26.フラグはいつの間にか建っている



 早馬が来るなり急ピッチで用意されたであろう茶席は、庭の花が最もきれいに見渡せるガゼボだった。

 屋根はあるが壁はないお陰で、時おり柔らかく風が吹き抜け、夏が近い今の季節にお茶を楽しむにはもってこいだろう。


 だがしかし、メンバーが最悪だ。


 お姉様にジャンお兄様にエリック王子、そして私の四人だけ。両親とお祖父様、エリック王子に付き添っていた王宮の役人らしき人は、私達とは別に応接間で話をするらしい。

 未来の悪役令嬢と、未来の攻略対象が二人に囲まれている。メインキャラクター達の行動によって運命が決まるモブの私にとっては、胃がキリキリする状況だった。



「まさかミシェルと外でお茶をする日がくるなんてね。ちょっと信じられないよ」


「何を今さら……」


「そうだね。一緒に遠乗りにも行ったもんね」


「お祖父様に誘われて!お祖父様の馬に乗って!ですけどね!」



 沈黙を破ってくれたのはありがたいけど、お姉様を煽るのはやめていただきたい。

 メンバーだけでも厄介だと言うのに、四人で囲んでいるのは丸テーブル。つまりお姉様を私とエリック王子で挟めば、必然的に正面はジャンお兄様になるということ。

 お陰でお姉様は最愛の妹と初恋の王子様に挟まれてのお茶は嬉しいが、天敵の顔を正面から見ることになって心底不愉快といった表情なのだ。

 エリック王子の前だから微笑んではいるけど、目が笑っていない。



「ところでお兄様。早馬ではエリック様がいらっしゃると伝えられただけで、どんな用があって来るのか、どうしてお兄様も一緒なのか、私もお姉様も知らないんですけど」


「なんでだと思う?」


「そういうのいいから説明してください」


「今日はご機嫌ななめだね」


「もういいです。エリック様に聞きます」



 相変わらず言葉のキャッチボールが成立しない従兄を無視して、私は正面の席でお茶を飲むエリック王子を見た。



「エリック様、本日のご用件は?」



 視界の端で、お兄様がにこにこと楽しそうに微笑みながら焼き菓子の乗った小皿をスッと私の方に寄せるのが見えたけど、それでも無視しておく。

 甘い物で機嫌を取ろうとしても無駄だからね!



「お前達に話があってな」


「お・ま・え?」


「二人に話したいことがあって、パールグレイ公に無理を聞いてもらった!急な訪問は申し訳なく思っている!」



 この前会った時に人を「お前」と呼ぶのはやめろと言ったのをチラつかせると、エリック王子は慌てて言い直した。しかも謝罪つき。

 私に伸びた鼻っ柱をへし折られた効果だろう。



「わ、私達にお話しですか……?」


「ああ」



 婚約の話をされるのだろうと思ったのか、お姉様は不安を滲ませる。

 しかしエリック王子はお姉様ではなく私を見ると、深呼吸を一つして「まずは……」と躊躇いがちに口を開いた。



「俺は、命の恩人に礼を言ってなかった。それどころか俺がいかに傲慢かを教えられた。ありがとうなどという簡単な言葉で片付けていいことではない」


「はあ」


「あの後、お前の言葉を何度も思い出して、何度も考えた。それで気づいたんだが、俺は王子に生まれた俺にしかできないこと、やらなければいけないことを考える前に、人として成長しなければならないと思う。それぐらい未熟だと気づいた」


「へえ」


「だからお前には、また俺が間違えたら遠慮なく指摘してほしい。それでいつか、お前が命を助けて良かったと心から思える男に、俺はなろうと思う」


「ふーん。では、さっそくよろしいでしょうか」



 ひらひらと近づいてきた蝶を指に止めながら聞いていたけれど、指摘していいと言うならさせてもらおう。

 エリック王子はえっもう?、という顔をしながら「なんだ?」と首をかしげた。



「やり直し」


「……は?」


「事前に誰かに相談して考えたことを丸暗記しましたね?つっかえることなく暗唱できる記憶力は称賛に値しますが、自分の物ではない言葉が誰かに届くわけがないでしょう。薄っぺらです。陳腐です。だからやり直し」



 なにが「俺はなろうと思う」だ。知らねぇよ、勝手になってろ。そんな下らないこと宣言するためにわざわざ来たのか。帰れ。二度と来るな。そして二度とお姉様に近づくな。ていうかまた「お前」と言ったな?

 言いたいことは山ほどあるけれど、令嬢が王子に言っても許されるであろうことだけを淡々と口にした。

 すると話の流れが分からず私とエリック王子の顔を見比べていたお姉様は、さあっと顔を青ざめる。



「ミ、ミシェル、エリック様にそんなことを言ってはいけないわ!」



 お姉様の声に驚いて、蝶は慌てて指から飛び去ってしまった。

 あらら、領地では見たことがない蝶だったから、もうちょっと観察したかったのに……。



「いいえ、お姉様。私はエリック様から間違いを指摘してほしいと頼まれたから、それを実行しただけです。むしろまだまだ言い足りないぐらいです」



 給仕の使用人、エリック王子の護衛である騎士、周囲に待機していた全員の顔も真っ青。ばあやなんて耐えきれずに倒れて、若い騎士に支えられている。

 ぽやっとした温室育ちのお嬢様が、自国の王子様にダメ出ししたうえにリテイクを要求するとは夢にも思っていなかったのだろう。

 でも私はもうすでに二回も……と言うより会うたびにダメ出ししているし、一度目なんか顔面に頭突きをお見舞いして黙らせている。今日は二人きりではないから、かなり優しくしているぐらいだ。



「エリック様。さきほどの言葉がすべて嘘だとは思っていません。ですが私はあなたが愚かで無礼で不遜で――」


「ミシェル!」


「自尊心に手足が生えたような――」


「ミシェル!」


「見栄っ張りで意地っ張り――」


「ミシェル!」


「お姉様。ミシェルはエリック様のための心を鬼にして言っているのです。お姉様もエリック様を思うなら、三分だけお口を閉じてください」


「ミシェル、今日はかなりご機嫌ななめだね」


「お兄様も黙ってて」



 茶葉の蒸らし時間を計るために用意してあった砂時計をひっくり返して、お姉様の前に置いておく。

 そしてコホンと咳払いをして仕切り直す。



「いいですか、エリック様。私はあなたが傲慢で未熟だなんてことは最初から分かっています。そんな相手に、なにを今さら取り繕おうとしているんですか。そういうところが未熟なのです」



 前世の記憶がある私から言わせれば、公爵令嬢と婚約中のくせにぽっと出の伯爵令嬢とイイ仲になる攻略対象なんて傲慢でしかない。エリックという男の人間性は、こうして出会う前から分かっていたことだ。



「あ、ああでも言わないと、お前は納得しないと……」


「今の私が納得しているように見えますか?見えるなら今すぐ帰城して宮廷医に診てもらってください」



 ズバァッと切り捨てると、エリック王子は「ぐう」とうめいた。



「下手くそでもいいんです。まとまってなくてもいいんです。相手に伝えたいと強く思っての言葉なら、めちゃくちゃでも相手に届くんですよ。―――と言うわけで、はい、もう一度」



 どうぞ、と手を差し出してリテイクを促す。

 右隣は砂時計の砂をじっと見て早く落ちろと念じているし、左隣は両手で頬杖ついてニマニマと愉快そうに静観しているけれど、どちらも無視しておく。



「さ、さっきの言葉は……嘘ではない……」


「はい」


「……やらなければいけないことも分からないし、今の俺に何ができるかも、よく分からない。俺はまだ、そこまでにはなれてない……と思わないこともない」


「私も、あなたがすぐに分かるようになると思っていませんので大丈夫です」


「……だから……ま、まずはお前に言われた通り、顔を上げて、周りを知るところから、はじめてみようと思った」


「そういう言葉は、実際に顔を上げて言いましょうね」


「む……。それで、あとはあれだ……」



 あれってどれだ。

 顔を上げたエリック王子の言葉を黙って待つと、灰色の瞳が揺れる。



「……あ、ありがとう。あの時お前がいてくれたから、俺はケガもしないで、今こうして生きて、自分を見つめ直すことができた」



 ふっ、と。笑みが浮かんだのは無意識だった。



「先日も申し上げましたが、私はあなたに感謝されたくて行動したわけじゃあありません。あなたは私の誘拐に巻き込まれて、私の自己満足に利用されただけです」


「お、お前なぁ、人が礼を言っているんだから素直に受け取れ」


「もちろん受け取らせていただきますよ。ですが最後にもうひとつ、あなたのお考えを正しておきましょう」



 ゆったりとティーカップに口をつける私に、エリック王子はまたかと嫌そうな顔をした。



「無事に逃げ出せたのは、私だけの力じゃあありません。たしかに情報を集めて発案したのは私ですが、あれは運が味方をしてくれて、さらにあなたが一緒だったからできたこと」



 そう、あれは私だけの力じゃあない。

 私が時間を稼いでいる間に、毛玉が外までの脱出経路を調べてくれて、外に出てからはエリック王子が安全な表通りまでの道を知っていたからだ。最終的にはお父様と騎士達が駆けつけてくれたから助かったわけだけど、私だけだったらあそこまでスムーズに事は運ばなかっただろう。

 それが事実だ。助けてやったんだぞと思い上がるつもりはさらさらない。



「領の屋敷でしか生きてこなかった私には、王都の道なんて分かりませんでした。でもエリック様、あなたが先導してくれた。あなたは私がいたから助かったように、私はあなたがいたから助かったんです。だから私達は、二人で協力して助かったんですよ」



 「そこを間違えないでください」と言うのを最後に、私はちょうど砂が落ちきった砂時計をお姉様の前から回収する。

 するとお姉様はよっぽど我慢していたのか、ぷはっと息を吐き出して、エリック王子に詰め寄った。



「そうでした!エリック様、ミシェルを助けてくださりありがとうございました。あの日、私はまたこの子を失うかと思うと怖くて、ただ泣くことしかできませんでした。それにエリック様まで拐われたと聞いて、私は……私は……」



 ――――

 あの日の恐怖を思い出して震えるお姉様に、かすかな違和感を抱いた。が、すぐにお姉様が顔をあげ、ふわりと安堵の笑みをエリック王子に向けたことですぐに胸の内から消えた。



「またこうしてお会いすることができて、本当に良かった……」



 ああ、なんて健気なことか。会えるだけで嬉しいなんて、とても五年後に悪役令嬢になって罪を犯すなんて想像できないぐらいに健気でピュアだ。


 ところでしれっと誘拐事件の話題を出しているけど、あれには箝口令がしかれて関係者以外は知らないはず。それなのになぜ左隣の従兄は、驚く様子もなく当たり前のように座っているのだろう。

 お姉様にも心配をかけたことにオロオロしているエリック王子から視線を外して、その事をジャンお兄様に聞いた。



「そりゃあ僕も知っているからね」


「どうして?」


「うーん、僕とエリックは……なんだろ?幼馴染み?僕も昔からお祖父様に連れられて城に行くことがあったから、彼とも何度も会って遊び相手になってたんだよ」


「……初耳なんですけど」


「初めて言ったからね。だからミシェルの従兄でエリックの幼馴染みとして、二人の誘拐についてはお祖父様から聞いているよ。その方がなにかと都合がいいからって」


「箝口令の意味」



 というか、攻略対象である二人が幼馴染みぃ?

 ゲーム内でも同級生だからそこそこ親しくしている描写はあったけれど、幼馴染みなんていう情報はなかったはず。前世の私にとっても、今の私にとっても、これは初めて知った情報だ。

 これは、もう一人いる同級生キャラとも何かしらの縁があるかもしれないな……。

 げぇ~と思いながらも疑問は解決。お姉様達の方に視線を戻そうとした、まさにその時だった。

 エリック王子が、お姉様の名前を呼んだ。



「今日は、お前にも話したいことがあるんだ。聞いてもらえるか?」


「は、はい」



 そういえば私達二人に話があると言って、次いで「まずは……」と私と話し始めたんだった。



「正直に言うと俺は、これまでお前が俺に近づいてくるのは、俺が第二王子だからだと思っていた。だからお前との婚約が保留になった時、かなりホッとした」


「えっ……」



 おいコラ、この不遜者。お姉様を傷つけるつもりならその整った顔面に銀食器ぶん投げるぞ。

 エリック王子しか見えていないお姉様の背後から、無言で睨みながら曇り一つない銀のフォークを高く掲げる。するとエリック王子は慌てて「思っていた!過去形だ!」と訂正し始めた。



「そ、そう思っていたのは、俺がお前のことを知ろうとしないで勝手に決めつけていたからだ。だがこの前、お前の妹にその間違いを指摘されて、今日ここに来る前にもジャンからお前がそういう人間ではないと教えられた」



 お姉様は目を見開いて、私とお兄様を見る。

 私は先日王宮でエリック王子と会って話をしたことは、お姉様に言っていなかった。初恋相手を忘れられないお姉様に、その相手の話題を聞かせたくなかったからだ。

 それよりも、お兄様がお姉様のことを擁護するようなことを言っていたとは私も驚きだ。

 お姉様同様にお兄様を見れば、黙って肩をすくめられた。

 いったいどういう風の吹き回しなんだろう。



「これまで何度も会っていたが、そんな風に思っていた俺はお前に不快な思いをさせていただろう。……その、すまなかった」


「そ、そんな、私は……」


「それで、こ、ここからが本題なんだが……」



 急にしどろもどろになるエリック王子。

 また、嫌そうな予感が胸に広がる。



「さ、さっきのやり取りを見ていた通り、俺は未熟で、お前が思い描いていたような人間じゃないはずだ。……だが今後、変わっていこうと……お前が想ってくれるにふさわしい男になりたいと思った」



 ――――ん?



「それと、俺はお前のことを知ろうともしてこなかったし、お前も見栄を張った状態の俺しか見ることができなかったはずだ。今の俺達は、将来を約束できるほど、お互いを知らないんだ。だからこれからはお前の……ソフィアのことを教えてほしい。そして変わっていく俺を、見ていてほしい」



 ――――んん!?



「その先で俺はソフィアの理想とは離れてしまうかもしれない。それでももし……もしもまだ俺を想ってくれていたら、その時はもう一度……。いや、今度は俺から直接、婚約を申し込んでもいいだろうか?」



 灰色の瞳が、じっとお姉様のサファイアブルーの瞳を見つめる。するとお姉様はガゼボを囲うバラの花よりも赤くなり、戸惑ったように俯いた。

 いたずらな風がさらさらな銀髪を揺らし、真っ赤な耳を露にする。

 そしてお姉様は決意したように顔をあげ、



「は、は――」


「ちょぉおおおおおっと待ったぁあ!!!!」



 お姉様が「はい」と言い切るより早く、私は声を上げた。

 テーブルにバンッと両手をついて立ち上がれば、紅茶がこぼれ、私の肩でうたた寝をしていた毛玉が転がり落ちる。



「なぁ~~~~にが見ていてほしい、だ!あなたみたいな未熟者が真っ当になるのを待っていたら、お姉様がしわしわのお婆ちゃんになってしまうに決まっているじゃあないですか!そんなことが許されるものかぁ!」


「ミ、ミシェル、落ち着いて……!」


「あーあ、まずいぞエリック。ミシェルは普段無口で大人しいけど、一度キレると相手が再起不能になるまで止まらないんだ。僕も久しぶりに見たなぁ、ミシェルのこれ」


「そこまでか?!あ、まて、身に覚えがあり過ぎるぞ……」



 なぜだ、なぜこんなことになった!

 乙女ゲームでは、エリックは十六歳になってもソフィアを嫌って、その代わりに第二王子の肩書き関係なくただのエリックとして自分を見てくれた主人公に強く惹かれていく。

 そうだ。見栄っ張らなくてもいいと主人公が教えてくれたから。あるがままの自分を想ってくれる人がいると気づくことができたから、エリックは変わることができて、家の権力を使って好き放題するソフィアを切り捨てたのだ。

 それなのになぜ主人公と出会っていない十一歳のエリック王子が、主人公にするようなアプローチをお姉様にしているんだ。

 十一歳の彼の中で何があった。いったいどこの誰が、主人公の代わりに気づかせた……!?



 ……ん?ちょっと待てよ?

 それって私じゃあないか?

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