20.リアル脱出ゲーム開始




「ま、待て!ずっと聞いていたが、脱出に必要なことを聞き出せたとは思えないぞ。それに時間がないって……」



 訳が分からないと言いたげに眉根を寄せるエリック王子。

 この様子では脱出作戦を開始しても、すぐにパニックになって足手まといになりそうだ。

 この人の命を救うための作戦中にそうなってもらっては困る。仕方がない。少し説明をしてあげるとしよう。



「いいですか、さんざん言いましたがこの誘拐のターゲットは私。そして誘拐犯は身代金ではなく、私を拐うこと自体が目的で、私を傷つけることはしないと言っていました」



 拐うために意識を奪う手段がエリック王子は後頭部をぶん殴るという強引さだったのに対し、私は薬を使って緩やかに気絶させたのだから、傷つけないというのはおそらく本当だろう。



「裏を返せば、おまけであるエリック様がどれだけ傷つこうと関係ないということです。実際あの男はそう言いました。聞きましたよね?」


「ああ。俺を踏むとか何とか言っていたな」


「そして私は男達が部屋を出てから話していたことを盗み聞きしましたけど、やっぱりあなたを王子だと知らず、どこかへ売り飛ばすつもりのようです。状況が変わったとは、こういうことです」


「な……!?」



 今の状況がどれだけ危険か、悠長に助けを待っている場合ではないという事を包み隠さず教える。するとエリック王子の整った顔からさあっと血の気がひいた。



「でも良い情報もゲットしましたよ。どうやらここは王都、それも城から一時間以内で移動できる場所のようです」


「そうか!だから時間を聞いたのか!」


「はい。それから連中は私達をさらにどこかへ連れていく算段をしていましたから、逃げるなら今しかありません。人通りのある場所にさえ出れば、私達の勝ちです。エリック様、王都の地理はお詳しいですか?」



 私は普段領地で生活していて王都は詳しくないと言えば、エリック王子は力強く頷いた。



「任せろ。よほどの裏道でなければ、把握しているつもりだ。だがそもそもこの部屋には鍵が掛かっているんだぞ?それに出口を探す途中で男達に見つかるかもしれない」


「ご心配なく。脱出ルートはもう分かりましたから」


「はあ?」


「私がなんのためにあの男と長話をしたと思っていたんですか?」


「脱出に必要な情報を集めるためだろう?」


「それもありましたけど、本命は時間稼ぎ。この部屋から出口までの最短ルートを調べていたんですよ!」



 まさかここまで計画通りにいくとは思わなくて、ついニヤァと笑ってしまう。

 すると肩に乗る毛玉も「プププッ」と、エリック王子の間抜け面を笑うように鳴いた。


 誘拐犯共が扉を開ける直前、私は肩にいた毛玉にこう囁いたのだ。

 ――――どうにかして話を引き伸ばす。毛玉は扉が開いた瞬間外へ出て、出口を探してきて。

 すると毛玉は了解と言わんばかりに元気よく「ピッ!」と鳴いて床に降りると、開けられた扉からローブ男と大柄男と入れ違いに部屋を出ていった。見届けた私は情報収集を兼ねつつ、毛玉が脱出ルートを調べて戻ってくるまでの時間を稼いでいたというわけ。

 毛玉は私にしか見えない。この特性を利用し、正面突破をさせてもらったのである。

 連中は私が魔法が使えないポンコツ令嬢だとは知っていたようだが、ちょっと変わった可愛くて賢い相棒がいることは知らなかったようだ。

 バカめ!一度死んだ記憶を持つ転生者である私の生きることへの執念を甘く見たお前らの負けじゃ!あーはっはっはっはっ!!



「お、おい、何を考えているか知らないが、その顔は……」



 ドン引きした顔でそう言われてしまった。

 婦女子の顔面造形をどうのう言うのは失礼だと思う。どうせ私はモブ顔だよ。



「とにかく、連中が私達を運ぶ準備を済ます前に脱出です。作戦を説明するので、よく聞いてください」



 頭のなかで組み立てた作戦をエリック王子に説明する。すると無茶苦茶だと言いたげな目をされたけれど、今の私達がとれる行動で最も成功率が高いことをさらに説明すればようやく納得してくれた。



「じゃあ、貸してください」


「……や、やっぱり他の案にしないか?なんだったら俺が魔法で扉を燃やしてしまえば……」


「唯一の脱出口を火だるまにして、そこをくぐって出るつもりですか?最悪、出る前に煙を吸って死にますよ」


「ウッ、それは……」


「ほら早く。男は度胸ですよ」


「おいバカやめろ!あークソッ!分かった、渡す、渡すから引っ張るな!」



 時間がないんだから早くしてよと行動で主張すれば、エリック王子はやけくそ気味にを渡してきた。

 受け取ったを、天窓を見比べながら振り回せば、ヒュンッヒュンッと風を切る音が部屋に響く。



「始めるので、エリック様はそちらへ離れていてください」


「あ、ああ」



 部屋の隅に避難するエリック王子の強張った顔から視線を外し、もう一度顔を上げる。

 大丈夫。天井は高くない。例え一回で成功しなくても、何度か挑戦すればうまくいくはず。いや、何度でもやって、絶対に逃げ出してみせる。

 私は肩で励ますように鳴く毛玉に頷いてを――――エリック王子から追い剥ぎしたゴツいバックルのついたベルトを、投石の要領で上へとぶん投げて、天窓をかち割った。



「そぉおおおいっ!!!!」



 響く甲高い破壊音。降り注ぐガラス片。

 真下にいたわけではないので逃げる必要もないので、慌てず騒がず、ゴトンと落ちてきたベルトをガラス片の中から回収してエリック王子のもとへ駆け寄った。

 すると物音を聞き付けて、誘拐犯達がこの部屋に走ってくる激しい足音が聞こえた。扉の向こうで「早く鍵を開けろ」と喚いているのが聞こえる。

 私達がその場から一歩も動かず息を殺していると、荒っぽく扉が開いた。



「兄貴!ガキ共がいません!」


「チクショウッ!だから縄を解くなっつったのによぉ!おいお前ら、全員外出て探せ!ガキの足ならまだ近くにいるはずだ!」


「でも貴族は魔法を……」


「なんのためにあの縄があると思ってんだ!あれで縛っちまえばただのガキだ!」


「あ、そっか」


「特に茶髪の坊主を探せ!あれは俺らの取り分だ!」



 にわかに建物内が騒がしくなり、足音が遠のき、そして静かになる。

 私とエリック王子は、開けっぱなしの扉の影からひょっこり顔を出した。



「うまくいきましたね」


「まさかこんな古典的な手が通用するとはな……」


「灯台もと暗し、というやつですよ」



 魔法を使える人間を閉じ込めていた部屋で、窓が割られて二人の姿が見えなければ逃げたと思い焦るだろう。案の定、誘拐犯の男達は勘違いして室内を探さなかった。

 バカだなぁとも思うけれど、そのお陰でこうして脱出作戦第一段階が成功したのでありがたく思う。



「それにしても、まさか一回でガラスを割るとは……。流石は王室ご用達のベルト、いい素材使っていますね」


「俺はベルトで天窓を割ることを思い付いて成功させたお前が怖い。あと早く返せ!ズボンが落ちる!」


「目的のためなら使える物はなんでも使うたちなだけです」



 パンツを晒したくなくて両手でがっちりズボンを押さえていたエリック王子に、この作戦の最重要アイテムであったベルトをお返しする。

 貴族令嬢が王子様の身支度を見るわけにはいかないので、目をそらす間に、毛玉に廊下に人がいないか確認してもらった。



「誰かいる?」


「ブーッ!」


「よしっ、じゃああとは道案内よろしくね」


「ん?なにか言ったか?」



 小声だったけど、至近距離だったので聞こえてしまったらしい。ベルトを着け終え首をかしげるエリック王子に、「独り言です」と首を振って誤魔化した。



「ここからが一番大変ですよ。心の準備はいいですか?」


「今さらだな。せっかくお前がつくったチャンスを、この俺が無駄にするわけないだろう」



 エリック王子は、自信家俺様属性らしく自信たっぷりに言った。だったら遠慮なく、脱出作戦第二段階を始めよう。

 私達はそろりそろりと廊下を出ると、道順を知っている毛玉に先導を頼み、行動を始めた。

 監禁部屋のあった階はやっぱり屋根裏だったらしい。パールグレイ邸にも屋根裏部屋はいくつかあって、そこは若い女性使用人の寝室に使われていた。そこをもっと古くさせたような雰囲気だから、ここは没落した上流階級の屋敷かもしれない。

 毛玉に先導され、私、エリック王子の順で階段を降りると、予想通りの廃墟となった屋敷の廊下だった。割れた窓から王都の町並みが見えるけれど、私にはここが城からどれぐらい離れた場所か分からない。



「……まずいな……」



 同じように外を見ていたエリック王子が、小さな声で呟いた。



「ここは王都の東側だ」


「東の何がまずいんですか?」


「東側は貧民街があるんだ。東に行けば行くほど治安が悪くなるから、俺も近づいたことはない」


「じゃあ道は……」


「いや、それは大丈夫だ。あそこの高い塔は王都で一番大きな教会の鐘楼。あれが近いからここは貧民街の入り口あたりで、教会の方へ向かえば大通りに出るはずだ」



 外に出てからのことは、エリック王子に任せるしかない。だから私はまず、この廃墟屋敷を二人と一匹で確実に出られるように全力を出すだけだ。

 頷き合い、歩みを再開させた。

 窓があるならそこから抜け出したいけれど、ここは二階だから危険。走るのも、この廃墟内には誘拐犯の仲間が残っている可能性があるから、足音で見つかってしまうかもしれない。

 焦るな。焦って見つかれば、二度と脱出のチャンスはこなくなる。

 ゆっくり、ゆっくりと足音をたてないように進み、毛玉の案内で一階へと続く階段を下りた。

 そして向かうのは玄関ではなく、毛玉が見つけておいてくれたガラスが割れ落ち枠だけになった窓。そこから庭と言っていいのか分からないぐらい荒れた庭に人がいないのを確認してから外へ、さらに敷地を囲う鉄柵の隙間を子どもの小柄さを利用してすり抜けた。



「で、出られたな……」


「まだ安心しないでください。連中が私達を探し回っています」



 ほっと息を吐くエリック王子の腕を引っ張って、一旦路地の物陰に隠れる。そして周りを見回して、ここが貧民街の入り口と言った意味が分かった。

 道に人通りはなく、建物にもひび割れやキヅタが絡んでいて、人が住んでいる雰囲気はない。もしかしたら住んでいるのかもしれないけれど、王城へ向かう馬車の中から見た華やかさはまるでなかった。

 空は晴れているのに、どこか薄暗く見えて、空気も澱んでいる気がした。



「エリック様、カツラを取ってください。連中は茶髪を目印に、あなたを自分達の取り分だと言って捕まえようとしています。色が違えば少しは誤魔化せるはずです」


「だったらこれはお前がかぶれ。お前の髪もかなり目立つぞ」


「ありがたいですけど、この量と長さはカツラに収まらないでしょう」



 カツラが外され、露になる赤い髪。今さらながら本当にエリック王子だったのかと思ってしまった。

 それから長い天パのボリュームを舐めてもらっては困る。この髪は毎晩侍女たちがかなりの時間をかけて洗い、乾かすのだって二人がかりなのだ。

 丁重にお断りをしている、その時だった。



「……っ」



 ぞわり。お茶会の最中に感じたものと同じ寒気と重圧を、背後から感じた。

 あの謎の陽炎のような揺らぎが、後ろにいる。

 振り返るな。気付いていないフリをしろ。少しでも反応したら――――



「どうした?」


「……と、とりあえず近くに人はいないようなので、ここから離れましょう。連中はいずれ、ここに戻ってくるはずですから」


「そうだな。教会は……こっちだ!」



 私の肩で毛を逆立てて後ろを威嚇していた毛玉を落とさないように支えながら、駆け出したエリック王子を追う。

 教会の鐘楼を見失わないように時々立ち止まり、人の気配がしたら物陰に隠れてやり過ごす。そうしているうちに鐘楼はどんどんと大きく見えてきた。

 しかし、元ひきこもりのポンコツである私の体力は限界に近づいていた。

 次第に体が重くなり、呼吸をするたびに喉がヒューヒューと音をたてる。走って体温が上がっているはずなのに、指先がどんどんと冷たくなっていく。

 最終的には、先を走るエリック王子に追い付けなくなっていた。



「おい、大丈夫か?!」



 立ち止まって胸を押さえる私に、エリック王子が駆け戻ってくる。

 手の下の心臓は、これ以上激しく動いたら壊れてしまうんじゃないかと思うぐらい、バクバクと脈打っていた。



「……ごめ、なさ……わたしは、あまり……」


「走れないのか?」



 息が上がってしまいうまく喋れないので、頷いてどうにか意思を伝える。

 前世だったら、この程度で根を上げることはなかった。でも今はこの身体だし、なによりあれからずっと例の揺らぎが一定の距離を保って後をついてきているのだ。まるでこちらの様子を伺っているように。

 それがあまりにも不気味で、体力だけでなく精神力もガリガリ削られてた。

 誘拐されてどうにか逃げ出したと思ったら謎の存在に追われるなんて、TRPGだったら今すぐSANチェックしたほうがいいぐらいだ。



「エリックさま、先に……行ってください」


「な、何を言ってるんだ!もう一度捕まれば、どうなるか分からないんだぞ?!」


「わたしは……」


「黙れ!お前も……お前も俺が王子だからそんなことを言うのか!」



 しゃべりにくいのを我慢して必死に口を動かそうとした私の言葉をさえぎって、エリック王子は私の肩を掴む。

 顔をあげると、そこに見えたのは怒りながらも泣き出しそうな――――理不尽な理由で傷つけられたような表情。

 私のなかでプツンと、何かが切れた。



「ふざけるな!お前がいなかったら俺は逃げ出すことはできなかったんぞ、そんなことが――」


「うるっさいんだよ!」



 一方的に喚くこの国の第二王子の整った顔面に、私は渾身の頭突きを食らわせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る