48.騎士は一対


 少しつり気味のスカイブルーの瞳や、白い肌。微笑んだ時のくちびるの形なんかは、私にとっては見慣れたもの。

 そして金糸の髪のほとんど編み上げられているが、顔の両サイドに垂れるものは緩やかに波打っている。

 額縁の中の女性。初めて見た祖母マリエッタの姿に、私はなるほどなと思った。



「顔はお母様に似ているし、髪は……」



 くせ毛を一房つまみ上げ、肖像画と見比べる。

 色は違うけれど、この好き勝手にうねる髪質は同じだ。お母様とばあや曰く私は元々金髪だったらしいから、それが本当なら色も込みでお祖母様譲りということになる。

 まさか、ずっと疑問だったくせ毛について、このお祖父様の屋敷に到着した途端に解決してしまうなんて。

 到着前は意味があるんだろうかと考える瞬間もあったけど、お祖母様と髪のことがわかっただけで、パールグレイ家を離れた価値はあった。



「お祖母様って可能性は、思いつかなかったなぁー」



 お姉様があまりにも両親それぞれに似ていたから、私の容姿についても比べる対象は両親だけだった。これは完全に盲点だ。

 髪が母方のお祖母様由来なら、瞳の色や顔立ちは父方の……顔も名前も知らないパールグレイ家の親戚の誰か由来なのかもしれない。



「もしそうなら、私はちゃんと……」



 続く言葉は飲み込んだ。

 誰もいない朝のサロンで、そう考えながら両手を突き上げ体を伸ばす。そのまま大きく呼吸をすれば、肩が軽くなった気がした。



「こちらでしたか、お嬢様」



 開けっ放しにしていた扉を軽く叩く音に、そちらを見る。

 寝癖や湿気に悩まされることのないであろうサラサラの黒髪に、青みのある緑色の瞳。肌が白いせいで少し冷たく見えるけれど、その表情は優しい。



「あ、ルアンさん。騎士の服装じゃあないと、雰囲気が違って見えますね」



 ここで生活する間、私の護衛を務めてくれる騎士コンビの片割れ。どこにでもいる好青年そのものな服装なルアンさんにそう言えば、途端にしかめっ面に変わった。



「お嬢様。昨晩も申し上げましたが、自分達にそのような気遣いは不要です」


「あ、そうで……そうだったね。でも昨日も言ったけど、守ってもらう側なんだから、二人に敬意を払うのは当然だと思うの」



 昨日の夜、私はお祖父様から改めて護衛の必要性についての詳しい説明をしてもらい、騎士コンビの紹介をしてもらった。

 私に護衛がつくのは、言わずもがな夏の誘拐事件の犯人が捕まっていないから。それがなくても私は貴族で、子供なので、街を自由に遊び回りたいならお目付役は必須だ。

 自由イエーイ!街ブラヒャッホー!、な私は当然ながら二人のことを受け入れた。もともと顔見知りではあったので戸惑いはない。

 すると満面の笑みで「しばらくの間よろしくお願いします」と挨拶をする私に、お祖父様が言ったのだ。



「従者に頭を下げる主人があるか。主従のけじめはつけんといかんぞ」


「主従って……。お二人は王宮で働く騎士なのに、わざわざ護衛になってもらうんです。敬意を払うのは当然でしょう?」


「お嬢様。自分達は、本来ならあなたと関わることなどできない立場の人間。使用人の扱いで構いません」


「護衛になってもらう、じゃなくて、護衛を任せてもらえた。俺らにとっちゃ大出世なんすよ」



 騎士コンビにまで言われてしまい、助けを求めて後ろに控えていたパメラを見ても味方にはなってくれず、結局私は頷くしかなかった。

 ────が、一晩明けた今日も何度か二人をルアンさん、バッカスさんと呼んでしまっていた。その度に色々な人に注意されている。



「使用人扱いでいいって言ったけど、使用人にだって敬意を払うべきだと思う」



 みんなのおかげで私達の生活が成り立っているんだからと零せば、「そのお気持ちだけで充分ですよ」と苦笑された。



「それに、治らなければ帝王学の講師を呼ぶべきかとパメラさんがぼやいていましたので……」


「て、帝王学……」


「あの目は本気でした」


「二度と二人を敬称付けて呼ばない」



 やっぱりパメラは、ばあやの妹だ。

 きっと私が使用人の領域である調理場や洗濯場をうろちょろしているのを見たら、ばあやと同じように私を小脇に抱え部屋へと運ぶのだろう。



「それで、ルアンがその格好ってことは……?」


「はい。外出の用意が整いました」


「じゃあ早く行きましょう!」



 私は待ってましたとイスから飛び降り、窓辺でぷぅぷぅ寝息を立てていた毛玉を回収。ルアンと共に、お祖父様とバッカスが待っているであろう玄関ホールへと向かった。

 お祖父様の私邸にきて二日目。今日は約束の通り街へ連れて行ってもらえるのだ。

 これまで限られた範囲内を、制限付きで行動していた私にとって、これほど楽しみに思えることはない。



「お祖父様、早くっ、早く行きましょ!」


「元気なのはいいが、行く前からそうでは疲れてすべてを見てまわれんぞ?」


「疲れたらルアンかバッカスに運んでもらいます」



 ホールに着くなりお祖父様の大きな手を掴み、玄関の方へとぐいぐい引っ張る。

 だがもやしっ子な私がいくら引っ張っても、お祖父様の足は一ミリも動かない。大岩と綱引きをしているようなものだ。



「あらあら、いけませんよミシェル様。その服装で出られては、体が冷えてしまいます」



 声が加わった。パメラである。

 微笑ましげな目をした彼女の後ろには、私のものであろう上着を持った侍女が続いている。



「商船を観に行かれるのでしょう。川辺は冷えますから、暖かくしていきましょうね。それと気分が悪くなったら我慢せず旦那様に仰ってください。それと……」


「気になるものがあっても一人で行かない。お祖父様達のそばを離れない。そうでしょう?」



 侍女にケープを着せられながら言葉の続きを奪う。

 するとパメラはぱちぱちと瞬きを繰り返し、私を見た。



「前にデボラばあやから同じことを言われたの。やっぱり姉妹ね」



 パメラの表情や声色は、お祖父様に誘われ遠乗りへ行く私を心配するばあやと全く同じだ。

 くすくす笑う私に、パメラは「あらまあ」と気恥ずかしそうに口元に手を当てる。その仕草すらばあやに似ていて、さらにおかしかった。



「大丈夫。一人になる危なさはよく分かってるから」



 絶対に一人でうろちょろしないと誓えば、パメラは「絶対ですからね」と念を押してくる。

 そのしつこいぐらいの心配は、やっぱりばあやと同じ。私は内心笑いつつ、ケープのフードを被らされながら黙って頷いておいた。

 仕度が整えばようやく出発だ。屋敷から街へは坂を下っていくだけなので、馬などは使わずのんびりと徒歩で向かう。



「本当に歩きで大丈夫か?」


「私が前ほど軟弱じゃあないことは、お祖父様だって知ってるでしょう」


「だがな……」


「大丈夫ですってば」



 過保護だなぁと呆れつつ、私の歩調に合わせてのんびりと、のんびりと坂を下っていく。お祖父様は慣れているけれど、初めて私と歩く騎士コンビは少し歩きにくそうだった。

 果たして二人が慣れるのが先か、私の体力と歩調が改善するのが先か。いっそ間をとって、本当に二人のどちらかに抱き上げて運んでもらうのも手かもしれない。

 それでも最初ぐらいは自分の足で歩きたくて、進み続ければ次第に人工物が増え始めた。

 馬車の通った跡の残る道。野原との境である柵。街の入り口らしい小川にかかった石橋を渡れば、足元は石畳に変わる。



「この街……エルブでしたっけ?なんていうか、個性的なところですね」



 長年人里離れた城のような屋敷で、外の情報を遮断され隔離されるように育った私にも分かる。

 さらに前世の記憶があり、広い世界にはその地域特有の文化があると知っている私にも分かる。

 このエルブという街はおかしかった。建物の作り以外、すれ違う人の服装も店先の品々も統一感がなさすぎるのだ。



「昨日も言ったが、ここは交易の中心地。山に囲まれているが、運河によって国の内外から人と物が集まる。そのせいであらゆる文化が混ざり合ってるのがこのエルブの特徴だな」



 その物珍しいさから観光客も多いと語るお祖父様の声を聞きながら、右手の生地屋を見る。

 窓越しに見える山のような生地は、ほとんどがこの国伝統の落ち着いた色味のクラシカルな柄のものだ。だが中には原色で大ぶりの花や葉が描かれた南国風のものや、反対に防寒着にしたら暖かそうな毛皮も見える。


 さらに進んで左を見れば、食器屋がある。

 窓辺にレイアウトされているティーカップは、貴族が使うには質素だが真っ白な陶磁器はこの国らしい。だがその横には細かな彫刻が施された木製の器や、赤と青のグラデーションが見事なガラスの一輪挿しが置かれている。


 他のどの店も、この国らしいものの中に異国情緒のあるものが紛れ込んでいた。

 すれ違う人や店先で店員と話す客すらも、無地なシャツとズボンという男性もいれば、袖も裾も長い幾何学模様のワンピース的な服の女性もいる。

 まるで子どものおもちゃ箱をひっくり返したみたいな街だ。



「一日で全部見るのは無理かも……」


「だったら、明日も明後日も、お嬢様の気が済むまで見てまわればいいんすよ」



 いくらでも付き合いますというバッカスを、フードが落ちないよう押さえながら見上げる。

 バッカスは無精で伸びたと思われる金髪を後ろでくくっているので、黙っているとルアンとは違った意味で近寄りがたさがある。でも私を見下ろす赤銅色の目には、子どものような輝きを持っていてた。

 初対面の時に大型犬みたいと思ったけど、やっぱりそのイメージがしっくりくる。



「言ったね?満足するまで毎日付き合ってもらうからね?」


「いいっすよ。そのために俺らがいるんすから」


「気をつけろバッカス。ミシェルは普段は見た目通りの大人しさだが、一度タガが外れると知恵も口もよく回るし、豪胆で遠慮のない性格だ。油断すると痛い目を見るぞ」


「えっ」


「夏の一件を考えればそういう方だと分かるだろう」


「あっ」



 お祖父様とルアンの言葉に、バッカスは顔を引きつらせた。

 その顔のままちらりと見られたので、にっこり笑い──



「男に二言は?」


「な、ないでーす」



 言質を取って高く笑う私のフードの中で、毛玉もププーと笑う。お祖父様も「上下関係が決まったな」と豪快に笑うので、どうやら帝王学の講師とやらは呼ばれずに済みそうだ。

 その後も初めて見るものばかりであちこち見回しながら──時にはルアンにあれは何かと質問して、時には横道に逸れそうになるのをバッカスに修正されつつ──お祖父様を追うように大通りを進む。

 やがて到着したのは屋敷から最も離れた街の端。大きな木造帆船が複数停泊している船着き場だった。



「お、おぉ〜でっか〜」



 中型と聞いていたけれど、見上げたそれはあまりにも大きくて、近くからマストの先端を見ようとすれば後ろによろけてしまうほどだ。畳まれている帆を下ろし、風を抱いて進む姿はさぞや立派だろう。



「こんな大きな船で川を上がってくるの?どうやって?なに運んできたんの?これが停まれるってことはこの川はけっこい深いの?」


「待て待て待て。そう興奮するんじゃない」


「だって本物ですよ。帆船で、しかも木造だなんて私初めて見ました!」



 王城に行った時は、女の子が思い描く理想のお城だと思った。

 けれど今回は男の子の夢だ。船に乗って世界中を大冒険。大航海時代のような船が目の前にあるのだ。

 しかも今回は周りの目を気にする必要はないのだから、興奮するに決まってる。



「うはぁ〜船首像ってなんなんだろう。ここからじゃあ見えないけどやっぱ無難に女神像かなぁ。あ、川を上がる船だから違うのかなぁ。海水と真水じゃあ傷みが違うよねぇ、手入れってどうやるんだろ。というか造船場ってどこにあるの?やっぱ海辺?」


「お、おお、好奇心の塊だとは思っておったがここまでか」


「タガが外れるどころか一瞬で吹っ飛びましたね」


「船一つでこれって、街全体見てのは一ヶ月ぐらいかかるんじゃ……」


「お祖父様!これどうやってここまで来るの?人力じゃあないんでしょう?細工ってなぁに?どこでどうなってるの?ねぇねぇねぇ!」


「あーあー分かった!いろいろと気になるのは分かったから落ち着かんか!」



 またも腕をぐいぐい引っ張れば、お祖父様は「見せてもらえるよう頼んでくるから大人しく待っとれ」と言って、なにやら近くの建物に入っていってしまった。

 ソワソワしながらも、言われた通り待つ。

 ほどなくして戻ってきたお祖父様は、二人の男性と一緒だった。

 一方は整った口ひげが印象的な、明らかに中流以上の階級な身なりをした高年男性。

 もう一方は、お祖父様ほどではないが鍛えられた大柄体型の、十一月にもかかわらず腕まくりをした中年男性。

 遠目でも対照的だと分かる容姿の二人に誰だろうと思っていれば、「ゲェッ」と踏まれたカエルのような声と、「ああ……」と嘆きの声が頭上から聞こえた。



「人の顔を見て何ですか、その態度は」


「図体はデカくなっても中身はクソガキなままだな、お前たち」



 高年男性は溜息を吐きを、中年男性はニヤニヤと笑う。

 二人の視線は私ではなく、私の後ろに控える騎士コンビ……高年男性はバッカスへ、中年男性はルアンへと向かっていた。

 このやり取りは、どこからどう見ても知り合いのそれだ。ますますこの二人は誰なんだろうと思う。

 私はススッとお祖父様に近づき袖を引いた。



「お祖父様、こちらの方はどなたですか?」


「そうだな。まずは紹介せんとな。お二人とも、よろしいですかな」



 男性二人の視線が下がる。



「これが先ほど話した孫のミシェル。誰に似たんだか、好奇心に手足が生えたような子で。急で申し訳ないが、船を見せてやっていただけますかな」



 お祖父様の言葉に合わせて、私はずっと被っていたフードを外した。スカートを摘んで挨拶をする。

 すると二人は……特に高年男性は面食らったように軽く目を見開き、ゆっくりと微笑んだ。



「これはこれは。侯爵が溺愛されるわけだ」



 奥様に似ていらっしゃると言う目に嘘はない。

 フードを取ったことで露わになったくせ毛に、お祖母様の面影が見えたのだろう。



「ミシェル。こちらはあの船の所有者であるカルノー商会の会長、ピエール・カルノー氏。バッカスの父親だ」


「図体ばかりが取り柄の愚息ですので、どうぞ馬車馬のようにこき使ってやってください」


「え?」



 口髭がダンディな高年男性が、見た目通りの優雅な所作で頭を下げる。

 嘘でしょ?!、と思いながらぐるんと右後ろへ振り返れば、バッカスは苦虫を百匹は噛み潰したよう顔をしていた。

 そんな驚く私をよそに、お祖父様は続ける。



「それからこちらが、カルノー商会の船の船長であるデニス・ダルモン氏。ルアンの父親だ」


「頭の固いやつだが番犬の代わりぐらいはできるだろう。飽きるまではそばに置いてやってくれるとありがたい」


「えっ?!」



 頼もしく勇ましい仕事人といった風体の中年男性に手を差し出され、握手をすればブンブンと大きく振られる。

 そんなまさか?!、と思いながらぐるんと左後ろへ振り返れば、ルアンは生気のない目でどこか遠くを見ていた。



「えっ、ち、父親って、えっ親子?ええ??」



 小動物を愛でるような目で見てくる白髪混じりのおじ様と、無精で伸びたであろう金髪を雑に結んだイイ兄ちゃん。

 逞しい体とほどよく焼けた肌が健康的なおっちゃんと、礼儀正しさと親しみやすさがちょうど良いバランスの色白好青年。

 四人の顔を、何度も何度もぐるぐる回って見比べる。



「逆でしょ?!」



 思わずそう言ってしまった私は、悪くないはずだ。



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