49.出船によい風



「やっぱ似てない」


「ピッ」


「だよね?私が言うのもなんだけど、顔のどこ見ても親子に見えないよね?」



 せっかく正真正銘、それも現役の木造帆船の内部を見学できると言うのに、私の興味は完全に二組の親子へと移っていた。

 寒さ対策のフードを被りなおしながら呟けば、毛玉も潜り込みながら同意する。それぐらいバッカスとカルノーさん、ルアンとダルモンさんは似ていなかった。

 逆じゃないかと言ってしまったけれど、離れたところから改めて四人を見比べれば、組み合わせを逆にしてもどっちみち顔立ちは似ていない。母親似と考えるにもあまりにも似ていなさすぎる。



「そもそも、二人とも名前は教えてくれたけど、家名は一度も名乗ってないんだよね……」



 夏に王宮で会った時も、昨日の夜に護衛として改めて紹介された時も。バッカスもルアンも家名を名乗らなかった。

 名前が分かれば呼べるからいいか。前世と違って、この世界には家名がない人は多い。いろいろと疑問に思いながらも受け入れていたけれど、揃って父と名乗る人と容姿が似ていないとなると、気にするなという方が無理だ。



「あれじゃあ養子って言われた方が……」



 ぱちんと、パズルのピースがはまる音が聞こえた。



「養子?」



 商会の会長と、その商会を支える船長。地位がある二人なら、自分の後継者を欲しがるのは自然なことだ。

 貴族にだって養子を迎えるのはよくあること。実際この世界の最重要人物……『アルカンシエルの祈り』の主人公だって、伯爵家の養子となったことから物語がスタートするのだ。

 似ていないのなら、養子の可能性は充分ありえる。────あれ?それは、私にも……髪なんて…………。



「ミシェル」


「にぎゃっ」



 突然頭に何かが乗った。遠慮のないそれに押さえつけられたフードが、目元までずれて視界を奪われる。

 私にこんなことをするのは一人だけだ。



「なにするんですかお祖父様!」



 わたわたと暴れて、お祖父様の大きな手を振り払った。



「それは儂の台詞だ。一人でうろちょろするなと約束しただろう」


「だって、私が一緒じゃあ二人が話しにくそうだったから……」



 フードを直して、なにやら話している二組の親子を見る。

 容姿は似ていないけれど、そこに流れる空気は親しげ。特にカルノーさんとダルモンさんは愚息とか堅物馬鹿とか言っていたけれど、それぞれ息子を見る目は嬉しそうだ。

 そしてその視線が居た堪れないと思いつつも、離れずに話を続けるバッカスとルアン。

 間違いなく親子の空間だ。



「血なんか繋がっていなくても、仲がいいんならそれでいい。私はそう思うけど、あの人達はそうじゃあないんでしょう。だったら離れるべきです」


「……いつか気づくだろうとは思っておったが、もう気づいていたのか」



 それが、どちらについてなのか。黙って見上げれば、いつもの様に片腕で軽々と抱き上げられた。



「ルアンもバッカスも元は身寄りもなく、カルノー商会の下働きだった。だがいろいろあって騎士になると決めてな。そこでカルノー氏とダルモン氏が名を貸した。まぁ、元々育ての親のようなもんだったから躊躇いはなかったのだろう」


「騎士になるのと養子になるのが、どう繋がるんですか?」


「ああ、それは、騎士になるには身元を保証する者と……もしもの時に帰る場所が必須だからだ」


「もしもの時?……あっ、なんでもないです」


「つくづく察しのいい子だな、お前は。だがあくまで、もしもの時の話だ。ここ六十年ほど、もしもが現実になった者は一人もおらん」


「ずっと続くといいですね、それ」



 冷たくなった息子を出迎えるなんて、そんな残酷なことはないだろう。

 おかえりが言えて、ただいまが返ってくる。単純だけどそれが一番だ。



「ところでお祖父様、私はいつになったら船が見れるんですか?」


「もう少し待ってやれ。二年近く会っていなかったんだ、積もる話もあるだろう」


「もしかして私に船の話をしたのは、ついでにあの四人を合わせるためですか?」


「バレたか」



 悪びれる様子もなく笑うお祖父様。私は思わず溜め息を吐いた。



「お祖父様が、チェスが弱い理由がわかりました」


「むっ!弱くなどないぞ!」


「いいえ、弱いですよ。だってあれは相手の考えを読んで、それを粉々に砕く遊び。心優しい人には向かない遊びなんですから」



 髪をくしゃくしゃにする雑な撫で方。

 外へ連れ出してくれる事。

 スパルタ方式の乗馬稽古。

 お祖父様はミシェルわたしを特別扱いしない。小さくて、弱くて、なにも出来ない子とは扱わない。これを優しさと言わないなら、なにを優しさと言うのだろう。

 そんな人が、盤の外から駒を操り殺し合わせるゲームを得意とするわけがなかった。

 だってお祖父様は、この国で一番強い現役の騎士団長だけど。その剣は護るための力なのだから。



「私は、チェスの弱いお祖父様が好きですよ」



 弱い弱いと連呼され少し複雑そうだけど、お祖父様は「そうか」と言い、自由な左手でフードを被った私の頭を撫でた。

 細められた深緑色の瞳には滲むのは、懐旧の念。

 いつの、どこの、誰を思っているかなんて。そんなもの、この好き勝手に波打つ髪が答えだ。


 それからほどなくして、久しぶりの親子の時間に耐えられなくなったらしいバッカスの「いいかげんお嬢様に船を!」と叫び、ようやく本来の目的に戻ることができた。

 生まれを隠していた負い目なのか。ルアン共々気まずそうな顔をして戻ってきたので、私はわざとお嬢様らしく頬に手を当て、



「カルノーさんとダルモンさんには、二人の主人として改めてご挨拶をした方がいいかしら?」



 生まれを知ったところで関係ないと言外に伝えれば、二人は横目で顔を見合う。そして私に視線を戻すと揃って苦笑した。

 その後ろの父親達は、当然だと言うような、それでいてどこかホッとしたようにも見える表情だった。



「ご勘弁を」


「このジジイとオッサンは話が長いんすよ」


「あらら、じゃあ早く船を見せていただかないと!いろいろ聞いていたら日が暮れちゃう」


「ではご案内いたしましょう。ダルモン、頼みましたよ」


「はいよ。お嬢さん、ついといで」



 お祖父様の腕から降りて、同じぐらい大きな背中のダルモンさんについていく。

 ふと振り返るとルアンとバッカスしか続いていない。お祖父様とカルノーさんは乗船せずに待っているようだ。

 陸と船を繋ぐスロープを上り、甲板に降り立つ。板張りのそこをしっかり踏みしめているはずなのに、どこか浮いたような気がして「うわぁ……」と声が漏れた。

 私いま、大きな木造帆船に乗ってるんだ。しかも魔法がある世界の船に……。



「さて、お嬢さんは何が見たいんだ?」



 はっと我に返って顔を上げると、ダルモンさんは白い歯を見せて笑っていた。



「細工!風のない川を上るために、ここに来る商船には特別な細工がしてあるって聞きました」


「帆ってことか。高いところは平気か?」


「はい!」



 元気よく頷けば、勢いあまって毛玉が甲板に転がり落ちた。ビィビィ喚き散らすあたり居眠りをしていて、起こされ落とされたのが相当ご立腹らしい。

 私は小声で謝りながら拾い上げ、上着のポケットに入れた。すると毛玉はそのすっぽり感が落ち着くのか、「プフゥン」と満足げに鳴いてもぞもぞと潜りこんだ。

 今度から出かける時は、ポケット付きの上着を着るようにしよう。なんてことを思いつつダルモンさんの手招きに誘われ甲板を進めば、大人が抱きついても腕が回らないであろう、太く立派なマストの前まで連れていかれた。



「よし、お嬢さん登れ!」


「………………はい?」



 登れって、え、どこに?

 ぽかんとする私に、ダルモンさんはマストをバシバシ叩いてみせる。その度にかけられた縄はしごが揺れた。



「ちょ、オッサン!何言ってんだ!」


「この方は公爵家の……!」


「マストに登っていいんですか?!」


「お嬢様ぁ?!」



 バッカスもルアンも、従者らしく危険だと止めようとしてくるけれど、登っていいと言うなら私は登る。

 だって登りたいから!細工とやらが見たいから!!



「こんなチャンス二度とないもん。はしごから手を離さなければいいだけなんだから、大丈夫、大丈夫」



 本当は過去に、はしごから落ちたことがあるが、それを知る人はいない。だから私は登るったら登る。

 意気揚々と縄はしごに足をかければ、後ろから「団長の血縁者だ……」と諦めの声が聞こえた。彼らの中でお祖父様がどういう人間なのか、一度きちんと聞いておいた方がいいかもしれない。──まあ、どうせ豪快で大雑把で大酒飲みの脳筋ジジイ的なことを言われるのがオチだろうけど。

 先に登る私が落ちても受け止められるよう、続いて登るダルモンさんの下からの指示に従ってするすると登る。そうして下から一枚目と二枚目の横帆の間でストップがかかった。



「一応足場はあるが、落ちないようにな」


「はぁい」



 マストと帆桁の交わる場所にある足場は、大人が二人も乗れば定員オーバー。しかも板を打ち付けた程度な簡素なものだ。

 たぶん帆を下ろす作業のためだけの足場なのだろう。

 だが小柄な子どもである私には充分である。私はさらに上へと続く縄はしごから、その足場へと移った。



「ここに細工がしてあるんですか?」


「顔を上げてみろ、柱に彫り物がしてあるだろう。おっと、あんまし仰け反ると落ちちまうぞ」



 同じように足場に移ってきたダルモンさんに背中を支えられながら、落ちないよう気をつけながら上を見る。

 すると言われた通り、マストには円形の彫刻が施されていた。

 大きな円の中に、小さな円や三角、四角が組み合わされた幾何学模様。目を凝らせば文字のようなものも細かく彫られている。

 彫られた溝を黒いインクで染めてあるそれは、ファンタジーではドが付くほど定番な……!



「ま、魔法陣だぁー!!」


「風寄せの陣だ。風のない内地でも、これが風を集めてくれるから川を遡ってこられるって寸法だ」


「こ、ここ、これ!ここに来る船の全部にしてあるんですか?!」


「ああ」


「風を集める……!あれ?でも今はなんともないですよね?」



 中型の船を動かせるだけの風を寄せ集められる魔法陣があるのに、今はまったくの無風状態だ。

 なんで?、と見上げれば、ダルモンさんは上を指差した。



「これは七つで一つの陣だ。今は畳んであるトップセイル……すぐ上の帆の四隅と、マストに三つ。帆を下ろして、縄で帆とマストを繋いで始めて効果がある」


「繋がないと意味ないんですか?」


「俺も小難しいことは分からんが……。七つの陣を繋ぐと、帆桁と縄とマストを魔力がぐるぐる巡って発動する魔法らしい」



 ダルモンさんの太い指は、8の字を描くように動く。

 広げた帆とマストを一つのものと見たとすると、魔法陣は長方形の上辺に三つ、下辺に三つ、中央に一つあることになる。

 8の字ということは、上辺右端の陣をスタートした魔力は、帆桁を伝ってマストの陣を通り抜けて、上辺左端の陣へ。そこからは縄を伝って中央の陣を通り抜け、下辺右端の陣、いま私達が見ている陣、下辺左端の陣へ。

 そうしてまたロープを伝って中央の陣を通り抜け、上辺右端の陣へと戻るというループということだ。

 前世で習った電気回路みたいなもんかなぁ。直列か並列かで豆電球の明るさが変わる……みたいな。

 でも電池代わりである魔力の源はどこなんだろう?

 ダルモンさんも詳しくは分からないらしいし、魔法のことなら、魔法が使えるお祖父様に後で聞いてみれば分かるかな?



「うーん?」


「気になるなら近くで見てみるか?抱き上げてやるぞ?」


「お願いします!」


「……お嬢さん、本当に公爵家のお嬢様か?」



 ちっとも物怖じしねぇなと苦笑しながらも、ダルモンさんは抱き上げてくれた。お祖父様ほどの安定感はないけれど、これはこれで悪くないと思えるのは眺めが綺麗だからかもしれない。

 右を見ればオレンジ色の屋根瓦で統一された街並み。左を見れば冬の冴えた日差しを浴びて輝く大河。

 正面に視線を戻せば、ファンタジーのド定番である魔法陣だ。

 どこを見ても生まれて初めて見るものばかりで、生きるのが楽しくて仕方がない。



「ダルモンさん。これ、触ってもいいですか?」


「いいぞ。でも爪は立てるなよ?削れたら陣が変わっちまう」


「じゃあ撫でるだけ」



 そろっと手を伸ばし、マストに刻まれた魔法陣を撫でた。

 線の一本一本に指を這わせて、文字もなぞる。見たこともない文字だ。なんて書いてあるのかまったく分からないし、どこから書き始めるのかも分からない。

 でも、本物の魔法陣なんだ。これが無い風を集めて、船を進ませるんだ。



「見てみたいなぁ……」



 これが風を集め、真っ白い帆が膨らむ姿を。

 ────そう思った、まさにその瞬間だった。

 ゴオオッと音を立て、冷たい風に強く背中を押された。



「おっと!」


「ふおっ?!」


「ブギュッ」



 ダルモンさんが踏ん張ってくれたので無事だが、フードが外れ、髪がまき上がる。バサバサと激しく揺れる上着のポケットからは毛玉の小さな悲鳴が聞こえた。



「び、びっくりしたぁ〜……」


「ちょうど抱いててよかったな……。お嬢さんが一人で立ってたら、今のは確実に落ちてたぞ」



 二人揃ってホッと息をつけば、下からはバッカス達の心配する声が聞こえた。手を振って無事だと伝えるけれど、もう一度吹き荒れては危険だ。

 ここはもういいな?、と言うダルモンさんにうなづき、慌てて……と言っても踏み外して落ちないように気をつけながら縄はしごが使って下へと降りた。

 が、両足を甲板につけて降り立ったつもりが、カクンと膝から崩れ落ちてしまった。



「お嬢様!」


「え、あれ?ん?」



 立とうとしても、足に力が入らない。

 駆け寄ってきたルアンの手を借りても、立ち上がることができなかった。

 するとそれを見たダルモンさんが声を上げて笑い始めた。



「なんだ、腰が抜けちまったか」


「なに笑ってんだオッサン!あの高さで風に煽られりゃあ大人だってビビるに決まってんだろ!」


「そういやバッカス、お前はお嬢さんぐらいの頃はあそこまで登れもしなかったな」


「今それ関係ねぇだろ!」



 ギャンギャン吠えるバッカスを尻目に、ルアンは「大丈夫ですか?」と立てない私を抱きかかえて船を降りていく。

 むむっ、安定感がない。さては子どもを抱っこするのは慣れていないな?

 でも立てないのだから文句は言わない。運んでもらえるだけありがたい。

 ルアンに運ばれながら、私は自分の右手を、魔法陣に触れた手のひらを見た。握って開いてを繰り返しても、足と違ってこちらはちゃんと動く。

 でもどこか違和感があった。



「ミシェル、大丈夫だったか?」



 陸に戻れば、船上での様子を見ていたらしいお祖父様が駆け寄ってくる。ルアンからふんだくる様に雑に私を抱き上げたのは、心配からということにしておく。



「ダルモンさんが支えてくださったので大丈夫です。ただ、ちょっと……」


「腰が抜けたのか」


「そう……なんでしょうか……?」



 一番しっくりくるお祖父様の腕の中でも、右手の違和感は消えない。

 なんだろう、これ。動くし、指だってちゃんと五本あるのに、なにかが無くなった感じがする。

 ポケットから顔を出した毛玉に手を見せても、どうかしたのと言いたげに鳴いて、可愛らしくすり寄ってくるだけだった。



「妙ですね。あのような突風、この時期にはめったに吹かないのですが……」



 とにかくご無事でよかったと息をつくカルノーさんの言葉に、お祖父様は「そういうこともあるだろう」と船を見上げる。



「ともかく面倒をおかけしましたな。ミシェル、お前も船が見れて満足だろう。礼を言いなさい」


「えっ!?船内も船首像も見てないのに、満足なんてしてません。カルノーさん、明日も来ていいですか?」


「お、お前という子は……!」


「ええ、構いませんとも」



 苦笑しながらもカルノーさんは頷き、遅れて船から降りてきたダルモンさんも「明日は船内だな」と豪快に笑いながら約束してくれ、思わずにっこり。

 しかしそれと同時に聞こえた



「この知りたがりは誰に似たんだ……」



 というお祖父様の苦笑まじりの呟きは、聞こえなかったふりをした。

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