05 指輪について

「指輪か……」


 ダルトの連れてきた女性の左手には指輪がはめられていた。

 左手の薬指につける指輪というとその意味は一つしかないのだけど、ダルトはそれについては完全に否定してきた。

 まあ、ここで否定しないと指輪の呪いをかけたのがダルトという事になってしまうので、当然の流れではある。


「指輪って、色々あるわよね……」

「色んな効果の指輪がありますからねえ」

「これは、俺の家に来たときからずっと付けてたんだよ。外してるの見たことないし、これが何か悪さしてるんじゃないかって思うんだけどな」

「それで僕の店に来たのか」


 黙って頷くダルト。


「そうは言っても、まずは体調回復を優先させなきゃダメじゃない?」

「原因がわからない事には回復もさせようがないと思ったんだよ」

「私としては先にこっちに来て欲しかったかな。調べている間に手遅れになったらどうしようもないし」


 僧侶として、回復魔法の使い手としてはそういう考えになるのも理解出来る。しかし、僕も同じ状況になったら、つい原因の追及を先にしてしまいそうな気がする。


「リトさんなら、どうしますか」

「もちろん治療を優先するわね。例えば毒を抜くことで逆に死ぬという病があったとして、メリトさんがいきなり全部抜いたりとかしないと思うし」

「大抵の魔法は効果の調整が効くから、リトちゃんの言う通りにしていくと思う。何もしないよりはその方がマシでしょう。もし逆効果だったとしても、戻せる程度の効果にはするだろうし」

「わかったよ次からはそうするよ」


 ダルトが大げさに肩をすくめて、お手上げだとでも言いたげなポーズで二人にそう告げた。女性二人にああまで言われれば、反論する方が愚かというものだろう。


「大体ね、あんたっていっつも大事な所でズレるのよ。この前の時も……」

「これ話が進まないな」


 このメンツだとどうしても話が脱線しがちになってしまう。

 先日の、久しぶりにダンジョンに入った時も慣れてきた辺りでどんどん雑談が増えていったものだった。

 訓練所では探索中の私語は緊張感を削いで集中力も欠くので慎め、と言われていたので大抵のパーティは無駄口を叩かない。そもそもダンジョンに来てまで明日の夕食のメニューについて真剣に語り合ったりするパーティはそうはいないだろう。僕らのパーティはそういう事を毎回やっていた。

 雑談の途中で戦闘になった場合など、雑談に集中するために戦闘を手短に済ませようとする。

 復帰ではなく、集中だ。戦闘時でも雑談は続き、周囲の雑音に負けないように声を張り上げてまで返答をする。今にして思えば、呪文の詠唱と雑談を同時にこなす必要に迫られて術式の短縮化などの研究を張り切っていた。手段と目的が完全に逆転している。

 なんでそこまで話を続けたかったのか謎だが、それが僕らのやり方だったので、そういうものだからとしか言いようがない。


 結局今に至るまで、緊張感に欠ける雑談をしがちな癖は直らない。


 どうしようかと思案していると、例の女性の容態が悪化し始めた。

 玉のような汗をかき、酷く苦しそうにうめいている。ダルトが慌てて声をかけるが反応もない。


「もう、これは【快癒】を試してみるわね。一日に何度も【大癒】をかけ続けるのはこの人の体にもあまり良くなさそうだし」

「回復魔法ってあんまり体に良くない……?」

「そういう訳じゃないけど、短時間に体の具合を何度も悪くさせるのは、結局本人の体力を削っていくんじゃないかなって。まあ、単に何度も苦しませるのが心苦しいってだけかもしれないけど」


 そう言うと、苦しむ女性に手をかざして目を閉じた。小さな声で呪文を唱えていくと、彼女の体にエーテルが集まっていく。

 一瞬、彼女の体がぼんやりと光り、その輝きが収まって行くにつれて彼女の表情も和らいでいく。荒かった呼吸も穏やかになり、顔色もずいぶんと良くなった。


「今までで一番効果があった感じはする……かしら」

「寝息は随分と穏やかだな」


 大人しくしてくれているウチに、指輪を少し見させてもらうことにした。

 胸の上に置かれた左手に視線を向ける。エーテルを視る前に、まずは指輪そのものを確認しておこう。

 銀色のリングには宝石の類いは一切付いておらず、綺麗に磨かれた本体には細かい紋様が彫り込まれている。指で隠れている部分が多いため、文様の全体は読み取れないが、この文様には見覚えがある。


「どうした、微妙な面で」

「いや、どうにも縁が深くなっていっている気がしてね」

「……女神の?」


 いつもの事ながら、リトさんは勘がいい。この指輪のデザインは、先日僕がひっかかって猫になってしまった、あの指輪にそっくりなのだ。


「ちゃんと調べてみないと確実とは言えませんが、おそらくはミスリルで出来ていますし、この文様のデザインは例の女神の作った物によく似ています」

「文様ってそんなに違いが出るものなの?」

「サインみたいなものなので、結構筆跡に癖が出るんです。たまたま僕がよく見るのでそれを覚えていただけですが……」

「あの女神のアイテムってそんなに大量に生産されてたの?」

「いやあ……それこそ、縁が深いだけなんだと思いますよ。いくら女神とはいえ、一柱単独で作る魔法のアイテムなんて、そこまで数が出せるとも思えません」


 出来ればしっかり確認してみたい。指輪を外させてもらえるならそうしたいのだけど、こういう時は外すことで発動する罠というパターンも考えられるので、安易に手を出せない。出来るだけ文様のパターンを覚えておくためにじっくりと観察していると、ふいに手が動いた。


「んん……」


 寝息に微かに声が混じる。手だけでなく頭も動き出しているのは、意識が戻りつつあるのだろう。


「あ、気がついたのかな?」

「カル、胸ばっかり凝視してると思われるから気をつけた方がいいよ」


 言われてすぐに彼女から離れる。初対面で変な印象を持たれると後々面倒なので従っておこう。

 女性は何度か体をゆるったり頭を動かしたりしてから、ゆっくりと目を開いた。

 しばらくはそのまままどろんでいたが、やがて異変に気付いて跳ね起きた。

 周囲を見渡し、ダルトの姿を見つけてようやく安心したような表情を見せたが、相変わらず何も喋ろうとはしない。

 ここはどこだ、とかお前達は誰だとか、そういうような疑問すら、彼女は発する事はついになかった。


「だ、大丈夫か? 痛いところとかないか?」


 ダルトがベッドに手をかけて声をかけたが、それにも特に言葉はなく、ゆっくりと首を縦に振るだけだ。何度も首を振っているのは、彼女なりにダルトを心配させないようにしているのかもしれない。


「こんにちは。ここにいるのは、みんな彼の……ダルトのお友達だから、安心して」

「……」

「熱を出してうなされていたから、魔法をかけていたのだけど、体に不調はないかしら。何かあったらすぐに教えて欲しいのだけど」

「あ……」


 話しかけるメリトに対し、若干怯えながらも話は聞いているようだ。ただし、返答はしてくれず、小さな声でうめいているだけだ。聞こえない程の小さな声で話しているのかとも思ったが、口元を見ても言葉を発している様子はない。ため息をつくように単音を発しているだけだった。


「まだ、具合は良くないのかしら……」

「あれだけ高熱を出していればね」


 いきなり見知らぬ場所で、見知らぬ人ばかりに囲まれれば驚くだろう。しかしそれでも、ダルトに対しても話さないのは不自然にも思える。落ち着かない様子で、ダルトを含めて僕らを不安そうな表情で眺めている。


「とにかく名前とか、具合とか、色々聞いておきたい所なのだけど」

「話してくれない事には……」


 僕らが彼女を見ても、申し訳なさそうに視線を下げるだけで、やはり何も話そうとはしない。何か話してくれることを期待する僕らも、そのまま無口になってしまい、部屋が静寂に包まれる。時折顔を上げて吐息を漏らすものの、声を出すには至らず、その度に肩を下げる僕ら。

 それを見た彼女がさらに申し訳なさそうにするので、これはあまり良いサイクルではないかもしれない。



 しばらく、無意味な時間が過ぎた。

 その間に彼女の体調が崩れるという事もない、本当の意味での無意味な時間であった事だけは良かったかもしれない。

 何度かメリトが話しかけてはいたが、一向に喋る気配もなく、態度も変わらない。むしろどんどん畏縮しているようにも見えるが、それは仕方がないだろう。


「どうだ?」

「見ての通りだけど……何となくわかったかもしれない」

「何?」

「この子、話さないんじゃなくて、多分話せないんだと思う」


 そう言われて全員がはっとして彼女を見ると、その視線に気圧されながらも、彼女がゆっくりと首を縦に振った。

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