第37話 計画

 その夜、古若と朱天、それに虎淡は村から借りた空家で打ち合わせを行った。他の兵隊は村の周囲にテントを張って野営をしている。

 初めは村人達から警戒されていたが、虎淡が多めに金を払うとすぐに丁寧な待遇になった。


「さて……」


 古若は数枚の地図を広げた。帝国の書庫から拝借した物の写しであり、他では見ないほどに詳細に情報を記してあった。

 もちろん、厳重に保管された部外秘の資料であり、持ち出した者は問答無用で斬首であるのを、古若が盗み出して複製を作ったのだ。

 

「今は大体この辺りだ」


 古若はゼンキ帝国の南軍駐屯地よりやや東の地点を指した。


「馬鹿な、まだ離れているだろう」


 朱天はもう少し東を指す。


「おまえ達の移動経路は、こうだ」


 古若の指は南軍の駐屯地からまっすぐ南に向かって動き、少し東へ、それから振れ動きながら北東へ向かって現在地で止まった。


「ひどく蛇行しているが、これは俺の部下から確認した話だ。俺の仕込みを疑うなら別だが、まず間違いはないだろうよ」


「あ、親分。あれですよ、路銀集めに手頃な山賊の居城を攻めて回ったやつ……」


 虎淡が思いついたように朱天に言った


「ああ、あれか。北の二龍山とその近所の星麟会か」


 朱天も思い出したように頷く。

 その名前は古若も聞いたことがあった。

 国境付近には軍閥や山賊が多く潜むが、どちらも中堅どころの山賊団である。


「それから一昨日の紅夏党」


 この辺りで最大勢力の名前も飛び出し、古若が呆れたように笑った。

 周辺を治める国々が手を出しあぐねる無法者たちを朱天は我が都合と成り行きとはいえ、討ち滅ぼしてまわったのだ。


「よく返り討ちにあわなかったな」

 

「ああ、山塞の作りはどこも似ていてな。奇襲掛けたら簡単だったぜ。金や食料、兵隊も手に入るし、山賊ってのはいいものだな」


 朱天は呵々と笑った。


「それで、今までいくつの村を襲った?」


 話の本題に入り、古若の目が細くなる。 

 

「賊の住処は襲ったが村はまだだ」


「それならいい」


 朱天のあっけらかんとした回答に古若は内心、安堵の息を吐いた。

 この回答次第で朱天の扱いを変えなければならなかったのだ。

 しかし、どうやら処分はせずに済むようだ。


「何だよ、俺らは山賊だぜ。村を襲うのが仕事じゃないか。それのどこが悪いんだ?」


 朱天は自らの命が奪われずに済んだことも知らずに眉間にしわを寄せた。


「いや、周宗が言いたいのはそう言うことではない」


「じゃあ何だ?」


「いいか、周宗の言葉をそのまま言うぞ。『もし村を襲って略奪を行う必要性が出来た場合、その時は必ず以下のことを心がけろ。まず、証拠を残すな。証人も残すな。襲う前に村の周囲は全て塞ぎ老人赤子にいたるまで残らず殺せ。女もさらおうとは思うな、その場で殺せ。一人もうち漏らすことがないように細心の注意をもって殺し、終わったら村中に火を掛けろ。全ての死体も残さず燃やせ。それが困難だと思う村は襲うな。これは将来に渡って重要になってくることなので決して軽んじるな』……だとよ」


「…………」


 朱天も虎淡もそれを聞いて押し黙った。殺すのはいい。燃やすのもいいが、徹底するとなると途端に困難になるのが世の常である。 

 しかし、それを察して古若が口を開く。


「これから村を襲うときは俺に言え。先に皆殺しにしてから物を持っていく方が確実だし早い」


 その視線は真摯で、虚勢もなにもない。

 朱天が頼めばすぐにでも実行してくれるだろう。


「……ああ」


 しかし、尻を他人に拭かせるようで朱天は不快だった。


「で、古若さん、俺達はこれからどうするんですか?」


 虎淡に言われて古若は再び現在地を指し示す。


「おまえ達には、これからさらに東に進んで貰って、ヨゼイという国に入って貰う」


 古若の指はまっすぐに東に進み、小国同士の緩衝地帯として設けられた無人地帯を通り、山脈地帯を越え、平地に入って止まった。


「ヨゼイ? そこに行って何をするんだ?」


「周宗の考えではそこを乗っ取って国を興すらしい」


 虎淡の問いに古若は周宗から預かってきた巻物を開いて答えた。

 これも帝国情報部謹製極秘資料であり、門外不出のお宝だ。


「ヨゼイの国はな、間に横たわる国々と連なる峰が邪魔してほとんど帝国の影響を受けていない」


 越えるのも困難な山脈を越えるのだ。

 平原同士の交流は乏しく、ほとんど異世界である。帝国からすれば近隣の国々さえ屈服させきれていない以上、興味や関心は薄いはずだ。

 そうしてこれがもっとも重要であるが、そんな遠すぎる国を攻めとったとして、帝国もおいそれとは手を出せないのである。

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