6.フラグは突然に



 私の号泣事件から早いもので、二週間近くがすぎた。


 やっぱり、ぽやっとしていたミシェルが声をあげて泣くなんて今まで一度もなかったことだったらしい。

 私が絶叫した瞬間に部屋の外で待機していた執事が慌てて入室して仲裁に入るし、どこからともなくお姉様がすっ飛んできて「私のミシェルに何をしたんですか!」とお父様を激しく攻め立てるし、肝心の私は泣きすぎて過呼吸を起こすし熱はでるしで大惨事になった。


 でもあれは間違いなく私のなかにあるミシェルわたしの感情だった。


 ずっと欲しかった言葉を突然言われて、まず戸惑いと嬉しさが胸に広がって、次にずっと言えなかった不満と怒り。でもお父様が嘘を言っている感じはなくてさらに戸惑って。複雑な感情を言葉にすることができなくて、駆けつけたお母様にすがって泣くことしかできなかった。

 私のお庭デビューとお姉様の婚約について話していたはずなのに、どうしてああなってしまったのやら。


 ちなみにお父様とは、あれから一度も会話をしていない。

 お父様は何度か私に声をかけるタイミングを見計らっていたようだけれど、結局は何も言ってこなかったので私も何も言わなかった。

 そして事件の翌日の昼には、大臣としての仕事が溜まりに溜まっているため王都に戻っていったので、そのまま今に至る。


 あとお姉様の婚約の件は、お父様が「先のことを考えるなら本人の気持ちを尊重するべきであり、結論を出すのはもう少し待つべきかと」という答えを王家に伝えたと、お母様がこっそり教えてくれた。

 要するに、いくら公爵家と言えど王家からの申し出を断ると角が立つから、エリック王子本人が婚約に消極的なのを利用して保留にしたのだ。あとは婚約話を帳消しにするか、王子の心変わりを待つか、王家の出方を見るのみ。

 未来を知っている私から言わせれば、エリック王子はお姉様を好きになることはないだろうから、婚約話は消滅。エリック王子絡みの破滅フラグは折れたと思っていいだろう。



「でも、お姉様の気持ちを考えると悪いことしたなぁ……初恋だっただろうに……」



 私以外は誰もいない、私専用の温室でじょうろ片手にぼやく。

 せっかく庭に出られるようになったのになぜ温室にいるのかと言うと、付き添ってくれる人がいないからである。

 ニナは私の専属といっても、侍女としての仕事はいくつかあるので、常に私の傍にいるわけではない。他の使用人たちだって、やらなければならない仕事はたくさんあるので暇ではない。そしてお母様は婦人会に招待され、お姉様は親しくしている伯爵令嬢の誕生日会に招待され、揃って外出している。

 つまり今は、一日で二時間ほどある完全フリータイムということ。

 対お父様限定で絶賛反抗期中なので、誓約書を無視して一人で出てやろうとも思ったけれど、それをやったらお目付け役である使用人たちの責任問題になってしまう。彼らに迷惑はかけられないので、大人しくしているわけだ。



「水はあげたし、パンジーの花がら摘みもオッケー。ゼラニウムの切り戻しは……もうちょっと先かなぁ~」



 一人で管理するには少し広い温室には、色とりどり多種多様な植物が元気よく育っている。世話は大変だけど、自分だけの庭というのは特別感があって、ミシェルも大好きな場所だった。前世を思い出して私となった今も、不思議とここは落ち着く。


 そんな温室にぽつんと置いてある丸テーブルとイス。緑を眺めながらお茶ができるようにと使用人たちが置いてくれたそれには今、書庫から持ってきた本がどっさりと積んである。

 タイトルは一番上から『魔法の進化と衰退』『魔力の質と、その遺伝性について』『魔法薬学論』『魔法生物図鑑』『精霊は存在するのか』などなど、全て魔法に関連する本だ。私は腐るほどある時間を使って、魔法について勉強することにしたのである。

 じょうろを片付けてからイスに座り、本の山から分厚い一冊を抜き取って表紙を眺めた。タイトルは『失われた七十二の力』。開くとダラダラと長い前置きが書かれている。



「やっぱりここって、魔法ファンタジー世界なんだなぁ……」



 乙女ゲーム内では、恋愛がメインで魔法の描写はおまけ程度にしか描かれていなかった。しかしいざ転生してみると、魔法についての仕組みや歴史はしっかりと存在していたのだ。


 書庫の本を読み漁って学んだことまとめると、覚えておいて方がいいのが三つある。


 まずこの世界で魔法を使うには魔力が必要で、その魔力には質があるらしい。

 現在、存在が確認されている魔力の質は火、水、氷、土、風、雷の六種類。RPGでいうところの属性というやつだと思う。

 これには遺伝性があって、我が家のように氷の魔力を持つお父様と風の魔力を持つお母様の間に生まれたお姉様が、氷の魔力を持っているように。子どもは、両親もしくは祖父母といった先祖と同じ質の魔力を持つそうだ。

 だから逆に考えると、先祖が誰一人魔力を持たない場合、その人が魔法を使えるようになることはほぼ百パーセントの確率であり得ない。


 次に、魔力を持つ者は貴族がほとんどで、平民ではかなり稀らしい。これはこの世界の魔法のあり方が関係している。

 本によると、百五十年ほど前まで魔法はこの世界の人間なら誰だって使えていたけれど、いつの頃からか魔力を持たず、魔法を使えない人が生まれ始めたらしい。

 世界中……というより、この国の権力者たちは焦った。なぜならこの国の繁栄は魔法があってのもので、より強かったり稀少性のある魔力を持っているのが権力の象徴。貴族のステータスだったからだ。


 そこで彼らがとったのは、魔力を持つ者同士の結婚。自分の子ども、つまり跡継ぎが魔力を持って生まれるように、魔力の遺伝性を利用したのである。

 元々貴族は血統を重んじる生き物だ。家の血と権力を守るためなら、その程度のこと朝飯前だったのだろう。

 その結果、平民は魔法を使えず、貴族は魔法が使えるという今の格差が発生したそうだ。……まあ、いくら小細工をしても、私のように純血の貴族であろうと魔力を持たない人は生まれ続けているようだけど。


 最後の三つ目。たぶんこれが、ここが乙女ゲームの世界だと知っている私にとって、一番覚えていくべきことだろう。



「――――“古い時代には、まさに奇跡と呼ぶに相応しい魔力を持つ者がいた。未来を視る力、他者の思考を読み取る力、時を止める力など”」



 広げた本の文字を目で追いながら、理解をするために声に出す。



「“そういった特異な現象を起こせる七十二種の魔力を、魔法および魔力の衰退とともに消失してしまったことにちなみに『ロストマジック』と呼ぶ”……ね」



 私はこのロストマジックを、前世の頃から知っている。このゲームの主人公が、七十二ある失われた魔力の一つ『光の魔力』を持っているのだ。

 今読んでいる『失われた七十二の力』によると、光の魔力とは、RPGで後方支援キャラが使う治癒魔法や浄化魔法的なものらしい。古い呼ばれ方は、善良なる癒し手。

 孤児院育ちで肉親のことを何も知らない十六歳の少女が、特別中の特別、ソシャゲならSSRのチート魔力をある日突然発現するなんて、それこそ奇跡か運命のいたずら。主人公いう、存在そのものが他とは違う人間にのみ起きる摩訶不思議現象だ。

 特別、ひょんなことから、という言葉は主人公のためのあるのだろう。


 だったら転生者である私だって、ラノベだったら主人公だ。ある日突然、ロストマジックのような特別な力に目覚めたっていいと思う。

 ――――なーんちゃって。悪役令嬢の妹ポジなんていうハズレくじをひいているモブオブモブの私が、主人公と同じスペックを持つなんて、それこそゲームのシナリオをぶち壊しにしかねない。

 もしも作中のミシェルがそうだったら「なんで乙女ゲームのモブがチート?ゲームバランス悪くない?」と、前世の私はゲーム画面に向かって言っていただろう。



「でも、やっぱり私も魔法使えるようになりたいな~」



 ロストマジックは主人公のための特別な力。そこまで高望みはしない。

 氷の魔力は強キャラ感があって憧れるけど、モブの私が悪役令嬢のお姉様と同じ力というのはゲームバランスが悪い。だからせめてお母様と同じ、風の魔力に目覚めたいものだ。



「ミシェルは本当に魔法が好きだね」



 閉めきっている温室に、吹くはずがない弱い風が吹いた。葉が揺れ、私のくせ毛もふわりと揺れる。

 そしてその風に乗って聞こえた声に、心のなかで悲鳴をあげた。


 えっ、嘘……。なんでこの人の声が聞こえるの?

 ここにいるはずのない人、ある意味でこの世界で最も会いたくないと思っていた人の声が聞こえて、全身から血の気が引いていく。

 恐る恐る風上の方に顔を向ける。すると温室の入り口に、深緑色のたれ目が印象的な茶髪の美少年が立っていた。



「お、お兄様……」



 私たちパールグレイ姉妹の母方のいとこにして、乙女ゲームの攻略対象の一人――――ジャン=ドミニク・エバーグリーンが、そこにいた。



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