55.貴婦人のための道化



 ジャン=クロード・エバーグリーン。

 私の知らない、エバーグリーン家の第一子。

 もう一人の従兄。もう一人の『ジャン』。



「さて、どうしたもんかな……」



 ぼやきながら古書店で買った取り替え子についての本を閉じ、お茶を飲む。

 帰り際におばあさんに渡されたマーマレードを溶かした紅茶は、ほのかに爽やかな柑橘の香りがして、頭をすっきりとさせてくれた。



「まぁ〜たジャン=クロードだよ」



 これで二度目だ。自分について知ろうとして、ジャン=クロードにたどり着いたのは。

 一度目の公爵邸の書庫では、何かに導かれるように視線があの黒い箱へと向かい、鍵付きのそれを叩けば勝手に開いた。

 そして今度は、大きめの半透明にお祖母様の肖像画へと視線を誘われ、手間取る使用人に変わって私が保管室の扉を開けた。

 状況が、あまりにも似ている。



「それで?きみは、私に彼のことを教えてどうしたいの?」



 向かいの席のいる大きめの半透明は、うんともすんとも言わず、そうかといって去ることもない。



「どうしてほしいのって聞く方が正しいのかな」



 黒いモヤと相対した時のような寒気や圧迫感は感じない。そこにいるのが当たり前に思えて、毛玉と出会った日のことが思い起こされた。

 その毛玉はと言えば、私が使わなかった紅茶用のミルクを盗み飲みしている。



「毛玉、通訳ってできる?」


「ブッ」


「ダメかぁ」



 ミルクでべしょべしょな口周りを拭いてやりながら、改めて半透明を見る。


 私が目にする半透明は多いけれど、ほとんどが小動物程度の大きさで、たまに小型犬ぐらいがいるだけだ。

 でも『それ』は明らかに他とは違う。幼い子どもぐらいはあるし、今のようにイスに座るような人間じみた仕草をすることがあった。

 下の方をブラブラと揺らす姿は、幼い子どもが、床に届かない足を揺らしている姿とよく似ている。

 私は再び本へと目を向けた。そしてテーブルに置いていたペンを取り、ノート代わりの便せんに書き込んだ。



「ジャン=クロードは私と同じ金髪で、金髪は精霊が……」



 ここで一つ、仮説を立てよう。

 十三年前に生まれたエバーグリーン家の第一子は、精霊が好むとされる金髪だった。大人達は大切な跡取りを守るため、クロードという中性的な名前をつけ、女の子の装いをさせた。

 だが取り替え子は、完全に防ぐことはできない。

 母親が第二子を妊娠中の、ジャン=クロードが二歳になるかならないかといった頃だろう。彼は精霊に拐われた。



「それを前提に考えると、いろいろと説明がつくんだよね……」



 第二子がジャン=ドミニクと名付けられた理由は、消えた兄の分も健やかにと願ってジャンとつけ、兄のように拐われないため中性的なドミニクをつけたのだろう。

 公爵邸の書庫で見つけた家系図は、取り替え子はまれに精霊が子どもを返してくれる場合があるらしいので、一縷の望みをかけて没年は書かなかったと予想できる。

 こじつけな気もするけど、ありえないとも言い切れない。



「そんなことがあって一年ぐらいで、私が……金髪の子どもが生まれたってなれば過保護になるのは当然だよ」



 金髪のくせ毛は消えた甥と同じ。

 パールグレイ夫妻は恐れただろう。自分達の娘も、甥と同じになってしまうかもしれないと。

 だから取り替え子を防ぐために策を講じた。

 まず名前。中性的なミシェルと、少し前に死した美しさと強さと兼ね備えた祖母に守ってもらえるように彼女の名前に一部を取ってマリーとつけ、ミシェル・マリー・パールグレイとした。

 さらにその程度で防ぐのは不可能だと知っていたため、娘に外へ出ることを固く禁じた。偶然にも娘は病弱だったため、「外へ出ると身体に触るから、屋敷の中でいい子にしていなさい」と丸め込んだ。



「外に出さなきゃこの前のドミニクちゃんみたい誘われることはないし、屋敷の中なら使用人の目があるから、いなくなってもすぐに気づけるもんね」



 公爵邸で引きこもり令嬢だった頃、超ド級のシスコンであるお姉様と過ごす時間が一日の半分以上だった。お母様が一緒の時も多い。

 私専属の侍女であるニナにいたっては、着替えや入浴の手伝いもあるので、就寝時を除けば別行動になる時間はとても短い。

 そのニナが休みの日は、別の侍女が私についてくれたし、そうでなくても公爵邸には使用人が大勢いるので廊下を歩けば誰かの目に入る。

 そもそもあの頃の私の行動範囲は、基本が自室か書庫か温室。まれにお姉様の部屋や、使用人のいる階下。あとは食堂か居間か学習室という、探すのに苦労しない行動範囲の狭いお子様だ。



「まあ、あの頃はちょっとしたことで具合が悪くなってたし、あれぐらい常に誰かが近くにいた方が都合がよかったんだろうけど」



 ジャン=クロードの存在を隠していたのは、病弱な娘に不安を与えないためと説明できる。

 遠乗りの日にお祖父様にバレッタを渡されたのも、精霊が鉄を嫌う性質から、身につけさせ拐われるのを防ぎたかったのかもしれない。



「でもぉ、うーん……都合よく考えすぎかな」



 考えを整理するために書き出した便せんを丸め、小さな火の揺れる暖炉に放り込んだ。

 この仮説を前提とした可能性はいい線はいっている気がするけど、これ以外ありえないと確信することもできない。

 そもそも、ジャン=クロードが取り替え子によって消えたという証拠はない。不慮の事故や流行病、もしかしたら私のように身体が弱い子だったかもしれないし、家系図に没年がないのだから生きている可能性だってある。

 さらに言えば私は今は銀髪で十歳だ。取り替え子の条件である金髪と七歳未満は適応されないのだから、引きこもり生活の理由を取り替え子対策とするのは不適格だ。



「……違う」



 徐々に灰になっていく便せんを眺めていると、思考に待ったがかかった。



「あの頃は私に出たいって意思がなくて……」



 私が庭に出るようになったきっかけは、自発的な行動。お父様に庭に出たいと掛け合ったことだ。

 その際、条件付きとは言えど、これまでの生活はなんだったんだと思うぐらいあっさりと許可がおりた。

 その条件とは、決して一人で出ないことと、屋敷裏の森に近づかないことの二つ。



「ドミニクちゃんは、この真冬に青い蝶に誘われて森に入った。誰かが見ていればそれを止めれるし、森に入るなって言っておけば私が自分で止まるはずだから、あの条件だった?」



 そうなるとやっぱり、私のこれまでの生活は、精霊による取り替え子が関係しているのか?

 だったら仮説は……。



「ジャン=クロードは、もう──」



 言いかけた途端、視界の端で動くものがあった。それまで大人しくイスに座っていた半透明だ。

 すうっと扉の方へと向かうのを、思わず黙って目で追う。そして扉にぶつかりそうになり「あ」と声を漏らす私をあざ笑うように、半透明は扉をすり抜けて去っていった。



「バグ技……!」



 突然のレトロゲームのバグみたいな光景に呆然。しかし魔法ファンタジー生物なら壁抜けぐらいできて当然かと、すぐに納得できた。



「毛玉、もしかして君もアレできたりする?」



 もしやと思って尋ねると、角砂糖を盗み食いしていた毛玉は「プゥン」と小さく鳴き、テーブルから飛び降りた。

 またもや黙って目で追えば、毛玉はちょこちょこと扉の前まで行く。そして一度振り返ってこちらを確認してから、



「ピッ!」



 ぴょんと飛び込むよう、真っ白い姿が扉へと消えた。



「できるんかいっ!?」



 毛玉は扉をすり抜け部屋へと入ってくると、誇らしげに毛を膨らませて鳴いた。

 時々部屋からいなくなることがあって、いったいどうやって抜け出しているんだと思っていたら……。まさか文字通りすり抜けていたとは驚きだ。

 それから何度か毛玉に壁抜けをやって見せてもらい遊んでいると、なんだか屋敷の中が騒がしくなっていくのが感じ取れた。



「なにかな?」


「プーピー?」



 毛玉を連れて部屋を離れる。バタバタと慌てた足音が聞こえるのは屋敷の北側、使用人達の領域である階下へと続く階段の方だ。

 何人もの使用人が上へ下へと動き、内容は分からないが指示を出すような声もぼんやりと聞こえる。



「ああっお嬢様、ちょうどよかった」



 忙しいなら邪魔になるかと思い、部屋へと引き返すと、廊下の曲がり角でバッカスと鉢合わせした。



「あれ?ルアンと一緒に、庭の落ち葉掃きしてるんじゃなかったの?」



 彼とルアンは私の護衛が仕事。しかし私が外出しないと暇になるので、そういう時は外で剣の稽古か、庭師や馬丁の手伝いをするようになっていた。

 終わったのか首をかしげる私に、バッカスは「それよりも大事なことが」と少し早口に言った。



「団長が帰ってきました」


「えっ?!」



 はしたないと怒られそうなぐらい大きな声が出てしまった。



「お祖父様が帰ってくるのは、明後日の予定じゃあなかった?」



 出発前にお祖父様がそう言っていたことは間違いない。

 しかも場合によってはさらに留守にすると言っていたぐらいなのに、逆に予定より早く帰ってくるとはどういうことだ。



「なんでも本邸に滞在する予定を、急きょ変更したらしくて。もう玄関ホールにいます」


「ああ、だから使用人達が慌ててるんだね」



 普段から掃除はしているけれど、主人の帰宅となれば完璧な状態で出迎えたいのが使用人心だと、昔じいやが言っていた。

 おまけにあと二、三時間もすれば夕食の時間だ。お祖父様の分の食材の用意と、その仕込みをしなければならない。

 お祖父様の事前連絡しない病は、使用人相手にも猛威をふるっているようだ。



「というか本邸に行くのを変更って、私との約束どうしちゃったんだろ」



 お兄様の様子を見てきてくれるって言ったのに。

 ブツブツと文句を言いながら、出迎えのため、特に急ぐこともなく玄関ホールへと向かう。しかし斜め後ろをついてくるバッカスが「それが……」と口を開き、続く言葉を聞いた瞬間、私の足は活発になった。

 大きなシャンデリア以外は目立った装飾はない、深紅の絨毯が引かれたホールの中央。侯爵家の品格と厳格さを感じる柱と同色の、こげ茶色の髪を持つ人がそこにいた。



「お兄様っ!」



 階段を駆け下りながら呼べば、従兄は振り返った。

 深緑色の目を大きく見開き、声は出ていないけれど、その唇が「ミシェル」と動くのがしかと見えた。



「もう身体は大丈夫なんですか?」



 バッカスはお祖父様はもうホールにいると言っていたけれど、どうやら再び外へ出たらしい。その大きな背中は開け放たれた玄関の向こうだ。



「……ミシェル」


「はい、ミシェルですよ?」



 駆け寄った私の耳に入ったのは、妙にカサついた、まるでついさっきまで声の出し方を忘れていたような声。



「お兄様、もしかしてまだ風邪気味ですか?」


「あ……ううん、大丈夫。ミシェルがこの屋敷にいるのが、ちょっと変な感じがして。きっと初めて見るからだね」



 体調は大丈夫だともう一度言って、お兄様は私の後ろに控えているバッカスに目線を移した。

 見知らぬ使用人が当然のように私のそばにいれば、不思議に思うのも当然だ。

 すぐさま私がここにいる間の護衛で、本当は王城勤務の騎士だと紹介する。すると頭を下げるバッカスに、お兄様は「ミシェルは意外と行動派だから大変だろう」と笑いかけた。



「そうっすね。外へ出るたびあっちへふらふら、こっちへふらふらで。突然消えそうで目が離せません」


「そういう時は呼べばいいよ。すぐに戻ってくるから」


「人を犬みたいに言わないでください!」



 プンスコ怒る私を見て、お兄様は褒めてるんだよと笑う。



「────ジャン?」



 突然の声だった。誘われて目を動かすと、簡単に折れてしまいそうなぐらい細身の、こげ茶色の髪の女性がホールへと入ってきていた。

 ジャンお兄様の母親、イザベル叔母様だ。

 お兄様同様に、叔父夫妻が来たことはここに来る途中でバッカスに聞いている。だから驚くことはないけれど、会うのはあまりにも久しぶりで、ほんの一瞬だけ誰だっけと思ってしまった。



「……ごめん」



 小さな謝罪とともに、お兄様は私から数歩離れた。

 それと同時に、叔母様が真っ直ぐにこちらへと歩み寄ってくる。

 従兄を引き止めることも、叔母に挨拶をすることも、声が喉につっかえてできない。

 何かがおかしい。じわっと違和感が胸に広がる。



「ジャン」



 二度目の呼び声。母親が幼い子を呼ぶ、自分が呼べば駆け寄ってくると分かりきっている柔らかい音色。

 途端、違和感は急速に形を変えた。



「……っ、叔母様!」



 ようやく出た私の高い声に、叔母様はぴたりと歩みを止めた。

 その位置は、すでに息子を通り過ぎている。



「お久しぶりです、イザベル叔母様。ミシェルでございます」



 黄緑色の目でまっすぐ見据えてから、令嬢らしくクリーム色のスカートをつまみ上げ、軽く頭を下げる。癖のある長い銀髪が揺れた。

 するとにこりと笑む私を見て、叔母は一拍遅れて薄い唇の隙間から「あぁ……」と声を漏らした。



「本当に久しぶりね、ミシェル。もう身体は大丈夫?」



 大きくなったわね、と叔母様は私の正面でしゃがみ、ほっそりとした指で頬を撫でた。

 こげ茶色の瞳には頷く私が確かに写っている。叔母として身体の弱い姪を労わる目だ。

 と、その時、もう一つ声が加わった。



「やあミシェル。久しぶりだね」


「ステファン叔父様!」



 私は叔母様の横をすり抜けた。

 棒立ちの従兄の手を掴み、遅れて玄関をくぐる叔父様とお祖父様に駆け寄る。

 お久しぶりですと挨拶をする私をまじまじと見てから、叔父様は「元気そうでよかった」と柔らかく微笑んだ。

 癖のない金髪に、深緑色の瞳。顔立ちはお祖父様に似ているけれど、お祖父様ほど鍛え上げられた体格はしていない温厚そうな男性。

 私は前世の記憶で十六歳のジャン=ドミニクの容姿を知っているから、そんな叔父様とお兄様の違いは髪色だけだとよく分かった。



「ミシェル、儂におかえりは言ってくれんのか?」


「おかえりなさいお祖父様。予定より早く帰ってきたのは、ご自分が本邸に泊まるんじゃあなくて、叔父様達をここに泊まらせることにしたからなんですね」


「ああ。ジャンの様子が気になるなら、連れてきた方が手っ取り早いだろうと思ってな」



 お祖父様はいつも通りガシガシと雑に私の頭を撫で、一番の土産だろうと笑う。



「もちろん土産は他にもあるぞ」


「ありがとうございます。でもその前に、お兄様とちょっとだけ外へ行ってきますね」


「今からか?もうじき暗くなるから明日にしなさい」


「ルアンを紹介したいんです。行きましょう、お兄様」



 お土産は部屋に運んでおいてとバッカスに頼み、ジャンお兄様の手をぐいぐい引っ張って庭へと出た。


 ルアンが外にいないことぐらい分かっていた。たまたまバッカスの方が私を見つけるのが早かっただけで、彼も私にお祖父様の帰宅を報せようと屋敷の中にいるはずだ。

 あの場から離れる理由にちょうど良かったから使ったに過ぎない。

 理由なんてなんだっていい。ただただ、離れたかった。あの目の前の存在を正確に見ようとしない、しかもそれが当たり前になっている異常な空間から。



 ────ああ、私はなんてマヌケなんだろう。やっぱりあんなの全部、自分に都合がいい妄想でしかなかった。



 私は従兄を連れて、夜が近づいてきている庭を歩きながら奥歯を噛み締めた。

 頭の中にあったたくさんの欠片が、叔母という中心ができた途端、それぞれあるべきところへ収まっていく。

 全貌が見えたわけではない。欠片が足りないから穴だらけだし、どこにも収まらない宙ぶらりんな欠片もある。

 それでも、輪郭を捉えることができた。



「私はミシェルです。アロイスとセシリアの娘の、ミシェル・マリー・パールグレイ以外の何者でもありません」



 前へと進みながら、後ろの従兄へ向けて口を開く。



「そのミシェルがお兄様と呼ぶのは、あなただけです」



 握った手が小さく跳ね、息を呑む音が聞こえた。



「ミシェル……まさか、思い出して……」


「やっぱり、私が昔のことを覚えていないこと、知っていたんですね」



 思い出してはいませんよと訂正すれば、しまったとばかりにジャンお兄様は黙り込む。

 けれど今の発言で分かることが増えた。

 私の周りの人は、私が三年以上前のことを何一つ覚えていないと知っている。──まあ、ああも徹底的に過去を隠されていればもしや……と誰だって感づくだろう。

 さらに、お兄様が私をまるで乙女ゲームのジャンルートに入った主人公のように扱うのは、そうなるだけのことが三年以上前にあったのだろう。しかも『ジャン』が関係している。



「覚えてはないし、『ジャン』って名前はありふれてるけど……。でも昔も今も、これから先も、私にとってお兄様はジャン=ドミニク・エバーグリーンだけです」



 記憶があろうがなかろうが、関係ない。

 私にきょうだいは姉しかいないし、いとこも彼しかいないのだから、お兄様と呼ぶに相応しい人は世界中でたった一人だ。

 これは従妹である私にしかできないこと。彼もそれを望んでいる。

 だったら何度でも、いつまでもそう呼び続けよう。



「お兄様」



 足を止めて、振り返る。



「あなたの望みは、なんですか?」


「望み……?」



 呆然と呟くその顔は、ずいぶんと幼く、頼りないものに見えた。



「私、前に言いましたよね。わがままを言うのは子どもでは当たり前のことだと。あなたは私にとってはお兄様だけど、十一歳なんです」



 十一歳。そうだ、彼は十一歳の子どもだ。

 例え名門侯爵家の子息で、幼い頃から祖父から剣を習って、第二王子と友人関係という、誰もが羨む明るい将来が約束されていようとも。

 今はまだ、子どもなのだ。



「あなたは『それ』を、自分勝手なわがままで、望んではいけないと思ってる。だから口に出さない。でも、言っていいんです」



 本当は、今すぐ私が動いたっていい。それを望んでいる人もいる。

 しかしそうしないのは、私が、お兄様が大事だからだ。



「私にじゃあなくたっていい。お祖父様でも、叔父様でも、部屋で独り言としてでもいいの。一度でいいから、口に出してみて」



 もうここまで言えば、私がすべてに気がついていることを察したはずだ。

 そっと手を離し「ルアンは外にいないみたいですね」とあからさまに話を変えて屋敷の戻ることを提案すれば、案の定、急にどうしたんだとも、なんの話だったんだとも言われなかった。

 灯りがともり始めた屋敷へと無言で戻る。ちらりと後ろを見れば、ぼんやりとした様子で私に続くお兄様と、もう一つ。

 ────いや、もう一人。



「…………」



 何をしてくるわけでもなく、こちらの様子をうかがうように一定の距離を保ちながらついて来ていた、姿形がはっきりしない半透明な小さな存在。

 私と、私の望みを叶えようとする黒いモヤの距離感に、とてもよく似ている。



 だから分かったよ。

 きみが、自分のせいで苦しむ弟の望みを叶えてあげたくて、そこにいるということが。

 でも自分ではどうにもできないから、私に自分のことを教えて、代わりにどうにかしてほしいと思っているということが。



 そうなんだよね?

 ジャン=クロード・エバーグリーン。

 





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