第33話 談話喫茶
と、先ほど出て行った侍女が戻って来て董螺司に耳打ちした。
董螺司は軽く頷いて席を立つ。
「茶の準備が出来たそうだ。行こう」
周宗の返事も待たずに董螺司は歩き出す。
しかたないので周宗も立ち上がって後を追うと、小さな部屋に通された。
そう広くない机の上には菓子や果物が載っており、きらびやかなのだが、周宗の目はそこに座っていた先客に釘付けにされた。
「し、深蘭様」
そこには皇帝の深蘭が座っており、饅頭と茶碗を片手で器用に掴んでいた。
饅頭をかじり、茶を飲む。そうしてまた饅頭をかじる。
茶碗の茶をこぼさないのにはコツがいるだろう。などと考えている場合ではない。
周宗は即座に最敬礼をする。
「早く座れ。私もヒマじゃない」
言い捨てて、深蘭は再び饅頭をかじった。
見ればすでに董螺司は席に着いており、茶碗の茶をすすっていた。
董螺司の横に空いた椅子があり、周宗は促されるままに腰を下ろす。
「ところで、四珠八玉と言うのを知っているか?」
深蘭は出し抜けに口を開いた。
既に饅頭は食べ終え、茶碗は空になって机におかれている。
「はあ、確か古にあって強大な勢力を誇った槻の国の宝ではなかったかと……」
伝説の国の伝説の宝物。
四つの不思議な力を持つ宝石と八人の美女で、槻の国が滅びたときに美女は各々霊山に登り、四つの石は各国に散っていったというおとぎ話である。
「さすがに知っておるな」
深蘭は嬉しそうに笑った。
屈託のない笑みは人好きのするものであったが、目の奥にある光が不気味だ。
「それの四つの方がな……」深蘭はにやりと笑う。
「四珠が?」
「揃ったんだよ。三つはすでに宝物庫にあったんだが、昨日辺境からの貢ぎ物で一つ届いてな、おそらく槻の国の崩壊から数百年ぶりの事だ」
深蘭の顔には年相応に少年らしいイタズラっぽい笑みが浮かんでいた。
「それは、おめでとうございます」
周宗は深々と頭を下げた。
宝玉の真贋などどうでもいい。皇帝が本物だと明言すれば本物になる。権力とはそういうものだ。
「何がめでたい?」
しかし、深蘭は突然不機嫌そうな口調になった。
「彼の国に照らしますればこれはまさにゼンキ帝国の更なる隆盛の予兆と……」
「心にもないことを言うな」
周宗が慌てて並べた口上は深蘭によりピシャリと止められる。
「俺がおまえに求めているのは中味のない賛美ではない」
その言葉に周宗は顔を上げ深蘭を見据えた。
「私の片腕だ」
明言しながらも、彼なりの冗談なのか欠損した腕を振って見せる。
「陛下には大勢の廷臣がおられるでしょう。私などとてもとても」
「以前にも言ったが、私は同年代の人材を求めている。大勢いる廷臣のほとんどは爺だし、若者は立場が低い」
そもそも廷臣への登用試験は難易度が高く、若くして受かる者が少ない。
その上、合格したらしたで、下積みが長いとは周宗も聞いていた。
「しかし、片腕と言ったって、すでに董螺司殿がいるではありませんか」
周宗がそういって見やると、董螺司は我関せずといった様子で茶をすすっていた。
「董螺司は確かに股肱の臣とでも言おうか、私がもっとも信頼する男だ。しかしな、悲しいかな爺は早くくたばる」
「儂はあと百年生きますぞ」
董螺司が茶碗から口を離して言った。
「おう、期待しているぞ。私の許可無く死ぬなよ。しかし、それはそれとして直属の人材が多く必要になれば、若者も揃えたい。爺に無茶をさせるワケにはいかんからな。だが、私の近侍となると出世でもあり、一足飛びに下の者を抜擢すればそれも波風が立つ」
そこで自分なのだ。気づいて周宗は眉をひそめた。
老臣の配下ではないから抜擢しても波風は立ちづらい。
更に言えば、どうしても不満がわけば斬り捨てても惜しくない人材。
使い潰しが可能で便利な人材。
それが自分なのだ。
「そんなワケで、お前には主替えをして私に使えて貰いたかったのだが、嫌だという。それなら慎綺を懐柔するしかないではないか。そうなればお前も私の手元に残るので結局一緒だ」
「それで緋玉様を」
「緋玉はお前と関係無く嫁がせるつもりではあったんだ。まあ、気に入ってくれたようで何よりだ」
「それで、我が主君の情と四珠の話しにどういう関係が?」
「それのな、一つを慎綺に贈ろうと思っている」
深蘭の突然の言葉に周宗は耳を疑った。
「し、しかしそれは……」
「無論、国宝だ」
「そんな物を慎綺様に贈られるおつもりですか?」
「そうだ、それでおまえを呼んだのだ。式典に出る準備もあるだろうからな」
あくまで平然と言い放つ深蘭に周宗の心は動揺した。宝を贈るという行為は単純に好意を表すものではない。力関係や、言外の要求がついて回る。
贈られる物が殊に国宝ともなればどれ程の意味をもってくるだろうか。
国事として贈与式も開かれるだろう。そうなれば慎綺は公衆の前で謝辞を述べねばならない。衆目の前で恩を着せられる形だ。そうなると、もはやこの国を出ていくことは叶わなくなる。
仮に出ていったのならばその後は厚顔無恥と罵られ、国興しに邪魔な風評が付いて回ることだろう。
「陛下、いかに陛下といえそのような大事を独断で決めるのはいかがなものかと……」
周宗としてはそれだけはなんとしても避けたかった。しかし。
「心配ない、関係する家臣達には話を通してある。極秘でな」
(やられた……)
いつも通り無表情を保っているが、周宗の内心は穏やかではなかった。
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