03 深夜の帰還

「今日潜っていった探索者、まだ誰も帰ってきてないらしいぜ」


 首なし美人亭で遅めの夕食を摂ろうとしたら、相席していた探索者の知り合いからそんな事を言われた。

 一人分の食事を作るのも面倒だったので、一番近くの宿屋であるこの店にやってきたのは、日が暮れて少し経ってからだ。


 店の看板は女性をかたどったものなのだが、いつの頃からか首から上が欠けてしまい、それ以来首なし美人亭という呼び名で定着してしまっている。

 首がないのに美人とはこれいかに、と名前だけが一人歩きして評判になったため、今では正式な名前で呼ぶものはいない。

 青竜亭と並んで、この街の宿屋の老舗の一つだ。


 自分の店に近いからという理由でよく通っているが、老舗だけあって料理の腕前は確かなもので、毎日この時間は宿泊客より明らかに多い人でテーブルが埋まっている。


 しかし、今日の店内は普段と比べて若干人が少ない。

 それでいて騒がしさはいつも以上だった。

 テーブルでは食事も酒もそこそこに、複雑な表情で話をしている人が多く、その雰囲気はいつものような武勇伝を語るものではなく、不穏な噂を確認しあうような、そんな暗い空気が漂っていた。

 周りを見渡すと、いつもよりも探索者の数が少ないように感じる。

 特に、ダンジョンから帰ってきたばかりの探索者がほとんど見当たらない。


 ダンジョンから帰ってきた探索者は、とりあえず甲冑を外しただけだったり、手や顔を拭いただけで済ませたりと、何というかあまり清潔ではない。

 仕事帰りの鍛冶屋も似たようなものだが、モンスターの体液が服に付いていたりする事も多いので、あまり同席したくない。

 言われなくてもダンジョン帰りの探索者は、そういう人たちだけで固まってテーブルに座るので、よほどの事がなければ相席になる事はないのだけど。


 今日はそんな探索者がほとんどいないのだ。

 そして席に着くなり探索者が帰ってきていないなどと言われては、僕とて食事どころではない。


「今日戻る予定だったのかい?」

「ああ、大規模攻略とはいっても下に降りる方法を探すだけだからな、探索時間はいつもと同じって話だったはずだ」

「それならとっくに帰ってきてるはずだね……」


 どこかのテーブルで全滅か、という声が聞こえた。

 その途端に周囲がざわめき、より一層騒がしくなる。


 総勢三十人近い探索者が同じフロアで探索しているのだから、それが全滅するなどという事は、さすがに考えにくい。

 よほど強いモンスターが大量に発生したり、誰も知らなかった凄いトラップがあったりという事でもなければ、現段階で最強の布陣とも言われるメンツが一斉にやられる事はないだろう。

 そして、すでに一年近く探索を続けている階層で、今更そんな場所があるとも思えない。


 だが、しかし。

 今日発生した地震が気にかかる。

 大崩壊が起こったとは思わないが、ダンジョン内で多少の影響があった可能性はある。

 探索者が全滅するほどの影響というのは考えられないが、登りの階段が失われる、とかその程度ならあり得ない話ではない。


「帰ってきたぞ!」


 誰かが店に走ってきて、探索者の帰りを知らせてくれた。

 その言葉を聞くや否や、一部の客が立ち上がって外へ駆け出す。もちろん僕もその中に混じって町外れまで走った。

 すでに街の灯りはほとんどが消され、月の明かりも頼りない中で、誰かが灯りの魔法を使って照らしてくれていた。

 走って行く中で別の道からも同様に走ってくる人が来て、町外れの入り口に着く頃には数十人の集団となっていた。他の宿でも気になっている人は多かったらしい。


 ダンジョンの入り口では、探索者の集団が疲れた表情で集まって座り込んでいた。誰も一言も喋らず、ただ俯いて呼吸を整えている。

 通常、ダンジョンから出てきた探索者は多かれ少なかれその成果について話し合ったり、戦利品を確認したりするものだが、誰も動こうとするものはおらず、ただ荒い呼吸と、若干のうめき声だけが聞こえてくる。

 異様な雰囲気の中で、迎えに来た方も声をかけられないまま、黙って立ち尽くしていた。


「カル、どうなってるの?」


 後ろから声をかけてきたのは、メリトだった。

 大規模な攻略という事で、寺院でも帰還後の治療などの対応が必要だろうという事で待機していたらしい。日中にウチの店に来たときにそんな話をしていた気がする。

 寺院にも探索者の帰還の報が届いたのだろう、何人かの僧侶が駆けつけている。

 普段ならわざわざ駆けつけることもないのだが、さすがにこの時間という事で、万が一の事を考えてメリトが手配したのだと思う。


「僕も今来たところだけど、様子については見ての通り」

「……リトちゃんは?」

「え?」


 言われてみれば、リトさんが見当たらない。

 リトさんと同じパーティのメンバーは僕も何度か顔を合わせているので知っているが、彼らも全員、どこにもいない。


「怪我をしている人はいませんか? 手を上げてください」

「すまねえ、頼む……」

「こっちも……」


 寺院から来た僧侶達は、怪我をした探索者の所へ駆け寄っていく。探索者の中にも僧侶はいるが、魔法の力も尽きてしまえば怪我を治す事もままならない。見れば結構な数の人が怪我をしているようで、メリトの判断は正しかったといえる。

 彼女が声をかけてくれたおかげで、ようやく他の人も声をかけられるようになった。いたわりの言葉をかけるものや、心配する人など様々だが、やはりこの中にリトさんは見当たらず、声も聞こえてこない。


「なあ、リトさんを知らないか」

「鑑定屋か……。すまない、自分たちの身を守るのに精一杯だった……」

「いや、いいんだ。ゆっくり休んでくれ」


 知り合いの探索者に声をかけて、リトさんのパーティについて知らないか聞いて回るが、どのパーティも他の人の事を心配する余裕がなかったらしく、情報が全く得られないまま、とうとう全員に声をかけ終わってしまった。

 最悪の事態を想像しかけたところで、奥から誰かが声を上げた。


「おい、誰か上がってきたぞ!」

「まだ残ってたのかよ」

「誰か確認したのか?」


 ダンジョンの入り口を見ると、確かに六人組が出てくるところだった。

 慌てて駆け寄るが、残念ながらリトさんはそこにいなかった。


「ああ、鑑定の」

「マウジ……確か今回の探索はお前が……」

「……すまない、俺のせいだ」

「何があった?」


 最後にやってきたパーティのリーダー、マウジは僕やリトさんの共通の知り合いだ。

 攻略派の中でもトップクラスの実力を持つ戦士で、今回の探索のリーダーを務めていたはずだ。彼がこのタイミングでダンジョンから出てきたという事は、おそらくは隊の最後を守っていたという事だろう。

 つまり、これより後に出てくる探索者は、いない。


「すまない……」

「八階で何があったんだ?」

「すまん……」


 何を聞いても謝るばかりで話が進まない。

 マウジ以外のパーティメンバーも俯いたまま、誰も口を開こうとはしない。

 メリトが駆け寄ってきて、怪我はないか確認してくれていたが、幸いこのメンバーで大けがをした者はいないようだ。


「すまない、すまない……!」

「落ち着いて。もう一度聞くが、何があった?」


 震える声で、絞り出すように、マウジが一言だけ、小さく口にしたのは。

 僕が予想していた中でも、一番聞きたくない言葉だった。


「リト達を……置いてきた」

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