06 蒼の貴婦人

 蒼の貴婦人って何のことなんだ。


 店に入ってくるなりよくわからない事を言い出したこの男は、探索者時代の仲間でダルトという。

 高い身長と鍛え抜かれた肉体を駆使して大型の両手剣などを振り回して戦う戦士であり、古い友人である。


 探索者を事実上引退した今でも時折こうやって遊びに来てくれるし、仕事も優先して回してくれるのでありがたい存在ではある。

 勝手知ったるなんとやらで、店の燭台に次々灯りを付けて周り、あっという間に商品の値札もはっきり読めるほどに明るくなった。


「お前もようやく女性に興味を持つようになったか」

「ばっか違ぇよ青い甲冑の女だよ! 最近街に出てくるやつ!」

「あー、あれね」

「なんだ知ってたのかよ」

「まあ、ちょっとな」


 リトさんはそういう名前で噂になってたのか……。

 あれだけ美しい甲冑が街やダンジョンを闊歩していれば、それは噂にもなろうというものか。外で一切顔を晒す事もなく、声だけでかろうじて女性だとわかるというのも、事情を知らない人からしたら、とてもミステリアスに映るかもしれない。


「ちょっと前にちらっと見かけたんだけどよ、アレぁ、アレだぜ!」

「どれだよ」

「ヴェレントの、ロストナンバー!」

「どうしてそれを……!」

「バッカお前、あの時代の甲冑であの装飾にあのラインつったらヴェレント以外にあり得ねえだろ」


 こいつは迷宮街でも有数の武器マニアで、迷宮街と呼ばれる前からこの街に住んでいた。故郷は別だそうだが、ここが有数の鍛冶の街であった事が理由で移り住んできたのだとか。


 古今東西様々な武具の知識を持ち、扱い方も対処の方法も熟知した上に素材や制作者についての知識も備えている。もともと魔法使いだった僕が武具に詳しくなって鑑定屋をやるようになったのは、こいつの影響が強い。


 それにしても……。

「散々調べた挙げ句にたどり着いた結論に、一瞥くれただけでたどり着いたのかお前……」

 本物のマニアは違う。


「バッカお前この街でヴェレントの甲冑なんて基礎知識にも程があんだろ!」

「ねえよそんなカリキュラム」

「いやあまさかロストナンバーをこの目で拝めるとは思わなかったな……!」


 暗い部屋の中でも大げさなポーズで喜びを示してくれるので何考えてるのかわかりやすくて大変助かる。

 というか、今、こいつなんて言った?


「おい、なんでロストナンバーだってわかるんだよ」

 ヴェレントの甲冑であることは、そのデザインからわかるかもしれないし、こいつならきっと判別出来るだろう。しかし世に出なかったからこそロストナンバーと呼ばれているのに、その甲冑を見て、どうしてそれを特定出来るというのか。


「見た事ねえもん、あんなの」

「まるでヴェレントの甲冑を全部見たような言い分だな」


「全部見てるぜ、一つを除いてな。あれは間違いねえよ。青い甲冑はともかく、兜のナンバー隠しの文様が同じだもんな」

「そこまで見てたのか」

「兜は一番個性が出しやすいからな、まずそこから見るもんだぜ」

 やはりマニアは違う。


「やっぱりあれはロストナンバーで間違いないんだな」

「お前もしかして蒼の貴婦人が……依頼主か?」

 黙って頷くと、ダルトの顔がみるみる赤くなり、怒りとも笑いともつかない複雑な表情に変化していった。この顔は何度か見た事がある。初めて見る武器を手にした時の顔と同じだ。


「紹介しろよ! な!」

「な、じゃねえよ」

「硬ぇ事言うなよ! 一度でいいからあの甲冑間近で見てえんだよ!」


 僕はもう十分見させてもらった、などとここで言ったらこいつに逆上されかねないので黙っておく。マニアとしてはあの貴重な甲冑を間近で見たい、というのは十分理解出来る。


「ロストナンバーについて、あと知ってる事はないか? その内容によっては考えるけど」

「んー……! そうだな……あれは、未完成だって話は聞いた事があるか?」


「そりゃ初耳だが」

「九番目の途中で体調を崩してしまって、しばらく製作を中断してたらしいんだよ。で、何年か後に出て来たのが、何故か十番だったもんで、色んな噂が立ったらしい」

「みんな真っ先に兜を見たんだな」


 もちろんナンバーは文様の中に隠されたものであり、公式に発表されているものではないので、欠番であるとかそういう類いの話は周囲が勝手に言っているだけの話だ。


「結局その後も九番が登場する事もなく、界隈ではロストナンバーと言って幻の作品扱いだ。未完成のまま倉庫にでも眠ってるんじゃないかとな」

「未完成……」

「もう一説には、九番だけは女性用に設えたという話もある。当時は女性の冒険者とかほとんど存在しなかったからな、これは信憑性は低いと思ってたんだが、あれを見る限りは本当だったのかもしれねえな」


 言われてみれば女性の体にしっかりと合わせてあったような気がする。特に肩幅の辺りは最初から女性用であったからこそ、あの美しい形を維持出来たのかもしれない。


「悪くない情報だろ?」

「そうだな……。なあ、他の奴らは元気か?」

「当たり前だろ? 五人共しっかりやってるぜ。さすがに全員でダンジョン行くのは滅多にないけどな」


 僕が彼らのパーティから離脱してからも結構な年月が経っている。その間もずっと彼らは第一線で活躍し続け、それぞれがそれなりの地位にもなっている。探索者としてだけでなく、色々な仕事をかかえるようになってしまい、ダンジョンに全員で潜れる方が珍しくなるという、探索者としてはちょっとどうかという状況だ。


「なあ、どうなんだよ、紹介してくれるのかよ?」

「考えとく。その時が来たら連絡するから」

 元々会わせてみたいと思っていた所ではあった。本当に合わせたいのはこいつじゃないけど。


「頼むぜ! ああーやべえなー! 楽しみだなー! 寝られるかなオレ!」

「今日や明日の話じゃないんだから寝てくれ」

「楽しみにしてるからな! マジで! じゃあ頼んだぜ!」


 どうも今日は本当に蒼の貴婦人の話をしに来ただけらしく、特に何も持ち出さずに帰ろうとし始めた。仕事も持ってきて欲しい所なんだけど。


「お、どうした? なんだよー寂しいってかあ?」

「何も言ってないだろ」

「一人で仕事してると人恋しくなったりするよなあー?」

「だから何も言ってないだろ」

「もうやんないのかよ、あっちは」


 急に声のトーンを落としてきた。

「……何をさ」

 何を言いたいのかは、勿論予想は出来ていた。他の仲間からも時折言われる事だ。


「ウチのパーティ、いつでも復帰歓迎だからな」

「魔法の使えない魔法使いに居場所はないよ」

「そう言うなよ。転職とか色々あるだろ、なあ」

「魔法使わない職業は埋まってるし、もうそっちに未練はないからなあ」


 もう魔法を使う事は一生出来ないと言われているし、今更戦士や盗賊に鞍替えした所でパーティーにその席はない。当時も散々話し合った挙げ句に決めた事だし、案外この暮らしも悪くないと今では思っている。


「……そうか。まあ気が変わったら言ってくれよな!」

「次はちゃんと仕事持ってきてくれよな」

 奴は黙って親指を立てて店を出て行った。


 ダルトが出て行ってから、改めて考えを整理していた。

 制作者に間違いはないはず。

 しかし、呪いの内容は探索者に渡さないように、ではなかった。

 当時の事を少しでも知っている人がいれば、話は早いのだけど。


「……少しどころじゃなく知ってるよな、彼女なら」

 かくして「花の色が変わる前に」という約束は守られることになった。

 結構な前倒しっぷりで。

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