30.生まれ持った色



 いよいよ今日、乗馬の稽古が始まる。

 この日のために用意した真新しい乗馬服と編み上げブーツ。好き勝手にうねる天然パーマの長い髪は、邪魔にならないようにまとめられている。

 姿見に写った自分の姿を見て、私は気合いを入れるためにパチパチと頬を叩いた。



「ヨッシャ!剣術は体力がついてからってことになってるから、まずは乗馬で体力アップ!」



 私が乗馬と剣術の稽古をやりたいと言い出した理由は、表向きは『お姉様がエリック王子と結婚して別々で暮らすようになっても、気軽に会えるようになりたいから。乗馬は体力アップ、剣術は護身のため』ということになっている。

 しかし本当は、これの五年後の未来に備えてのこと。万が一にもお姉様が悪役令嬢となり主人公に嫌がらせをしそうになったら、力づくで止められるようになるためだ。


 魔法ファンタジーの世界らしく魔法で止められればいいけど、相変わらず私の手からは手汗しか出ない。

 魔法がダメなら、物理を強化するしかあるまい。


 それにエリック王子は、私より優秀になれたらお姉様に婚約を申し込むつもりらしい。

 攻略対象がモブキャラと張り合うとか意味不明すぎるけど、そっちがその気なら、私もそう簡単にお姉様を渡すわけにはいかないので全力でレベルアップを目指す。



「お嬢様、大旦那様がいらっしゃいましたよ」



 扉がノックされ返事をすれば、ばあやが入ってきてそう教えてくれた。

 私の乗馬と剣術の稽古は、母方の祖父にしてこの国最強と評される現役武人のエバーグリーン侯爵が教えてくれることになっている。なんでも、下手な教師を雇ってミシェルに怪我をさせるわけにはいかないと周囲の大人の満場一致で決まったらしい。相変わらず私に過保護だ。



「はあい。いま行く」



 出窓に置いたクッションがすっかり定位置になった毛玉を手招きで呼び寄せ、ばあやと共にお祖父様の待つ玄関ホールへ向かった。



「お祖父様!」



 駆け寄ると、お祖父様は流れるように私を抱き上げる。



「まさかミシェルに乗馬を教える日が来るとは思わなんだなぁ!体調は大丈夫か?」


「はい、ばっちりです!」



 片腕をぐるぐると回して絶好調をアピールする。するとお祖父様は大きく頷いて、私を抱えられたまま玄関を出た。


 よく晴れた秋の空。春頃までは窓ガラス越しに見ていた空は、今では当たり前のように直接見上げることができるようになった。十年間ひきこもりをしていた私にとって、これは大きな変化だ。

 でも今日からは乗馬を始めて、脱もやしっ子を目指すのだ。

 運命を変えるために頑張るぞー!



「あ、来たよ」


「ミシェル!」



 お祖父様に運ばれて到着したのは敷地内にある厩舎。

 庭を散歩できるようになっても二、三回ほど近くを通りかかったことしかなかったそこには、なぜかソフィアお姉様と従兄のジャンお兄様がいた。



「お祖父様、どうしてお姉様達が?」


「ミシェルに手本を見せると言って聞かなくてなぁ」


「やっぱり……」



 そんなことだろうと思ったよ。

 だって二人共、私は同じ様な動き易いラフな格好をしているのだから。

 少し前までは私を挟んで絶対零度のブリザードを発生させていた二人が、私に手本を見せるという共通の目的で一緒にいる。人間関係変わりすぎだ。



「お姉様はともかく、お兄様って毎回事前の連絡なくうちに来ますよね」


「驚いた?」


「もうその域は脱して呆れています」



 地面に降ろしてもらいながらそう言えば、お兄様は愉快そうに笑う。

 こうやって私達が喋っていても、お姉様は私の横にぴったりくっついているだけで、怒りの冷気を発さないので目覚ましい進歩だ。この関係が五年後にも続けばいいな。

 そんなことを考えていると、お祖父様が「さて」と口を開いた。



「まずはミシェルに合う馬を見つけんとな」



 お祖父様は馬丁を呼び寄せると、なにやら相談しながら厩舎に入っていく。私はお姉様に手を引かれながらその後を追った。

 前世も込みで厩舎という場所に入るのはこれが生まれて初めてで、物珍しさにキョロキョロと全体を見回す。

 他の家の厩舎がどうかは分からないけれど、動物の飼育場所と考えると清潔さもあるし、建物にも傷みはない。たくさんいる馬には個室が与えられているという厚遇っぷりだった。

 その時ふと、一頭の馬と目があった。

 今日の秋晴れの空を下を走ったらさぞかし絵になるだろう、真っ白い馬。耳をピンと立て、長いまつ毛に縁取られた青い目でじっと私を見ていた。



「ミシェル?どうしたの?」


「……あの子がいい」


「え?」


「お祖父様。私、乗るならあの子がいいです」



 馬丁と話していたお祖父様にそう言うなり、私はお姉様のそばを離れる。いつも通りしっかりと繋がれていたはずの手は、不思議と簡単に解けた。

 私を見ている白馬に歩み寄って、手を伸ばす。



「お嬢様、その馬は!」



 中年の馬丁が叫ぶように言うのと、馬の鼻先がぬっと近づいてくるのは同時だった。



「あっ、人懐っこーい」



 馬は大きな鼻で私の手の匂いを嗅ぐと、そのままぺたりと鼻先を押し付けてきた。

 この感じは、今も私の肩に乗っている毛玉と初めて会った時と似ている。それがなんだか懐かしくて、私はつい笑ってしまいながらも、もう一方の手も伸ばして馬の真っ白い鼻筋を撫でた。

 するとどうやら馬にも魔法生物である毛玉が見えているらしく、私の肩に鼻先を近づけ、興味深そうに毛玉の匂いを嗅いでいる。



「うん。やっぱり初めて一人で乗るのは君がいい。私、この子にします」



 私は馬に手を添えながら、振り返った。するとお姉様もお兄様も、お祖父様と馬丁ですらも目を見開いてぽかんとしていたではないか。



「白馬……白馬かぁ……」


「ダメですか?」


「いや、悪いことはないんだがなぁ……」



 お祖父様は豪快な性格のはずなのに、なにやら気まずそうに頬をかく。

 あれ?もしかしてこの子は選ぶのは良くないことだったかな。こんなに懐っこくて優しそうな子なら、初心者の練習にも付き合ってくれると思っていたのに。

 馬に視線を戻して、また鼻筋を撫でる。毛玉にいたってはいつのまにか馬の頭の上、耳の間をベストポジションと決めたらしく居座っている。

 毛玉も気に入ったようだし、私もこの子がいい。でもさっき馬丁もなにか言いかけていたし、他の子じゃあないといけないかな?



「あのお嬢様、その馬に会うのは初めて……ですよね?」


「うん」



 困惑気味な馬丁に、当たり前でしょうと頷く。



「実はですね、その馬はここにくる前に調教はされているんですが、とんでもなく気が強くて。わたしら馬丁は、世話で近づくたびに噛まれそうになっていたんですけど……」


「え?普通に触れるじゃない」


「いや、本当なんですって、縁起物の白馬じゃなかったら誰も近づこうとしない暴れ馬なんですよ、そいつは」


「縁起物?」



 白馬が縁起物ってどういうことだろう。

 馬丁が当たり前のように言った言葉の意味が分からず首を傾げると、今度はお姉様とお兄様が揃って首を傾げた。



「ミシェル、昔お祖父様が教えてくれたでしょう?」


「ソンブル大戦の英雄の話だよ。それを覚えていたから、白馬を選んだんじゃないのかい?」


「ソンブル大戦は歴史学の先生に教わったけど……英雄の話って何ですか?」



 まだこの国がグルナと名乗る前、この大陸では大きな戦争があった。

 大陸図でいうと最も西にあり、気候に恵まれ大きな災害もなく穏やかに繁栄するこの国の土地を狙い、東にある大国が戦争を仕掛けてきたことが全ての始まりだ。

 それは次第に大規模化。西は北の大国と手を組み、東は周辺の小国を侵略し手駒を増やし、最終的に少し離れた位置にある南の大国が仲裁に入ったことでどうにか休戦協定が結ばれた。

 それが今からだいたい百五十年ぐらい前のことで、『ソンブル大戦』と呼ばれている。


 しかしあくまでも休戦であって、終戦ではない。


 大戦後も協定を無視した東の国が、西に攻め込もうとしてきて小規模の衝突が繰り返されている。一番最後の武力衝突は約三十年ほど前であり、その時にお祖父様が大きな武功をあげたことで、お祖父様は今の騎士と軍を束ねる武人のトップに立った。

 その三十年前のお祖父様の話なら知っているけど、大戦時代の英雄とやらの話に覚えはない。



「その英雄というのが、この子になんの関係があるんですか?」



 訳がわからず問うと、お姉様とお兄様は顔を見合わせた。

 それを見て、気がついた。これはもしかして、私が三年以上前のことを何も覚えていないせいなんじゃあないだろうか……。



「あの……」


「なんだミシェル、やっぱり忘れていたか。しかしまあ、ジャンとソフィアとは違って、ミシェルには寝物語として一度聞かせた程度のことだったからな。覚えていなくても仕方があるまい」



 私の言葉は、お祖父様に遮られた。



「大戦の際に、戦火の中、大陸中を奔走し休戦協定へと導いた男がいてな。その男は協定が結ばれた後は、自分がもっと早くを行動していれば被害は少なかったはずだと嘆き、戦火に飲まれ荒れてしまった土地の民を支援し、国の復興の主軸となった。貴族も平民も、男の存在が心の支えとなっていた。そしてその男の愛馬が美しい白毛でな、それで大戦以降はこの国で『白馬は幸運を運んでくる』と言われているわけだ」


「幸運を運ぶ……」



 今、幸運を運ぶという白馬の頭の上には、同じく幸運を運ぶという白い毛玉の魔法生物が乗っている。

 私にしか見えていないその組み合わせは、幸運の押し売り業者のようだった。



「もともと白毛の馬は珍しいからな。所有しているのは貴族のステータスみたいなもんだ」


「旦那様も、公爵家に幸運が運ばれてくるよう験担ぎで購入したと仰っておりました」


「……ステータスだの験担ぎだので命を買うなんてサイテー」



 どこか誇らしげに言うお祖父様と馬丁に、虫酸が走った。

 ぼそっと呟けば二人の耳にも入ったらしく、うぐっとうめき声のようなものが聞こえる。



「そんな理由で自分を売り買いされたら、怒って噛み付こうとして当然です。君だって、好きでその色を持って生まれてきたわけじゃあないもんね」



 人の都合で振り回してごめんねという気持ちを込めて白い頬の辺りを撫でる。すると馬は目を細め、同意でもするように尻尾を大きく動かした。



「きっとこれは何かの縁です。周りには噛み付く暴れ馬でも、私はこの子に乗れるようになりたいです」



 この厩舎には、他にもたくさん馬がいる。でも私と目があったのはこの子だけで、目があった瞬間にこの子だと強く感じた。

 一目惚れとは少し違うけど、きっとお互いに通じるものがあったような気がする。その繋がりを私は大事にしたい。

 そうは言っても、私に乗馬を教えてくれるのはお祖父様で、普段この子の世話をしてくれるのは馬丁のみんなだ。一応確認として「いいですよね?」と聞けば、根負けと言いたげに肩をすくめて頷いた。



「じゃあ決まり!よろしくね?」



 乗る馬が決まれば、次は乗れるようにならなくてはならない。

 練習を始めるために白馬を外へ出してもらえるよう頼むと、馬丁は恐る恐る頭絡と手綱を持って近づいてくる。その瞬間、馬の目つきが変わった。

 睨みつけるように目が座り、それまでピンと立っていた耳が後ろへ倒れる。

 そして私が「あっまずい」と本能的に思ったその瞬間には、白馬はぐわっと顔を突き出し、馬丁に噛み付こうとした。



「うおあっ?!お前はまたそうやって……!ミシェルお嬢様の馬になるなら馬装ぐらい大人しくつけさせてくれよぉ……」



 間一髪で攻撃をかわした馬丁は情けない声を出す。



「ミシェル、やっぱり他の馬にした方がいいんじゃないかしら……」


「この調子だとミシェル以外の全員に噛みつきそうだね」


「えー、でも私この子がいい。……あっ!そうだ!」



 何度もめげずに馬装をつけようと挑むたびに、噛み付き攻撃に悲鳴をあげる馬丁を見てひらめいた。



「私が一人で馬装をつけれるようになればいいんですよ!お祖父様、乗り方の前に、乗る準備を先に教えてください!」


「いや、それは馬丁の仕事だからなぁ……」


「その馬丁がああですよ」



 もうほとんどムキになって白馬に挑むが返り討ちにされている馬丁。あそこまで嫌われているといっそ哀れだ。

 あの様子ではいずれ本当に噛みつかれてケガをしてしまいそうだし、馬だって嫌いな人に近づかれるのはストレスだろう。どちらにとっても良くはないから、触れる私が馬装をつけてるようになった方が合理的だと思う。

 そのことをお祖父様に伝えると、お祖父様はしばし白馬と馬丁と私を見比べて、大きく頷いた。



「出来ることは多いにこしたことはないな」



 こうして私の記念すべき第一回乗馬稽古は馬には乗らずに、馬装の付け方、馬の誘導のやり方、お姉様とお兄様に見本となって乗馬中の姿勢について教わるだけに終わってしまった。

 訳あり白馬を相棒に選んでしまった以上、気長にやっていくしかないらしい。


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