39.モブ的ストラテジー


 翌朝。嵐が過ぎ去り数日ぶりの快晴だというのに、私の気分は最悪だった。

 なにせ私はモブのくせに、未来の攻略対象を攻略している、もしくは攻略しかけていると気付いてしまったから。



「ミシェル、なんだか少し顔色が悪くないかい?昨日あの後に夜更かししたんだろう」



 ダメじゃないか、と温室へ向かう私の顔を歩きながら覗き込む未来の攻略対象。

 頭が痛ければ胃も痛い。精神的な疲労が肉体に深刻な影響を及ぼしている。

 私は「読み始めた本が面白くて、つい」とそれらしい言い訳をしながら、未来の攻略対象ことジャンお兄様から距離を取った。



「お兄様、ちょっとお聞きしたいことがあります」


「昨日からそればっかりだね。いいよ、なに?」


「お兄様って、普段から懐中時計はお持ちですか?」


「今の時間が知りたいの?ごめん、僕は持ってないんだ」



 お兄様は通りすがりの若い執事を呼び止め、時間を訪ねる。伝えられた現在時刻に一応お礼を言ってから、私はひっそりとため息をついた。


 乙女ゲーム『アルカンシエルの祈り』では、各攻略対象にキーアイテムがあり、それを入手なり壊すなりをすることでシナリオが進む。

 ジャンの場合は懐中時計。道で拾ったそれを届けることがジャンルートでハッピーエンドを迎える条件の一つだったわけだけど、あいにく私にそれをやった記憶はない。

 とはいえ現在のお兄様が、私に対してゲームで言うところの好感度がかなり高い状態なのは事実だ。

 もしかして覚えていない七歳以前にやらかしたか?、と思ったけど、どうやらそもそもお兄様は懐中時計を持っていないようだ。

 だったらどうして昨日、ゲームのスチルと同じ光景を見せらせたのか。

 わけが分からなすぎて、なんだかめまいがしてきた。



「やっぱり私、部屋で休みます」


「大丈夫?伯父様と伯母様に伝えてこようか?」



 心配げな言葉を、首を振って拒絶する。



「お兄様もそろそろ帰り支度をしないと。道の確認ができたら、帰られるのでしょう?」



 お兄様とお祖父様の滞在は、嵐がきたからだ。それが過ぎ去ったのだから、いつまでもダラダラと我が家にいるわけにはいかない。

 そして今、使用人達が馬に乗って周囲を見て回っている。彼らが帰ってきて、道の安全が確認できれば二人は帰ることになっているのだ。



「早く帰らないと、叔父様と叔母様が心配しますよ」



 我が家にいることは知っているだろう。お祖父様も一緒だから大丈夫だとも思っているだろう。

 しかしそうは言っても、一人息子が嵐で何日も帰ってこないとなれば、その両親は心配するに決まってる。

 お母様もこの前、母親が我が子を心配するのは当然だと言っていた。

 私だって、もしもお姉様がどこかへ出かけて嵐で帰ってこられないとなれば心配する。

 だから早く帰って安心させてあげてほしい。そういう意味の、言葉だったのに……。



「……そうだね」



 従兄の同意の声は、小さく、そして冷ややかだった。

 は?、と思ってその顔を確認すれば、聞き間違いだったかのような笑みを向けられる。



「面倒だけど、あんまり空けるともっと面倒なことになるからね。一度帰ってまた来るよ」


「え、いや、もうちょっと来る感覚を開けて、来る時は事前に連絡をください」


「僕は荷物をまとめてくるから、ミシェルはちゃんと休むんだよ」



 出たー!会話のキャッチボール不成立!

 お兄様は私の言葉には答えず、踵を返して客室のある方へと行ってしまった。

 その背中を無言で見送れば、ずっと頭の上にいた毛玉がどうしたと言いたげに鳴く。



「なぁんか、引っかかるんだよね〜」


「プーピー?」


「それが分かんないから困ってるの」


「ププッ、ンプップ」


「まあね、年下で長年病弱だった相手になら甘くもなるだろうけど……。でも昨日のアレ、普通十歳の従妹に言う?」


「ブゥン」


「でしょう?」



 周囲に誰もいないのをいいことに、私は毛玉と話しながら自分の部屋に戻った。

 戻るなりベッドに倒れ込めば、うっすらと石けんとハーブの香りがした。朝食の間にリネンの交換が済んでいたらしい。

 だがしかし、清潔なリネンごときで今の私の気分が晴れるわけがない。



「んんん〜モヤモヤする〜」



 私はエリック王子相手に、いつの間にか主人公に成り代わって、ねじ曲がった根性を叩き直してしまった前科がある。

 しかしエリック王子の場合、私がソフィアお姉様のことを話題に出したから、惚れるのは主人公に成り代わった私ではなくお姉様となった。

 この件については、結果オーライ。このままお姉様とエリック王子の関係が良好であり続ければ、ゲームのシナリオとはかけ離れるだろう。終わり良ければすべて良しだ。


 でもジャンお兄様の場合は、ちょっと事情が違う。

 あろうことか、今まで気にもしていなかった過保護が、実は主人公に向けるものと同じかもしれないのだから。今度こそ主人公に成り代わってしまった可能性があるのだから。

 しかもいつの間にそんなことをやらかしてしまったのか、まったく自覚がないから厄介だ。

 私は重く深いため息を吐きながら、ベットを這い出て例の予言の書を改めて眺めた。



「ジャンが主人公に惚れる要素って、主人公の性格なのになぁ……」



 ジャンルートでも、主人公は悪役令嬢ソフィアとその取り巻き達にネチネチと小言を言われたり、影で笑い者にされたりする。

 しかし主人公は持ち前の明るさで、小言は貴族社会になれていない自分への助言、笑われるのは貴族のルールを知らない自分がいけないと捉える。鋼の心で耐えつつも、立派な令嬢としてステップアップしていくのだ。

 そんな健気で気高い姿を見て、ジャンは惹かれていく。


 ……はて?私、主人公に成り代わってなくない?


 悪役令嬢と取り巻きからの小言を言われ、笑われる?

 いいえ。未来の悪役令嬢から溺愛されているし、そもそも私は未来の取り巻きモブです。言う側、笑う側です。


 健気で気高く、令嬢としてステップアップいく?

 いいえ。私は性格は自己評価でも最悪。誘拐犯すら欺き、目的のためなら使えるものはなんでも使う合理主義な性格です。

 公爵家の娘としての令嬢教育は元々受けているし、最近は令嬢らしからぬ乗馬を習い、剣術の稽古も控えています。ステップを踏む先が斜め上です。


 主人公との共通点、ゼロじゃない?

 惚れる要素、ゼロじゃない?



「それなのに!なぜ!スチルが再現されたッ!」



 衝動的に予言書を宙に放り、ベッドに飛びこんだ。そして枕に顔を押し付けて叫ぶ。



「なんなの?私の思い違い?自意識過剰?それともあのポーズとセリフはジャン=ドミニク・エバーグリーンって生き物の習性なの?!」


「ピィー!」


「へ?なあに毛玉?」



 顔を上げると、床に散らばった予言書の一枚の上で毛玉が飛び跳ねていた。



「ピッ!プピッ!」


「拾えばいいの?」


「ピッ!」


「あーはいはい、部屋を散らかすとばあやに怒られるって言いたいんだね。片付けますよ」



 渋々起き上がって一枚一枚を拾い集める。

 しかし毛玉は「ンブ!」と否定の鳴き方をして、同じ紙の上でまた飛び跳ねた。これを見ろ、とばかりに。



「さっきからどうしたの?」


「ピー!プーピッ!」


「ああ、その紙は各ルートで悪役令嬢が主人公に嫌がらせをする理由の一覧…………あっそうか」



 跳ねる毛玉の下にある紙を拾い、その内容を見てハッとした。


 ジャンルートで悪役令嬢ソフィアが主人公に嫌がらせをするのは、主人公とジャンが結ばれると、元孤児……出生不明の娘と親戚になるから。敬愛する母の血筋に、どんなものか分からない血が混ざるのが嫌だからだ。

 けれど現状、ジャンお兄様の内で将来主人公が座るべき椅子に、私は知らぬ間に座らされている。

 ────つまり、このまま私が座り続ければ、甘やかし対象でい続ければ、主人公がジャンルートに入ることはなくなる。



「お姉様が悪役令嬢になる可能性が、下がる……!」


「ピィーッ!」


「よく気づいた毛玉!えらい!賢い!さすがファンタジー世界の魔法生物!」



 そもそもな話だが、お兄様は侯爵家の一人息子、私は次女だがお姉様が王家に嫁ぐ予定になっているので公爵家に残るのが確定している。

 百歩譲って、お兄様が私に親戚以外の感情を持っていてもどうにも発展しない。私自身、お兄様を従兄としか思っていないので発展させるつもりもない。

 乙女ゲーム風に言えば、私とお兄様はノーマルエンド確定の関係だ。


 そしてもう百歩譲って、将来主人公がジャンルートに突入して二人が結ばれても、今現在お姉様とお兄様の関係はいい方向に向かっているんだ。私が間に入ってお姉様の説得をすれば、二人の恋の邪魔はしなくなる可能性は大いにある。


 イケる!このジャンルートの対策はこれでイケる!

 お姉様の悪役令嬢化フラグ、二本目が折れたぞー!



「ふっふっふっ、これは笑いが止まりませんなぁ」


「ンプププ」



 一人と一匹。予言書の散らばる部屋で、悪役サイドのモブらしく運命をせせら笑った。

 その後、道の安全確認に出ていた使用人達の報告により、お祖父様とお兄様はエバーグリーン邸に帰ることとなった。

 昨日までの嵐が嘘のような青空の昼下がり。私は気分良く、満面の笑みで二人を見送った。



「あ、次にいつ乗馬の練習をみてもらえるか、お祖父様に聞くの忘れちゃった」


「大丈夫よ。どうせ明後日ぐらいにはジャンが来て、お祖父様の予定を教えてくれるわ」


「そうですね」



 去りゆく馬車を見ながら、お姉様の言葉に私は頷く。

 しかしそんな私達の考えを覆し、その日を最後に、ジャンお兄様はぱったりと我が家に来なくなった。




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