1.こんな転生あんまりだ





 少し重いスライドドアを開けて、満面の笑みの人物に持ってきた物を渡す。

 白が貴重な部屋は清潔感があると言えば聞こえは良いけど、整いすぎていて居心地が悪いと感じてしまう。



「はいコレ、頼まれてた着替えと消耗品。あと漫画ね」


「ヨッ、待ってました!」


「あんまり大きな声出さないの。また看護師さんに怒られるよ」


「うわ~その言い方、お母さんそっくりだよ。あっ、そうだ!貸したゲーム、ちゃんとやってくれた?」


「やったやった、全キャラ全ルート完全制覇。あんたの推しがオレンジ色のわけ分かったよ。ほんと好きだよね、ああいうタイプ」


「違う~違うのぉ~。いつもたまたま沼ったキャラが薄暗い過去持ちなだけなのぉ。それで?お姉ちゃんは誰か気に入ったキャラいた?」


「推しになるぐらいのキャラはいなかったなー。元々私、乙女ゲームってあんまりやらないし」


「あー、そう言うと思った。そんなお姉ちゃんにはアルシエⅡをオススメします!アルシエⅠで誰とも付き合わなかったっていう設定の続編なんだけど、Ⅰより攻略できるキャラが増えるの。その追加キャラの第一王子が、お姉ちゃんの好みだと思うんだ」


「えっ、まって。アルシエってそんなにいろいろ出てるの?」


「出てるよぉ。無印って呼ばれてるただの『アルカンシエルの祈り』が本編で、攻略キャラと恋人って設定のファンディスク。それから攻略キャラが増える続編と、その続編のファンディスク。完全制覇はまだまだ先だよ、お姉ちゃん!」


「……お姉ちゃん、アクションゲームとRPGが専門なんだけどなぁー……」


「まあまあ、モンスター狩ったり一騎当千するのに疲れたら、息抜きにやってみてよ。私の部屋の、ゲーム置いてある棚にあるからさ!ね?」


「はいはい、分かったよ。……ああ、もう面会時間終わりか。もうちょっと早く来れればいいんだけど、ゴメン、もう帰るよ」


「うん、わざわざ来てくれてありがとう。今日もバスで来たんだよね、気を付けて帰って」


「明後日はお父さんとお母さん来るから、見られて困る物隠しときな。私も……たぶん来週末に来るから。お土産にあのクマのクッキーでも買ってくるよ」


「デパ地下のケーキ屋さんの?!絶対だよ?忘れないでよ?私、待ってるからね」



 そんないつもと変わらない会話から一時間もたたない内に、“私”の人生は終わってしまった。





 ふと目を開けて、自分が豪奢な天蓋付きベッドに寝かされているのが分かると、夢であってくれと願った今が現実なのだと理解できた。

 どうやら私は一度死に、ミシェル・マリー・パールグレイという名の少女に生まれ変わっていたらしい。それを突然自覚して、前世の記憶が一気に流れ込んできた混乱と衝撃、そして今世の将来を知ってしまったショックで倒れ、さらに高熱で寝込んでいたわけだ。



「なんてこった……」



 寝込むこと三日。ようやく熱もひいて、記憶の混濁による吐き気もなくなったのはいいけれど、思わず呟く声は十歳の女の子らしい可愛い声だった。


 この際だから転生というぶっ飛んだ事態は受け入れよう。でもこんな転生先はあんまりだ。


 思い出した前世の記憶が確かなら、この世界は“私”が妹にオススメされた乙女ゲームの世界。

 異世界転生してしまっただけなら「死んでしまったのなら仕方ない。今度こそ天寿をまっとうしてやるぞー!」と鼻息荒き決意していただろう。しかしいざ転生を自覚してみると、悪役令嬢の妹ポジションで、その五年後の将来はロリコンとの政略結婚か、家が没落して路頭に迷うかの二択。悪役サイドとは言えど、モブキャラの扱いが酷すぎる。

 何度考えても、こんな転生先あんまりだ。


 こういう場合って、普通は破滅する運命の悪役令嬢に転生して、破滅を回避するために孤軍奮闘するものでは?

 どうしてその妹に転生しているんだ。これでは私がいくら運命を変える行動をしても、結局は悪役令嬢である姉――ソフィアお姉様の行動次第になってしまう。


 ソフィアとして生まれても、主人公に嫌がらせをせず、攻略対象の青年達との交流を避ければいいのだ。他にも攻略対象の一人であるこの国の王子の婚約者の座を回避したり、物語の舞台である寄宿学校に入学しなかったり、いくらでも生き延びる方法はあった。

 でも私はソフィアではなく、ミシェル。悪役令嬢の取り巻きとして、時おり登場しては主人公に嫌みを言ったり、根も葉もない噂を流したりする小悪党モブ。それが私だ。



「はあ~、よりによってミシェルか……」



 ため息をつきながら大きなベッドから出て、十歳の少女の部屋にあるにしてはずいぶんと立派な鏡台の前に座ってみる。

 そして鏡に映る自分の顔、ミシェル・マリー・パールグレイの現状を見て、もう一度ため息をついた。


 前世でゲームのプレイヤーとして体験した世界で、十五歳のミシェルの顔はスチルとして何度か見ている。その全てはメインキャラクターである悪役令嬢ソフィアの後ろにいる、取り巻きキャラに相応しい背景の一部としてだが、モブ代表として台詞もあって顔もきちんと描かれていた。


 悪役令嬢ソフィアは、冷たく鋭い印象の青い瞳に、近寄りがたさを覚える銀糸のようなプラチナブロンドのロングストレート。

 そんなメインキャラクターとの差別化なのか、妹のミシェルは瞳の色を緑、プラチナブロンドというのは同じだが緩いウエーブがかかっていた。そして肝心の顔立ちだが、特徴のない……言ってしまえばモブらしい可もなく不可もなしな顔をしていたはずだ。


 それが今、鏡に写っている子どもは青白くて、子ども特有の愛らしい丸みなど全くない。長いまつげというのはとてもポイントが高いが、そのまつげの影が頬にさして悲壮感が漂う。おまけに艶のない髪は、緩いウエーブなんてものじゃなくてクシャクシャのくせ毛なだけ。不幸、不健康、不気味の三拍子がぴったり似合うお子様がそこにいた。

 ――――いや、似合うという表現は正しくないか。事実、私は生まれながらに病弱で、外に出てはいけないと言いつけられたひきこもり令嬢なのである。



「モブにこんな変な設定つけないで……」



 制作スタッフよ、なぜ物語を都合よく動かすためのモブに裏設定などつけた。そこは無難に、家の権力にものを言わせてわがまま放題の高慢ちきな令嬢で良かったじゃあないか。

 ため息をついたところで、健康的な美少女になれるわけでも、転生なんてあるわけないだろバーカ的な夢落ちになるわけでもない。

 ここはオタクらしく、歴代の異世界転生した日本人たちにならってポジティブになろう。そして、運命を変えよう。



「こういう系のラノベ主人公って、最初に何してたっけ……」



 えーっと……ああ、情報集めて脳内作戦会議ってやつか!


 乙女ゲームは、主人公の相手の役が何人もいる。誰を攻略するか、どのルートに進むかで、シナリオは変わるし登場人物の行動も変わる。そういった予備知識を思い出して、今後のためにノートに書き込む作業は鉄板だ。

 それに落ち着いて思い出してみれば、案外悪役サイドの破滅を免れるルートがあるかもしれない。ポジティブ、ポジティブになるんだ私!

 私は意気揚々と鏡台から窓辺のテーブルに移動して、家庭教師との授業用の紙に覚えている情報を書き出した。


 世界観は中世ヨーロッパ風。舞台は魔力の扱い方や魔法について学ぶ寄宿学校、通称『王立魔法学院』。

 主人公は孤児院育ちだが、魔力を発現させたことで老伯爵の養女となり、貴族の身分を得て学院へ途中入学してくる。

 そして重要な攻略対象キャラクター。ゲームタイトルのアルカンシエルにかかり七人もいる。彼らの名前や性格、一人につき三つあるルート、隠しルートのハーレムルートの計二十二あるシナリオについて思い出せる限り書き終えた。

 瞬間、握っていたペンを床に叩きつけた。



「ふっざけんなスタッフ!!!!やっぱり悪役サイド救済ルートが一つもないじゃないか!!!!クソゲーが!!ゲホッ、ゲホッ」



 感情むき出しで叫ぶと、ひゅっと喉が鳴ってむせてしまった。病弱少女の喉というのは、“私”が思っていたよりもか弱かったらしい。

 よく考えれば、ミシェルは大声なんて出したこと一度もなかった。

 でも今は喉より、私の将来について心配するべきだ。

 七人いる攻略対象のどのルートを選んでも、悪役令嬢は嫌がらせをして破滅。公爵家は大損害か没落。私はロリコンと結婚。

 最初に思い出した通りで、逃げ場がない。もうダメだ。



「せめて、お姉様が王子と婚約する前だったら良かったのに……」



 私が前世を思い出したのは、ソフィアお姉様が婚約すると知らされた瞬間だ。

 婚約者の名前は、エリック・アルベール・レッドフォード。このグルナ王国の第二王子で、歳はお姉様と同じ十一歳。――――そして、攻略対象の一人。


 乙女ゲームでも、ソフィアとエリックは婚約していた。

 だがそれは二人が揃って望んだことではなく、ソフィアがエリックに片想いし、王の側近である父親のコネを使って猛アプローチ。それを見た王家が、公爵令嬢であれば王子の婚約者に相応しいと判断して、エリックの意思を無視して婚約を成立させた。

 ソフィアにとっては、初恋の王子様との恋が実った幸せな婚約。

 エリックにとっては、親の権力を使って近づいてきた令嬢との愛のない政略的な婚約。

 ちぐはぐなその婚約をぶっ壊して、主人公と心から愛し合うのがエリックルートの醍醐味だけど、ぶっ壊される側としてはたまったもんじゃあない。

 婚約を奪われる。それも孤児院育ちで平民だった子に奪われるなんて、公爵令嬢のプライドが許さないだろう。怒り狂って当然だとソフィアに同情してしまうのは、私が妹のミシェルだからだろうか。


 思考を戻そう。問題は、どうやってロリコンとの結婚を回避するかだ。


 ロリコンとの結婚は、ハッピーエンドとノーマルエンドで発生する、ソフィアが主人公に嫌がらせしたしっぺ返しでの巻き添えだ。だから回避するための策は二つある。

 一つ目はゲームで言うところの、バッドエンドを目指すこと。

 でも、バッドエンドなら確かにロリコンは回避できるけれど、公爵家は没落、お姉様は殺されるか投獄される。

 私は元が一般庶民だから市井で暮らすことには抵抗はない。むしろ社交界よりうまくやっていける自信があるが、根っからの貴族である両親には無理だろうし、そんな両親を支えて生きていく自信はない。なにより実の姉が悲惨なめに合うのは耐えられない。…………となると、もう一つの策に人生を賭けるしかない。


 お姉様が主人公に嫌がらせをするのを阻止する。悪役令嬢化の阻止し、根本的にゲームのシナリオを変える策。



「んー……悪役令嬢、悪役令嬢かぁ……」



 床に転がったペンを拾って、悪役令嬢ソフィアの性格や各ルートでの行動を覚えている限り書き出す。そして私は、首をひねった。



「私の知ってるソフィアお姉様と、別人なんだよなぁ……」



 ゲームのソフィア……主人公の視点で見たソフィアは、美人だけど傲慢で狡猾で嫉妬深くて、使う魔法は『氷』という悪役令嬢のテンプレみたいな人だった。私の記憶にあるソフィアお姉様との共通点は、容姿と魔法だけで、性格はまるで正反対だ。

 でもそれは、もしかしたら妹の贔屓目で見た印象かもしれない。今の私の目で見れば、悪役令嬢の片鱗を見つけられるかもしれない。

 そうとなればまずは情報収集。どんな戦いでも、敵を知らなくて作戦もたてられない。

 ありがとう、異世界転生したラノベ主人公たち。あなたたちの物語を読んできたお陰で、自分が何をすればいいのか分かるよ。

 私は覚悟を決め、書き込んだ紙を引き出しの中に隠してから、備えつきの呼び鈴を鳴らして使用人に目覚めたことを報せた。



 こうして悪役令嬢の妹となった私の、運命を変える戦いは始まった。

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