02 五日前
「おや、今日は一人なのかい」
「あれ、嬢ちゃんはいないのか」
「なんだー、リトちゃん来てないのかー」
リトさんがダンジョンに行くと言って出て行ってから数日、来店する常連客や知り合い達が口を揃えてリトさんの不在を指摘して来た。
人によっては来店時の開口一番にそれを指摘する人もいて、君たちは何をしにこの店に来たのか声に出して言ってみろという気分になったりもした。
それくらい、彼女の存在感は大きいということだろうか。
「君が愛想悪いから皆がリトちゃんと話したがるんだよ」
「愛想で勝負する店じゃないと思うんだけどな……」
「レアなスキル持ってるからって貴族みたいな商売してたらそのうち仕事なくなっちゃうわよ」
「あそこまで酷いことはしてないだろ」
久しぶりに顔を出したメリトに窘められてしまった。
別にこの店はバーじゃないんだから小粋な会話を楽しむ必要はないのだし、最低限必要な情報をお互いにやり取り出来ればそれで商売は成立するんじゃないかと思うのだけど。
僕自身、それほど商売に向いてる性格じゃないというのは自覚している。同じようなスキルを持った店が現れて、そこの店主が話し上手なら、客を取られてしまうかもしれないとは常々思っている。
「そうは言っても商会に鑑定出すよりはマシだろう?」
「あれこそ貴族の商売だものね。私たちは近寄らないけど」
リトさんの父親も評議員として参加しているこの街の商会は、あらゆる商売を束ねた巨大なギルドだ。もはや大きくなりすぎて、名前を呼ぶ必要すらなく、商会といえば迷宮街の商会を指す、と近隣諸国にまで浸透してしまっている。
商会では、正体不明のアイテムの鑑定をする部署も存在する。僕も現役時代は利用していた事があるが、とにかく鑑定料が高い。
鑑定そのものに料金が設定されているのではなく、鑑定後に確定する商品価格の半額を請求される。
商会が商品を買い取る場合は商品価格の半額が基本なので、そのまま商会に引き取ってもらえば実質無料で鑑定出来るという仕組みだ。逆に言えばどんなアイテムも商会相手に取引する限り儲けが出ない。
「リトちゃんはダンジョンかあ。いつ行くって?」
「何もなければ今日から潜ってるはずだけどな。大がかりな攻略だって言ってたから、準備に時間がかかってたはず」
「ああ、寺院でもちょっと話題になってたわ、ようやく八階の攻略を終わらせるって」
ダンジョンに潜ろうというと、普通は準備に一日から二日かかる。装備品の整備や消耗品の補充、作戦に合わせたアイテムの調達などが必要だからだ。
かなり本格的で、大規模な攻略になるので、通常よりも時間がかかる可能性も高い。何故かリトさんは店にあった炎の剣などのどうでもいいアイテムを何点か借りていったけれど、使い道があるんだろうか。
「それにしても、そんな大規模な攻略に参加するなんてねえ。随分成長したものねえ」
「今や攻略派の中核メンバーの一角だそうだからね」
「懐かしいな。私たちだって、昔はそうだったじゃない」
僕らが現役だった頃はそんな名前はなかったけれど、それでも確かに率先して先へ進む事を是としていたパーティの一派ではあった。先行する事で得られるメリットが今と比べてもかなり多かったから、という即物的な理由もあったけれど、単純に誰も知らない場所を踏破する事が楽しかったというのもちょっとあった。
このメンツならどこまでも行ける。
どんな敵であろうと何も怖くない。
……などと、そんな風に思っていた事すらあった。それが若さであるという事かもしれないが、そんな気分のおかげでどんどん先行していく事が出来た。
そうして先行していたおかげであの大崩落の時に完全に孤立してしまい、その結果としてパーティが事実上解散してしまったのだけど。
今の団体行動を是とするやり方は、その辺りの反省が活かされているのかもしれない。探索者全体を大きな一つのパーティとする考え方なのだろう。
「そうすると、店に来るのは……三日後くらい? 何事もないといいわね」
「今更問題も起きないと思うけどな」
ダンジョンに潜るのは、通常は日帰りであり、朝に入って夕方までには出てくるのが基本だ。中で安全な場所を確保するのが難しいので、よほどの事態でなければダンジョン内で一泊する探索者はいない。
そして、帰ったらその日のうちに戦利品の分配などもやっておく必要があるため、翌日は疲れて何も出来ない事が多い。
戦利品については、よほど信頼しあえる関係であれば誰か一人に預けておいたりする事もあるだろうが、大抵の場合はそこまで責任が取れないか、持ち逃げされる事を恐れて分配まで終わらせておく方が多い。
僕らのパーティは、全ての戦利品を一括して僕が預かって全て鑑定しておくというやり方が定着していたので、分配は翌日以降に行っていたが、あまり一般的ではないというのを引退後に知った。
「一人なんて久しぶりなんじゃない? 寂しくない?」
「なんで?」
「いや何でって……。なんとも思わない?」
「うん、まあ……静かなだなとは思うけど」
それを寂しいというのかというと、それはどうかなと思う。
昨日から何度かリトさんに向かって話しかけて、返事が来ないことで今はいないという事を実感したりする事はあった。
確かに、日中に彼女が店にいることが当たり前と思うようになっていたかもしれない。彼女もごく自然に仕事に割り込んでくるし、そのまま手伝ってくれるので、そういうものだと勝手に思い込んでしまっていた。
言われてみれば今、この店に彼女はいないのだった。
自覚してしまうと、急にこの店が広く、そして静かに感じられた。
「あのね、普通はそれを寂しいっていうのよ?」
「そうかな」
「リトちゃんも可愛そうに……。今頃どうしてるかしら……」
突然、店内の商品たちがカタカタと音を立てて揺れ始めた。
揺れは次第に大きくなっていき、商品どころか建物全体が揺れだし、耐えきれなくなった商品が棚から堕ちて、派手な音を立てる。
「きゃあっ!」
「な、なんだ……!」
高い位置に配置されていた小箱がメリトの頭上に落ちてきたため、慌てて彼女の上に覆い被さると、見事に背中の上に落ちてきた。
若干無様な声を吐き出しつつも、何とか怪我はさせずに済んだようだ。
「あ、ありがと……」
「治せる人に先に怪我をされたら困るからね」
「……そうね」
「顔赤いけど大丈夫か? やっぱりどこか打った?」
「平気よ!」
大きな揺れは数十秒程続き、ようやく収まった頃には店内は大分散らかってしまっていた。幸い危険な薬品の類いは目に付く場所には置いていなかったので、床は細かいガラス片などが散乱する程度で済んだ。
炎の剣のような武器の鞘が外れていたりすれば火事になっていたかもしれないわけで、不幸中の幸いと言えなくもない。
「ふう……」
「揺れたわね……」
「こんな大きな地震、何年ぶりだろうな……」
「もしかしたらあの時以来?」
「あの時って?」
「あの、大崩落の……あ、ごめん……」
「もう気にしなくていい。平気だから」
メリトが言いかけて謝ってきたが、もうそれなりに年数も経っているので、ちょっと話題に出たくらいでは平気になっている。そういえば、彼女がこの話題を口にしたのは初めてだったかもしれない。
思い返してみると、大崩落の時はダンジョンの奥にいたので、あまり揺れの大きさは実感出来ていなかった。揺れそのものよりも、その後に発生したダンジョンの変化の方が大きかったという事もある。
あの時は宿屋に戻った時の状況が凄かった。食器類は全て床に落ちるか倒れていて、ダルトでも持ち上げるのを嫌がるテーブルの位置が全く違う場所に移動したり倒れたりしていたのだ。
店内にいた客が総出で片付けや掃除の手伝いをしていたのが印象的だった。終わるまで料理の提供も出来ないと言われれば、手伝わざるを得ないだろう。
「そんな事もあったね」
「疲れ切って帰ってきたのにあのテーブル動かせって言われて、ダルトと二人でどうやって逃げるか相談してた」
「おかみさんに捕まったのよね、確か」
「おかみさんの方が体力的には探索者向きなんじゃないかと真剣に思ったね、あの時だけは」
「確かに体力だけなら君よりよほどあるわね」
ようやくメリトに笑顔が戻った。
そこまで気にしているとは、逆にこちらが申し訳ない気がしてくる。本気であの時のことを悔やんで、何かに怒りをぶつけているのなら、この街に住み続けようとは思わないだろう。ここでこうして働いている事が何よりの証拠だと、そしてそれを理解してくれているものだと思っていたが、そんなこともなかったらしい。
「しかし、大崩落か……。確かにまた起こっても不思議じゃないんだよな」
「そうね……何事もないと良いんだけど」
残念ながら、往々にしてこういう時の悪い予感というのは当たることが多い。
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