12.真夜中の拾い物



「ミシェル、大丈夫?」


「もう少しで王都に着くから頑張って」


「は、はひ……」



 王都へ向かう馬車の中、元ひきこもりな私は絶賛乗り物酔い中だ。

 馬車がこんなにも揺れるものだとは知らなかった。舗装されていない道を走っているのだから当然と言えば当然なんだけど、まさか転生した先で、酔い止めの薬とアスファルトの有り難みを知るとは思ってもみなかった。それぐらいツラい。

 心配するお母様とお姉様になんとか返事をするけれど、これ以上しゃべったら吐きそうだ。私は座席に深くもたれて、窓から遠くの風景を見ることに専念した。


 王都は、パールグレイ公爵領を南に行ったところにある。

 距離は馬車で屋敷を日の出前に出発して、私の体調に合わせてこまめに休憩をはさんでもその日の夜に到着するぐらい。広大な国土を考えるとこれはかなり近いのだが、初めて馬車に乗って移動する私にとっては長旅だ。

 出発前にお母様から、パールグレイ領にある一番の大きい町から街道を真っ直ぐ行けば、四時間ぐらいで王都の関所を通過し街に入れると聞いている。今は街道を三時間以上走ったところだから、そろそろ関所が見えていいころのはずだ。

 あ~お願いだから早く屋敷についてほしい。部屋で横になって休みたい。あれ?そういえば王都の別邸に私の部屋ってあるのか?

 不安になりながらもガタゴトと揺れる馬車で関所を通過し屋敷に到着すると、青ざめた顔でぐったりしている私を見て慌てた使用人によって、私の部屋だという三階の一室に案内された。



「ここ、私の部屋なの?」


「はい。後ほど温かいお飲み物をご用意いたしますので、おやすみください」



 王都行きについてきてくれていたニナにそう言われて、私はベッドに倒れ込んだ。

 大きく息を吸うと、日向のにおいがした。よく晴れた日に干した布団のにおいだ。それから白い家具に淡いグリーンのカーテン、クリーム色の絨毯は、本邸の私の部屋と似ていてホッとする。

 すると慣れない馬車移動の疲れが出たのか、だんだんと瞼が重くなって、気づけば私は眠ってしまっていた。








 目が開いたのは、部屋が真っ暗になった頃だった。

 この屋敷についた時にはすでに日が暮れていたけれど、眠っていた間に閉められたカーテンをめくって外を見ると月が高いから今が夜中だと分かる。

 でも困ったことに正確な時間が分からなかった。月明かりを頼りに部屋を見回しても、時計が見当たらなかったのだ。



「どうしよう……完全に目が冴えちゃった……」



 寝る前はドレスだったのに寝間着になっているのは、きっとニナがやってくれたのだろう。飲み物を持ってきてくれると言っていたのに、余計な手間をかけてしまった。

 お礼を言いたいけれど、屋敷は静まり返っている。使用人たちですら眠っている時間なんだろう。

 困ったなぁ。本邸なら夜中に目が覚めても、眠くなるまで部屋にある本えお読んで過ごすことができていた。でもこの部屋にそういう物は置いてないようだ。

 せめて王都行きの荷物があれば、暇潰し用に持ってきた本が入っているんだけど……。

 私の荷物、どこに置いてあるんだろう?いっそ探しに行こうかな。屋敷を歩き回れば、もしかしたら見回りの使用人と会えるかもしれない。



「よし、行こうっ!」



 そっと扉を開けて廊下へ出ると、右を見ても左を見ても物音ひとつない真っ暗闇が伸びていた。春の終わりとは言えどまだまだ冷たい夜の空気が体を包む。

 しかし私は見た目は十歳でも、中身はほぼ大人だ。しかもオタク。怖いと思うどころか脱出ゲームのようでワクワクする。

 とりあえず自分の部屋に案内された時に通った順路で、一階の玄関ホールへと向かった。そこに私の旅行かばんはなかった。

 仕方がないので、そのまま一階の廊下を歩き、二階、最上階である三階をぐるりと歩き回る。

 結果、収穫はゼロ。かばんも見つからなければ、見回りの使用人に会うこともなかったし、脱出ゲームみたいな面白いことも起こらなかった。

 がっかりしながらと部屋に戻ろうと振りかえ……ろうと思った矢先、もふっとした何かを、爪先で蹴飛ばした。



「うわぁっ?!えっ、なに?!」



 ポーンと飛んでいったそれを慌てて追うと、薄汚れた小さな毛玉が転がっていた。



「なに?ネズミ?」



 この屋敷、ネズミなんて出るのか……。やっぱり本邸に残れば良かったかも。

 しかし暗い廊下で目を凝らして観察してみると、ネズミのような長い尻尾がないかった。

 真ん丸で、どっちが頭かどうかも分からなくて、長くて密集した毛に埋もれているのか手足があるのかも分からない。ウサギの尻尾みたいだ。

 いや、どんなものだとしても生き物を蹴飛ばしてしまって、可哀想なことをしてしまった。動かない毛玉を両手でそっと掬い上げると、じんわりと温かさがあって、ぴくりと動いた。あ、良かった、生きてる。



「ピ……」



 毛玉が鳴き、私の手の中でモゾモゾと動いた。どうやら生き物だったみたいだけど、なんとも弱々しかった。

 ま、まさか、私が蹴飛ばしたせいでケガしちゃった?



「えっ、うそ、ごめんね?!」



 その場に放置することはできず、とりあえず毛玉を抱えて自分の部屋へと走った。息切れなんかは気にしていられない。今は動物救助が最優先だ。

 部屋に駆け込んで、ベットの上に毛玉をそっと下ろす。カーテンを開けたことで少しだけ明るくなったので改めて観察すると、血らしきものは見えないけれど、元は白だと思う毛はずいぶんと汚れてしまっていた。



「さっきは蹴っ飛ばしてごめんね。どこか痛い?」



 恐る恐る撫でてみると、またモゾモゾ動いて「ピイ」と小さく鳴いた。

 汚れていて、鳴き方も弱々しくて、なんとなくぐったりしているように見える。もしかしてケガをしてるのではなくて、弱っている?



「君、ネズミじゃあないね。とりあえず水飲める?」



 ベット脇の丸テーブルに用意してある水差しからコップに水を入れ、チャプチャプと揺らことで近くに水があることを教える。すると毛玉はゆっくりと動いて、コップを持つ私の手にすり寄った。



「おおっ!なかなかのもふみ……じゃなかった、水飲む?」


「ブッ」


「飲まない?」


「ピッ」


「飲まないの?」


「ピィ」



 もしかして、意思疏通ができてる?

 それになんだか、さっきより少しだけ元気になっているように見えるのは気のせいだろうか。



「えーっと、水はいらないんだね。痛いところはある?」


「ンブッ」



 否定の鳴き方だ。しかも力強い。

 こんな小さい生き物を蹴飛ばしてケガをしたんじゃあ……と不安だったけど、それは大丈夫なようで良かった。

 そもそも、この毛玉はなんていう生き物だろう?

 汚れてはいるけど白くて、丸くて、手足や尻尾はあるように見えない。顔は見えないけど、私の手が見えたり鳴いたりするから目と口はあるんだと思う。おまけに私の言葉を理解する知性があるらしい。

 どう考えても、私の知っているような普通の生き物ではない。



「もしかして、魔法生物ってやつ?」


「プピィ?」


「ああ、ごめん、今のは私の聞き方が悪かったね」



 私も初対面の人に「あなたは人間ですか?」って聞かれたら「はあ?」って言う。この毛玉にとっては、そういう質問だったようだ。

 それに魔法生物と分かったところで、なんという名前の魔法生物かは分からない。ちっとも解決にはなっていない。



「う~ん、私のかばんの中に魔法生物の図鑑が入ってるんだけどなぁ」



 本邸にあった魔法生物図鑑は、大きな挿し絵があって眺めるだけで楽しいけど、特徴や生息地、各地に残った伝承などが細かい説明も書かれていて、一言一句逃さずに読むとあっという間に時間が過ぎていくものだ。

 オタク心をくすぐるあれは最近の一番のお気に入りで、王都に行っても暇だと思ったから持ってきた。

 あれならきっとこの毛玉の正体も載っているはずなのに。ああ、探検中にかばんを見つけられなかったことが悔やまれる。

 朝が来たら、ニナにかばんの在り処を聞いて、図鑑で調べよう。



「君、なんで屋敷の中にいたの?」


「プーピー」


「ふふっ、プーピーじゃあ分かんないよ。でも迷いこんじゃったんなら、出るのは朝まで我慢して?玄関のドアは使用人が鍵をかけちゃうから、朝にならないと開かないの」



 明日出してあげるね、と言って撫でると毛玉は嬉しそうにすり寄ってきた。元気になったように見えるのは気のせいではなさそうだ。

 その様子を見ていたら、遠くにあった眠気がじわじわと近づいてくる感じがした。寝落ちする前にコップはサイドテーブルに置いて、ベットに潜り込む。

 すると毛玉は私を真似るように枕元までやってくると、「ピッ」と一鳴きして動かなくなった。

 まさか一緒に寝るつもり?魔法生物は人懐っこい性質なんだろうか?



「でもそこだと、ニナが起こしに来た時に見つかっちゃうよ?」


「ンプププ」


「ごめん、なに言ってるか全然分かんない。……まぁいいか」



 こんな見るからに人畜無害そうな毛玉なら、ニナもちょっと驚くだけだろう。

 呼吸をしているのか、規則的に大きくなったり小さくなったりしている毛玉を見ていたら、考えることすら面倒になってきた。

 丸い。可愛い。もふみがスゴかった。魔法生物って飼えるのかな。

 そんなことを考えていたら、私がいつの間にか眠ってしまっていた。




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