ。まだガキだが、腕は化け物だ」


「それは頼もしいな」


 古若が感心した様子で頷く。

 

「ところで、おまえは一人かい?」


 朱天が尋ねる。

 見たところ周宗だけではなく、他の親衛隊の者も姿が見えない。


「ああ……なんだか、忙しいらしい……す」


 弦慈は呂律の回らない舌で応えた。

 その用事が慎綺の治療だったりするとマズいな、と朱天は苦笑した。同時に、弦慈がこの調子であるのでやや胸をなで下ろす。

 他の親衛隊員全員よりは遙かに弦慈の方が驚異的に感じられるのだ。


「いや、いいんだ。おまえさんでも全然かまわねえ」


 ふと朱天は弦慈を囲んでいた頭目衆の顔を見比べた。武術においてはいずれ劣らぬ腕自慢達だった。


「おまえらは何でこいつを持ち上げているんだ?」


 聞くと、それぞれ恥ずかしそうな顔をした。そのうち一人が言うには、

「ちょっと御指導くらいまして」という話だった。


「このバカどもが」


 部下を小突きながら朱天は笑った。つまり、朱天の客分という身分で鳴坤堂に居座ったよそ者を、朱天のいない間に懲らしめようと彼らが因縁をつけたのだ。

 当然の様に返り討ちにされ、その武術の神髄を味わった彼らは部下の手前、弦慈を持ち上げなければ面目が保てなくなったのだ。

 彼らは弦慈を「先生」と呼び、周囲を取り囲んでいる。

 

「おい、その先生様はべろんべろんじゃねえかよ。今なら殴りとばせるんじゃねえか?」


 朱天が言うと、頭目衆の一人が慌てて止める。

 

「やめてくださいよ、先生は酔った方が恐ろしいんですから!」


 話を聞けば、かかされた恥を酒の力を借りてすすごうとした者がいたらしい。

 素面の時には青タン程度で済んだのも、その者を勢いづけた様で、酔わせるところまでは成功した。

 他の連中もその様子を離れて見守っていたのだが、弦慈は襲いかかった山賊を張り飛ばし、たたき殺した。

 それを見ていた頭目衆の言葉を借りれば「アリを踏みつぶす様」だったという。同じ事を考えていた連中も肝を冷やし、真っ先にやらずによかったと胸をなで下ろした。

 朱天が話を聞いて笑っていると、弦慈の腕が一閃され杯が飛んだ。

 杯は紙一重で避けた古若の背後、壁にあたって砕け散る。

 場にいる全員の視線が短刀を掴んだ古若に注がれた。

 

「ちょっと試そうと思ったんだけど」


 気まずそうに言う古若を次の瞬間には弦慈が蹴り飛ばしていた。

 

「待て、冗談だから!」


 朱天は慌てて弦慈の胴体にしがみ着いた。

 背中に打ち落とされる鉄槌打ちに顔をしかめながら、朱天は尋常じゃない勢いで飛んでいった古若の生命を心配した。


「落ち着け!」

 

 話が通じているのかも分からないが、喚く以外になく、朱天は振り払おうとする弦慈にすがり続ける。

 

「朱天、離していいぞ」


 背後から投げかけられた古若の言葉を聞くまでもなく朱天は力付くで引き剥がされた。

 慌てて身を起こすと、逃げる古若と、それを追う弦慈が視界に入る。二人はそのまま宴会場から突風のような勢いで出て行った。


「ね、恐ろしいでしょ」


 苦笑を浮かべる頭目の一人に、じゃあ酒なんて勧めるなよと言いたかったものの、朱天は遅れてきた痛みにもがくことしか出来なかった。

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