第7話 脅迫
「ここからが俺の出番だな」
朱天は靴に付着した漠蜂の体液を、床に擦りつけながら言った。
その口調は陽気で、鼻歌などを歌っている。
やがて、広間の騒ぎを聞きつけた山賊たちがバラバラと駆けつけてきた。
「何があったんですか!」
先頭を切って広間に飛び込んできた男が惨劇を目にして絶句した。
およそ二十数人分の死体の中、朱天と見慣れない連中だけが立っているのだ。
その後について広間に飛び込んできた十人ほどの山賊たちも眉をひそめて顔を見合わせている。
やがて、混乱した彼らの視線が漠蜂の死体に集まっていった。
「朱天の頭、アンタ首領を殺したのか?」
山賊たちの問いかけに、朱天は大袈裟に首を振って否定をする。
「馬鹿を言うな。なんで俺が首領を殺す必要があるんだ。叛乱だよ、叛乱」
朱天は上半身と下半身が別れてしまっている鎧武者二人の死体を指し示した。
「俺が来たときにはあの二人が首領を殺した後だったぜ。それからはもうぐちゃぐちゃの乱闘だ。守衛隊の中にも叛乱側についたヤツが半分くらいいて、皆で武器持って殺しあいさ。俺もはじめは面食らったが、首領の仇を取らなきゃと思ってな、必死でアイツらをぶった切ったよ」
わざとらしく汗など拭きながらあからさまな嘘を述べる朱天に山賊たちは絶句した。
先ほどの対応を見れば、漠蜂と朱天の関係が良好でないのは皆知っていただろうから
誰も信じないだろう。
周宗はそっと動き、弦慈の後ろに立った。
いざという時は弦慈に合図を送って暴れさせなければならない。
しかし、朱天は猜疑の視線も気にする風ではなく、大きく手を二回叩いた。
「さあ、そこで問題だ。敬愛する首領は死んだ。空いた席は誰かが埋めねばならんだろう。ちなみに、これは参考だが、仇を討ったのは俺だ。そうなると、次の首領は誰になるかな」
朱天の目は真っ先に駆け込んできた男の顔に向けられた。
男は慌てた様に左右を見たものの、誰もが目線を逸らす。
「ほら、遠慮せずに言ってみろ。誰にその権利があって、誰が適任だ?」
朱天はその男にゆっくりと歩み寄り、肩に手を置く。
男がびくりと身を固め、顔をのぞき込む朱天から視線を避け、俯いた。
「お、こいつはおかしいな。誰もが知る山塞の掟を知らねえヤツがいるのか。ひょっとして、お前は間者じゃねえのか?」
肩に置かれた手に力が込められ、男の肩がミシミシと軋む。
「しゅ、朱天の頭です! アンタが、次の首領にふさわしいと思います!」
苦痛に顔を歪めて叫んだ男の肩を、朱天はそうっと手放した。
そのまま手は空中を漂い、横に立っている山賊の首筋を撫でる。
「おまえはどう思う?」
「朱天の頭が首領を継ぐべきです」
怯えた様に身を強張らせて、男も答えた。
「ほう、そうか。そりゃ困ったな。俺は首領なんて柄じゃないんだが、それがこの山の掟だしな。他に、適任者はいないのか?」
朱天の視線を受け、山賊たちが押し黙る。
「遠慮するなよ。お前ら、漠蜂殿の子飼いだろ。俺はお前らのこともよく知らないんだ。心配しなくても俺や、俺の部下にに冷や飯食わしたことなんて気にしてもいねえ。意趣返しなんてしやしないからよ、俺よりふさわしい後継者を提案してみろよ」
そいつごと殺してやるから。
言外に物騒な言葉が後ろに着いている。
周宗はその様を見ながら、密かに感心していた。
なるほど、武威とはこの様に使うのだ。
やがて、虎に鼻先を突きつけられるような緊張に耐えられなくなった一人が折れた。
「朱天の頭、首領になってください!」
死んだ漠蜂に忠義立てしたところで今更、なんの利点もないことに気づいたのだろう。
すると連鎖的に他のものも叫びはじめる。
「俺も朱天の頭がふさわしいと思います!」
「……俺も賛成だ! 俺は漠蜂なんかより隊長の方が向いていると思っていた」
「俺もだ! 漠蜂みたいな野郎にはうんざりだ!」
それらの声に混ざって「朱天首領万歳!」の声まであがりはじめた。
山賊たちは目の前の脅威から逃れるため、我先に朱天を称え、手を掲げる。
後から後から駆けつけて来る山賊たちも、ワケがわからないまま他の山賊に習って朱天万歳の声を挙げた。
朱天は頷くと、手を挙げて山賊たちに応えた。
そうして、無数の死体の上で朱天新首領就任が決定し、晴れて慎綺一行は客人として鳴坤堂に匿われることが決まったのだった。
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