41.犠牲にはふたつある


「さーてさてさて!予定通りお母様とお姉様は出かけたし、お父様は仕事中。部屋で読書って言ったからニナはしばらく来ない。毛玉、始めるよ!」


「ピッ!」



 私は自室のど真ん中で仁王立ちし、頭の上に乗った毛玉と一緒に気合いを入れた。

 ずっと放置していた自分の記憶について、真剣に向き合うと決めたんだ。気合いを入れるに決まってる。



「と、いざ気合いを入れてみたけど、実はもう詰んでるんだよね!」



 ズルッと毛玉が頭から落っこちた。



「ンブゥ……」


「今まで何度か気にしたことはあったんだよ。でもどうやっても思い出せないし、手がかりもないから後回しにしてたんだよ、実は」



 正確に言えば、手がかりになりそうなものはある。

 それはこの自室に置いてある品々だ。


 チェストの上の大きなぬいぐるみは、去年の夏の社交期。私を残して王都へ行っていたソフィアお姉様が、お土産に渡してきたもの。

 その横の刺繍セットは、貴族令嬢の嗜みとしてお母様に刺繍を教わりはじめた二年前から置いてある。

 本棚に詰まっている本は、部屋で大人しく過ごすようにとお父様が使用人を仲介して渡してきたもの。奥付の出版年は三年以上前のものもあったけれど、本の日焼け具合や傷み具合からしてそれほど古くない。いつ頃渡されたかも、だいたいだが覚えている。

 あとは手紙。社交期中のお姉様や、ジャンお兄様、主治医のフォッグ先生から送られて、大事に引き出しに入れて保管していたものだ。

 それをすべて読み返してみたけれど、どれもこれも私の体調を心配するものだった。残念ながらあてにはならない。

 この部屋にあるものは、すべて三年以内に私の手元に来たものばかりなのだ。

 果たしてそれが偶然か、故意か……。



「きな臭くなってきたなぁ。ミシェルわたしの日記でもあれば手っ取り早いんだけど、そんな都合のいいものはないし」



 そもそも屋敷から一歩も出ず、訪ねてくれる友だちもいない。狭い世界で限られた人としか会わず、頻繁に体調を崩して寝込むお子様が、日記に残しておきたい体験をするわけがない。

 私はどうしたもんかと考えながら、チェストの上の箱を開け、ゲームのシナリオをまとめた通称予言の書を眺めた。



「これを見たって、悪役サイドのモブキャラの情報はほぼゼロだし……」



 乙女ゲームに登場するミシェル・マリー・パールグレイは、悪役令嬢の取り巻きだ。

 誰を攻略するか、どのルートを目指すかによって登場頻度は変わるけれど、やることは基本的に主人公への嫌がらせ。

 上流階級的に非常識とされる言動をしてしまった主人公を嘲笑したり、文句や嫌味を言ったり。悪役令嬢の命令で、陰湿な嫌がらせをする小悪党である。

 要するにソフィアを『たくさんの取り巻きがいて、そいつらを使って攻略の邪魔をしてくる小賢しくて性格の悪い悪役令嬢』とプレイヤーに強く印象付けるためのキャラクター、俗にいうモブキャラだ。


 それでも一応は悪役令嬢の妹として、名前や顔、セリフなんかはあった。むしろたくさんいるという設定の悪役令嬢の取り巻きで、唯一まともに登場するのがミシェルだった。

 だがしょせんはモブ。ゲームを最後までプレイしても分かる設定は学年は主人公の一つ下で、悪役令嬢の妹ということだけだ。

 魔法が使えるかどうかという描写もなければ、当然生い立ちを掘り下げられることもない。


 つまり元プレイヤーであり、現ミシェルである私は、前世を思い出す前の自分の記憶にあることしかミシェル・マリー・パールグレイを知ることができないのである。



「うん!やっぱり詰み!打つ手なし!」


「ブゥン!」


「諦めるなんて言ってないよ。他を探るにしても、どこから手を付けるか悩んでるだけ」


「プーピー」


「ちょっと、その疑うような目はなにさ。……まぁいいよ、とりあえず別の場所を探してみよう」



 じとっと見上げてくる毛玉を床から拾い上げ、肩に乗せながら部屋を出る。

 そして特に宛もなくフラフラと広い屋敷を歩き回り、調べ物ならやっぱりここだよねと自然と足は書庫に向かっていた。

 書庫の扉を開けるなり、私は首を傾げた。



「あれ?誰もいない?」



 午前中は、だいたいどこへ行っても使用人が仕事をしている。書庫の場合は女性使用人が掃除、男性使用人が書架の整理をしているはずだ。

 しかし物音一つせず、見回しても誰一人いなかった。



「これは……」



 禁止されている踏み台やはしごを使って、自力では届かない場所の本を調べるチャンスなのでは?

 そこに、三年以上前の手がかりがあるのでは?

 もともと禁止令が出されたのは、前世を思い出す前。病弱もやしっ子だった頃に、どん臭く足を滑らせ落ちたのが原因だ。

 けれどもうそれは過去のこと。今の私は乗馬をするぐらい体力があって、体調だって夏から一度も崩していない。



「よしっ!毛玉、上の方の本を探してみよう!」


「ピィ!」



 もしも誰かが来てしまった時に備えて、私は入口から遠い、書庫の奥の方へと向かった。



「そういえば、この辺ってあんまり来たことないかも……」


「プーピー?」


「時々お父様がこっちに入っていくのを見ててね。鉢合わせするのも嫌だから、ちょっと避けてたの」



 踏み台やはしごを使いながら、書架に詰まった本の背表紙を確認しながら奥へ奥へと進んでいく。

 すると論文や評論、報告書、あとは領地運営に必要そうな農業や畜産業、建設工事技術をまとめて実用書的なものばかり。前世を思い出す前のぽやっとした十歳児が読んでも、絶対に理解できないであろうものばかりだった。

 お父様のほかに、じいやがここから本を持って出ていく姿も見かけていた。たぶんお父様の仕事に必要で、滅多に使わないが無いと不便な資料はここにまとめて置いたんだろう。



「ハズレかな」



 突き当りまで来てしまったけれど、私に関係するものは無さそうだ。違う書架か、いっそ違う部屋を探してみた方がいいかな。

 そう思い始めた時、ふと、視線が上に。吸い寄せられるように、顔が上がった。



「……箱」



 黒い、たぶん小柄な私が抱えても腕が回りきる程度の大きさの箱。

 書架と天井の間にはいくつか箱が置いてあるけれど、その箱にだけ中身を書いた紙が貼られていなかった。些細な違いだ。でも他とは違うことが、なんだか気になる。

 あの中に絶対に何かがある、下ろして開けてみようと、探究心が芽を出した。

 私は箱の真下まではしごを運び、迷いなくよじ登る。────が、手が届かなかった。



「あ〜腕が短いばっかりにぃ〜!」



 書架の天板に指先はかかるけれど、肝心の箱は、奥へと少し押し込まれているので届かない。おまけに上の様子は全く見えないときた。

 だが、これしきのことで飽きらめてなるものか!



「毛玉。放り投げるから、箱の裏から押せそうだったら押してくれない?」


「ンブゥ〜」


「あとでバラの砂糖漬けあげるから」


「ピィ!」



 好物で釣れば、あっさり取引成立。

 私は肩に乗っていた毛玉を掴み、ぽいっと書架の上へと放り投げた。



「どう?入れる隙間ある?」


「ピッ」


「よし!じゃあ試しに押してみて。ゆっくりね?」



 箱の中身が軽ければ、毛玉でも動かせる可能性はある。そして私の指が引っかかれば、どうにか下ろせるはずだ。

 そんな一縷の望みにかけてみたけれど……。



「毛玉?」



 返事がない。箱も動かない。



「毛玉さん?」



 無音。箱はピクリともしない。



「分かった!ムリなんだね?私が悪かった!もういいよ、違う方法考えよう!?」



 慌てて声をかければ、毛玉は「プフゥン……」と情けない声を上げながら戻ってきた。

 さっきまで白かった体は灰色でホコリまみれ、毛並みもボサボサになっているのを見るに、そうとう頑張ってくれたらしい。無茶言ってごめん……。



「何か棒でも使って取るかな」



 チンパンジーだって道具を使ってエサを取るんだ。人間の私が道具を使わずしてどうする。

 はしごを降りながら、身近に使えそうな物はあったか考える。するとすぐにピンときた。

 私は疲れ切った様子の毛玉をそっと床に置き、急いで書庫を出る。

 そしてすぐ近くの居間で目的の物を入手すると、使用人に見つからないように行き以上に急いで書庫まで戻った。



「ふふーん、今が暖炉を使う季節でラッキーだったよ」



 居間から持ってきたのは、火かき棒。

 我が家では暖炉を使う時期だけ、すべての部屋の暖炉脇に置いてあるのだ。

 灰をかき出すために、先端が曲がっている。その部分を引っかけることができれば、箱を取れるだろう。



「どう、毛玉。これならイケそうじゃない?」


「……ブッ」



 少し重たくて冷たい鉄製の火かき棒を見せれば、毛玉は嫌そうに後ずさった。



「どうしたの?」


「ブッ、ブゥンッ」


「ああ、うん、そうだね。さっさと取るよ」



 なぜだか急に不機嫌な毛玉に頷いて、火かき棒片手にはしごをよじ登った。

 落ちないように注意しながら、火かき棒を書架の上に突っ込む。そのまま先端が引っかかるように動かせば、ずずっと箱が動いた。



「おっ!」



 引っかかった先端が外れないよう、慎重に引き寄せる。

 すると箱はずっ、ずっ、とゆっくり書架の天板からはみ出し始めた。

 ここまでくればもう勝ったも同然。私は一度はしごを降りて火かき棒を床に置くと、再び登り、両手で慎重に箱を取った。

 思ってたより重くない。これなら脇に抱えて降りられる。

 そうしてはしご降りてから改めて箱をよく見てみれば、あれ?、と違和感を抱いた。



「これ、ホコリ被ってない……?」



 毛玉はホコリまみれになってしまった。けれど同じ場所に置いてあった箱は、薄っすらともホコリを被っていない。

 それはつまり、



「最近置いたばっかりか、誰かが頻繁に動かしてる……ってことになるよね?」



 でも、誰が?なんのために?

 この辺りはお父様が仕事に使う本ばかりだ。お母様やお姉様が近づくとは思えない。近づくとすれば、お父様とじいや、あとは掃除の使用人ぐらいだ。

 そしてなんのために箱を動かすかって、それはもちろん中の物に用があるからだ。

 しかし私の驚きは、そこでは終わらなかった。



「ええっ?!南京錠付いてる?!」



 これだけ苦労して下ろしたのに、まさかの鍵付きだったのだ。



「書庫の一番奥に、鍵のかかった箱。うわぁ〜怪しい匂いしかしな〜い」



 我が家で鍵の管理は、全使用人の頂点であるじいやの役目だ。

 食料庫の鍵は料理長、洗濯場の鍵は洗濯婦長、納屋の鍵は庭師など。場所によってはそこを頻繁に使う使用人の代表が持っているけれど、私達家族の私室や金庫といった重要度の高い鍵はすべてじいやが持っていている。

 そしてお父様の執務室の鍵も、じいやの管理下だ。

 お父様用の書架の上にあったこの箱の鍵も、じいやが管理している可能性が高い。



「お父様本人が持ってるって可能性もあるけど、どっちみち入手難易度が高すぎる……」



 この箱に関する可能性はいくつかある。貴重な本が入ってるとか、私が片腕で持てる程度なんだからそもそも空っぽとか。

 でも私は、こう思えてならない。

 はしごの使用は禁止してある。仮に使ったところで、手は届かない。そもそも自分を避けてる娘が、この書架に近づくわけがない。娘に何かを隠すなら、これ以上お誂え向きの場所はない。

 そう考えたお父様が、ここ私に知られたくない秘密を置いておいたのでは?、と。



「うーん、それはさすがに、実の父親を信用しなさ過ぎかな……?」



 私が今調べているのは、三年以上前の私自身のこと。

 これは、誰に聞いてもはぐらかされる。絶対にはぐらかされる。もう経験から百パーセントだとそう言い切れる。

 そう思って誰にも質問せず自力で暴いてやろうと思ったわけで、お父様の秘密を暴いてやろうと思ったわけではない。

 何より、もうそういうのはやめると決めたんだ。

 この箱の中身は、お父様のちょっと恥ずかしい趣味の物が入ってるかもしれないんだから。鍵をぶっ壊してでも開けようなんて思うのはやめよう。



「──いや、それはそれですっごい気になるやつじゃん!」



 国王陛下がもっとも信頼を置く、この国の頭脳。

 そんな肩書きの人が、家族に隠すちょっと恥ずかしい趣味なんて、面白い予感しかしない。

 せっかく毛玉も手伝ってくれて、ここまで苦労して下ろしたんだ。このまま戻すのはもったいないだろう。

 でも、鍵がかかっている。私に都合よくピッキングなんて技術はないし……。



「開けぇ〜ゴマ!……なぁんてね」



 ガチャン、と。



「え……」



 言いながら箱をパシパシ叩いた瞬間、南京錠の掛け金が上がった。

 鍵が、あいた。



「え、いや、いやいやいやいや!?違うよね!?私がバシバシ叩いたから、そのせいだよね!?」


「プピッ」


「うるさいって……。無茶言って手伝わせたの怒ってるの?」



 この世界が魔法ファンタジー世界ってことは理解しているつもりだ。

 でも時々忘れた頃にやってくるファンタジー現象は、ちょっと頭と心がついていけなくなるからやめてほしい。

 この世界の人には当たり前のことでも、前世の記憶があり、自分自身が魔法を使えない私にとっては当たり前のことではないのである。



「ま、いいか。これは鍵が壊れてたせいで、勝手に開いたんだよ。そう、これは事故。事故事故」



 私は自分に言い聞かせながら、手早くぶら下がる南京錠を外して蓋を開けた。

 するとその中は、貴重な本でもお父様の恥ずかしい趣味の物でもない。ましてや空でもない。

 筒状に丸められた紙と手帳が三冊、それからさらに手のひらサイズの箱が入っていた。



「なんだろう?」



 私はまず、一番上の紙筒を手に取った。

 紐を解いて見れば、どうやらかなり大きな紙を、箱に入るよう四つ折りにしてさらに丸めていたらしい。

 床に置いて広げれば、木の根元のような絵が目に入る。さらに広げれば、幹には人の名前と暦、幹から伸びた枝にも同じように名前と暦が書かれていた。



「家系図……ファミリーツリーってやつだ。あれ?でもこれ……」



 しっかりとついてしまっている巻き癖に苦戦しながら、床に置いて上へ上へと広げていく。

 するとそこに書かれた人達の姓は、エバーグリーン。これはパールグレイ家の家系図ではなく、お母様の実家エバーグリーン侯爵家の家系図だった。

 家系図ということは、名前の下に書いてあるのは生まれた年と亡くなった年だろう。

 なんでこんなものがうちの書庫に?しかもわざわざ鍵付きの箱で保管してあったんだ?

 そう疑問を抱きながら広げきった瞬間、息を飲んだ。



「なにこれ、どういうこと……?」



 私が顔と名前を知っているエバーグリーン家の関係者で、最年長はお祖父様。その横には、私が生まれる前に亡くなったと聞いているお祖母様。

 そんな二人から伸びる枝は二本。一本は私のお母様であるセシリアとあり、もう一本はその弟ステファン叔父様の名前が書かれている。

 ここまでは、なんの問題もない。


 けれど、叔父様とその横の叔母様から伸びた枝は、二本だった。


 私がお兄様と呼ぶジャン=ドミニク・エバーグリーンの他に、もう一人、名前があった。

 『ジャン=クロード・エバーグリーン』。生誕年は、今から十三年前になっている。没年は書かれていなかった。


 こんな人、私は知らない。

 ずっとお兄様と呼ぶあの人が、エバーグリーン家の一人息子だと聞かされてきた。

 母方の従兄は、一人しかいないと聞かされてきた。

 乙女ゲームでも、あの人は侯爵家の嫡男という設定になっていた。

 もうこの時点で無数の疑問符が浮かぶ。

 だが私がなによりも信じられないのは、目が離せないのは、そこではない。



「なんで……」



 お祖父様と亡きお祖母様から伸びた枝のもう一方には、お母様が書かれている。その横にはお父様の名前。

 そんな二人から伸びる枝は、一本。



「なんで、私の名前がないの……?」



 ソフィア・ローラ・パールグレイ。

 お姉様の名前しか、書かれていなかった。



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