4.のろいのことば





「お父様やお母様、みんなが私の心配をしてくれているのは分かっています。ですが、もっと先のことを見てください」



 私の突然の反抗に、お父様も執事じいやも目をぎょっと見張って黙りこんだ。現状を変えるため、畳みかけるなら今しかない。



「お姉様が第二王子と結婚した場合、私はパールグレイの血と名を残すために婿をとる必要があります。そしてお姉様が第二王子と結婚しなかった場合、それはお姉様の役目となり、私はよその家へお嫁にいかなければなりません。そうですよね?」


「……あ、ああ」


「私ぐらいの年の子はみんな社交場に出て、貴族の娘の務めを果たしていると聞きました。お姉様も、六つの頃にはそうだったはずです。爵位を継げる男でもなく、ましてや次女である私こそ、しっかりとした足場を作るために社交場に出るべきだと私は思います。子どものうちはこのままでもいいかもしれない、でもこの先で絶対に――」


「待て。待ちなさい、ミシェル」



 驚いている隙に丸め込んで頷かせようと思ったのに……。あと少しというところでお父様は我に返り、片手を上げて私の言葉を制した。



「今の話は、誰に吹き込まれた?」


「えっ……?」



 お父様は眉間にしわを寄せ、疑うような目で私を見た。視線がぶつかっても、今度は目眩がしない。

 というか、吹き込まれたって何? まるで私が誰かから聞かされた言葉をそのまま吐き出しているような言い方だ。

 確かに今までの私はぽやっとしていて、周りの言葉が正しいのだと思って疑わずに生きてきた。でもこの、私には意思がない人形かなにかと思っている態度は、腹が立ってしかたがない。



「……お父様は、いつどこで誰が何を私に吹き込んだとお思いなのですか?私が外へ出たいと言い出さないよう、必要以上に情報を与えず、人とも会わせず、侍女も一人しか付けずに育てた張本人は、どの様にお考えなのですか?」


「ミシェル……?」


「ええ、そうです。私はミシェル。あなたの娘、パールグレイ家の人間です。私にだって意思があります。何が正しくて、何が正しくないか、考えることができます。いつまでも私が、あなたのお人形でいるとは思わないでください」



 もともと王都で過ごすことが多くて滅多に会わないお父様のことは苦手だったけど、根本的に私は、この人と反りがあわないようだ。

 どうせこの人は、何を言っても聞き入れてはくれないだろう。だったら真っ向から外に出してとお願いするのは止めよう。出してくれないなら、自分から勝手に出てやる。

 キッと睨み付けると、お父様はかすかにたじろぐ。私の豹変は、奇襲となって成功したらしい。

 とはいえど、相手は国の頭脳と呼ばれる国王の最側近だ。このまま会話を続けたら、この世界や貴族社会のルールを知らない私は絶対に負けてしまう。さっきのように我に返られてしまう前に、部屋を出てもらって、形勢を整えよう。



「じいや、ニナを呼んで」


「ですが……」


「私は三日も眠っていたの。なにか食べたいし、汗も流したい。そういうわけですのでお父様、お話の続きはまた後でにしていただけますか?」



 答えを聞かずにベットを下りて、扉を開けて「どうぞお引き取りを」と言う。するとお父様は一瞬何かを考える仕草をすると、じいやと顔を見合わせてから立ち上がった。

 部屋を出る間際に私の頭を撫でようと手を伸ばしてきたけれど、さっとかわして力いっぱい扉を閉めてやった。

 どうせ反抗期をするなら、徹底的に反抗してやる。


 繰り返しになるけれど、私はもともとお父様のことが苦手だ。

 私の身体が弱いのも事実だし、なんとも思っていないなら庭を駆け回って死のうが構わないだろう。けれどお父様はそれを禁じて、屋敷のなかで不自由なく生活できるように色々と買い与えてくれるし、少しでも自然を感じられるように屋敷から一歩も出ないで行ける私専用の温室を造ってくれた。書庫で踏み台から落ちた時だって青ざめた顔で危険なことはするなと叱られた。


 この事実を表面的に見れば、私は箱庭の中でたいそう大事にされているのだろう。でも蓋を開けてみると、入っているのは綺麗なものばかりではないのだ。


 思い出せる限りで、一番古い記憶。三年ぐらい前のことだったと思う。

 その夜、私は高熱を出して寝込んでいた。冷たくて大きな手が額に触れてきて、意識は朦朧としていたけれどお父様の手だとすぐに分かった。目を開けようと思った。お父様、と呼ぼうと思った。

 しかしそれよりも早く聞こえてきた言葉に、身動きが取れなくなった。



「……なぜ……身体は弱くとも、男であれば良かったのに」



 きっとお父様は、私が眠っていると思い油断して呟いたのだろう。でも私は起きていたし、ぽやっとした温室育ちであろうと貴族の娘だ。言葉の意味を理解できないほど、無知ではなかった。


 よほどの事情がない限り、家督を継ぐのは男。だからお父様は第一子が女だったから、第二子は跡継ぎの男を願っていたのだろう。しかし生まれたのはまた女で、おまけに病弱だった。

 貴族の娘は、家の繁栄のために親が決めた相手と結婚するのが一般的だが、次女で病弱となれば嫁の貰い手も見つけるのは難しい。そもそも子どもが産めるかも、産める年齢まで生きるかも疑問だったのだろう。


 第二子で、女で、病弱で、魔法も使えない。完全な役立たずだ。


 父親としてそれなりに大事にする一方で、公爵家の当主として利用価値の薄い私は目の上のたんこぶみたいなものだったのだと思う。面と向かって邪魔物扱いされたことはないけれど、ずっと前からそういう空気は感じ取っていた。

 だからたまに王都から帰ってきても私はあまりお父様には近づかなかったが、その言葉を聞いて以来、私のなかにはお父様に対してはっきりと苦手意識が生まれた。すると自然と、お父様も必要以上に私に声をかけてくることはなくなった。


 嫌いではないけれど、好きだと即答することもできない。

 複雑で、微妙な距離が、私とお父様の間にある。



「――……さま、ミシェルお嬢様?」



 名前を呼ばれて、はっとする。

 お風呂に入って汗を流した私の髪を整えてくれているニナと、鏡越しに目があった。不安そうな顔だ。大丈夫だよと微笑んでみせたけれど、あまり上手には笑えなかった。



「心配かけてごめんね。具合はもう大丈夫だから」


「あまり、大丈夫には見えませんが……」


「分からないことばっかりで、ちょっと考え事をしていただけ。何とかしたいのに、何をすればいいか分からないの」



 本当に、分からないことばかりだ。

 お姉様が本当に悪役令嬢になるのか。どうすれば、それを阻止できるか。それも気にはなるけれど、今一番考えるべきなのは私自身の現状だ。


 乙女ゲームでのミシェルは、悪役令嬢の取り巻きで小悪党。シナリオには大きく関わらないモブだったから、私は、主人公や攻略対象たちのことよりも私自身のことが分からない。

 分かっているのは、十五歳の頃には寄宿学校で生活できるようになっているということだけ。でも今の生活を考えると、たった五年で親元を離れて寮生活なんて許可されるわけがない。

 そもそも、私は魔法の才能はゼロのようなので、わざわざ魔法学院に入学する必要がない。病弱設定を抜きにしても、勉強は家庭教師で十分だ。

 それなのになぜ、ゲームにミシェルは登場したのだろう。五年の間に、魔法学院に入学できるようになる何かがあったのだろうか。

 いくら考えても、答えは見つからない。情報が少なすぎる。



「ねえニナ、この家にとって、私ってなんだと思う?」



 なんとなく思ったことを口に出したが、どうやらこの質問はよくなかったらしい。鏡に写るニナの顔がさあっと青ざめた。

 ニナは私の専属といっても、あくまでも雇用主は家長であるお父様だ。仮に私の引きこもり生活に何かを思っていても、雇用主に文句をいうようなことは言えないだろう。



「お嬢様」


「ううん。無理して言わなくていいよ。ごめんね、変なこと聞いて。忘れていたちょうだい」


「ミシェル様。私はパールグレイ家の使用人ではありますが、私の主人はあなたです。私は、私の主人が心身ともに健康で、常に笑顔でいらっしゃることが望みです」



 どっち付かずの、使用人として完璧な答え。そう思ったけれど、鏡に写ったニナを見た瞬間に違うと分かった。

 大人が子どもに言い聞かせる顔でも、部下が上司の機嫌を伺う顔でもなく、将来の夢を語る子どものような嘘偽りのないまっさらな笑みだったのだ。



「……ありがとう、ニナ。私の唯一の侍女が、あなたのような人で本当に良かった」



 私には味方がいる。その事実に、ずっと感じていて息苦しさが少しだけ楽になった。

 そうなると、自然と頭も冴えてきて、これから自分がどう行動すればいいのかが分かってくる。


 前世の記憶、お姉様の婚約、異常なまでの過保護。いっぺんに色々なことが起こって、それを同時に何とかしないとと思うから訳が分からなくなって身動きが取れなくなってしまうんだ。

 一つずつ、着実に。積み木を組み上げるように。今の力で解決できるものから、解決させていけばいい。

 まずは、外へ出る。自由に行動できるようにならなければ、その先のことはなにもできない。



「よし!」



 パンッと両手で頬を叩けば、いつもは青白いそこにほんのりと赤みがさした。

 すると扉がノックされ、ニナが開けてくれた先にはじいやが立っていた。まるで見ていたようなタイミングだ。



「失礼いたします。旦那様がお呼びです」



 わざわざ全使用人の頂点である執事のじいやに呼びにこさせたということは、拒否権なんて最初からない。でも私が話の続きは後でと言ったのだから、逃げるつもりはないのだ。

 ニナには部屋の片付けをお願いして、じいやに先導されて執務室まで向かう。歩調は私に合わせ、とてもゆっくりだった。



「じいや、一つだけお願いがあるんだけどいい?」


「何でございましょうか?」


「お父様とは二人きりでお話しがしたいから、じいやは部屋の外に出ていてほしいの」



 言った瞬間に広がる沈黙。黙って燕尾服を着た黒い背中を眺めていると、「かしこまりました」と返事が聞こえた。

 なんだか、微妙に空気が重い気がする。こんなんだったらニナに一緒に来てもらえばよかった。

 ふう、とため息をつく頃には執務室に到着してしまい、数時間……いや、三日と数時間振りに訪れてみると扉は固く閉ざされていた。



「お父様。ミシェルです」



 生まれてはじめて、執務室の扉をノックする。すると中から「入りなさい」と低い声が聞こえた。

 もう一度こっそり深呼吸をしてから、ノブに手をかけた。

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