05 一歩進んで二歩下がる
「待たせてしまったね」
「見つかったか」
「おかげさまで」
図書館の職人に関するコーナーで必要な情報を得た後も、後学のためにも少しだけ他の記事も読ませてもらってからモーリスのいる一階へ戻った。少しだけなどといいつつ、ついつい小一時間も読みふけってしまったのだけど。
「すぐに行くのか」
「ああ、早く仕事を終わらせてしまいたい」
「……また来い」
「そうだね、花の色が変わらないうちに」
図書館を出ると、既に日は頂点を超えているようだった。
あまり時間をかけられないので、近くの通りの市場に出ている屋台で適当に飯を済ませることにした。
迷宮街は探索者や職人が多いため、昼間も食事を提供してくれる店や屋台が多い。
こうして屋台などに行ってみると、現役時代に知り合った探索者仲間をよく見かける。彼らは今では旧友であると同時に客や情報源でもあるため、こういう時は積極的に話を聞くようにしている。
「よう、最近どうだい」
「おうカルフォ、久しぶりだね。ダンジョンは最近駄目さ、あんまり動きがないよ」
「新しい階層に降りられた奴はいないのかい」
「今はどのパーティも苦戦しててね……どうにも」
未だにダンジョンの最下層に降りた人はいないらしい。
そもそも最下層が何階なのかが誰にもわからない。
僕が現役だった時代でも地下五階くらいが限界だったのだけど、あれから七年近く経過して未だに八階までしか降りられていない。
その広さ自体もさることながら、ダンジョンに巣くう魔物や、そこかしこに仕掛けられた罠や仕掛けの存在がダンジョン攻略を難しくしている。階層を下るほどその傾向は強くなるようだ。
階層を一つ降りると、今までの階にいなかったような魔物も出てくるが、新たなアイテムもどんどん出てくる。正体不明のアイテムともなれば、僕にも仕事が回ってくるというものなのだけど。
まだしばらくはスープの具の量は増えそうにないようで。
「面白いもの見つけたらウチに持ってきておくれ」
「そうだな、頼りにしてるよ」
結局これといった情報は手に入らなかったが、時折こうして顔を繋いでおくのも仕事の一つだ。
市場から出て街の中心部に向かい、リトさんの家へ。
街の外縁部から中心部へ真っ直ぐ歩くと、家の作りや大きさが露骨に変化していくのが面白い。
ある通りを境に突然家の作りが変わっていき、リトさんの家に着く頃には空の広さまでもが変わってしまう。
「あ、呪い屋さん、何かわかった?」
「ええ、少し。あと鑑定屋です」
「どっちでもいいわ」
呪い屋が出入りしてるって言われて困るのリトさんだと思うのだが。
それにしても豪奢な私室の真ん中で優雅に椅子に座る甲冑というのは、何とも言えないシュールさがある。市場にいた探索者たちの半端な鎧や汚れたチェインメイルなどからすれば、高貴と評してもいいくらいに美しい甲冑なのだけど。
探索者の大半は、彼女のような全身を揃えた意匠の甲冑を用意することは出来ないので、部分ごとの中古品を着用する。指先まで一本一本覆うような手甲でなければ、多少の体格差があっても装着が出来るので、それらを組み合わせていく。
中古品も全身揃った状態で店先に並ぶことはあまりない。何故なのかは今更説明するまでもないだろう。前に使っていた人がまだ生きているならマシな方なのだから。
「制作者は、特定出来ました」
「まあ!」
「ヴェレント家の初代当主に当たる、グレフ氏で間違いないかと思います」
「当家の……」
「はい、グレフ氏は非常に高名な鎧鍛冶でした。この街の創設時にも立ち会われた方で……まあ、その辺はリトさんの方が詳しいかもしれませんが」
「亡くなった祖父から散々聞かされていたわ。父の代からはもう鍛冶の仕事を自分たちでやらなくなっているから、尚のこと私に聞いておいて欲しかったのかもしれないわね」
「お父上は、今は何を?」
「街の商会の評議員よ」
もう完全に上流階級な人になってしまっているんだな。家の起源を知っておいて欲しいとおじいさんが話したがるのもわかる気がする。
「グレフ氏についてご存知であれば、彼のロストナンバーについても……?」
「仕事には興味がなかったから、そういう細かい事は知らないわ。祖父が話したのも先祖がどれくらい偉いのかとか、そういう……まあ自慢話だと思って聞いていたから。私からしたらちょっとした昔話よね」
実際、グレフ氏はリトさんの祖父の祖父まで遡る。五代も前ともなれば家族や血族という感覚よりも先祖という、どこか他人行儀な存在に感じてしまうのは致し方ないかもしれない。昔話とは言い得て妙だ。
普通の家庭で五代も前の人間がどのような人物だったのかなんて事は、記録にも残らないしほとんど語られる事もないはずだ。
「グレフ氏は、晩年に十体の甲冑を作り上げました。それは青く輝く美しい甲冑で、多くの人の賞賛を浴びました。しかしその中で一つだけ……世に出る事なくどこかに隠されたままの甲冑があったのです」
そう言われてはっとしたように自らの青い篭手を上げて、顔を動かした。視界が狭くて腕を肩まで上げないと見えないのだけど、なんとも間抜けなポーズに見えるという事は黙っておこう。
「これが……」
「今となっては理由はわかりませんが、グレフ氏はその甲冑に、とにかく探索者に売られないようにしていたようなのです」
「探索者に?」
「強い想いを込めたものには、エーテルが宿り、そこに込めた願いが記されます。あの甲冑からは、探索者から守れというメッセージが見つかりました。余程大事にされていたのでしょうね」
甲冑に残った制作者の姿はとても穏やかな表情をしていた。像を残すほどの想いを持って作られたこの甲冑は、もしかしたらシリーズ中最も気に入っていたのかもしれない。
一つだけ世に出なかったという状況をみても、あの呪言の組み合わせ方はこういう事になるのではないかと思う。
「大事に、ねえ」
「……なにか?」
「私が、呪いをかける事が出来るような人間で、この甲冑を使われたくないと思ったら……この甲冑、台座から離れなくなるようにするわね」
「あ」
「それに、蔵の中でも隠されている感じはなくて、子供の私でもすぐ見つけられて、触れたのだから、あまりそういう気の使い方はしてなかったんじゃないかしら」
「そういえば、そうですね。昔から見ていたんでしたね」
「これは想像だけど、先祖は使われない甲冑なんて望まないと思うのよね。まあ祖父から聞いた人物像から勝手に考えただけなんだけど」
だんだんと椅子に座った甲冑に見慣れてくると、顎に手を当てて考え込むポーズもなんだか様になって見えてくる。
「参考までに、どういう方だったんでしょうか」
「とにかく、甲冑を作る事そのものに喜びを感じるような人だったそうよ。そして、それを使ってもらう事にも。ただ飾るためのものを作るような人ではないと思うのだけど」
「それでも後年にこだわっていたという芸術と実用の融合というのは、やはり飾られることも配慮していたのではないかと思うのですが」
「技術の集約と継承の為、とか言っていた気がするわ」
「配慮したのはそっちですか!」
「武器や戦術の進化に合わせて甲冑も進化していくべきで、次の世代に繋いでいくために作ったのだとか。まあ、この辺は祖父の受け売りだし、もしかしたら祖父の勝手な想像なのかもしれないけど」
そこまで考えて制作していたというのか。それが正しければ、僕の解釈は大分違っている。
しかし、だとすれば、何故呪いになるほどの願いを甲冑にかけたのだろうか。どういう意図で、そしてどうして九番だけを。
制作者までは間違いないとして、何処かで根本的な勘違いをしているらしい。
もう一度考え直さなければ……。
「すみません、一度帰って考えたいと思います。ご不便をおかけしますが」
「また帰るの!」
「それでは、今日はこれで」
「ちょっと!」
なんというか、振り出しに戻った感がある。むしろ一歩進んで二歩下がったくらいの進歩だ。一歩進んだときの高揚感が高かった分、落胆も大きい。
外に出ると、既に日が少し傾きかけている。
徒労感に包まれながら、自宅へと戻った。
何が間違っているのだろうか。
甲冑を大事にしている点は間違いないし、制作者も変わらないはずだ。
間違いをたどるためにずっと考えているが、どこなのかがわからないまま、店のソファに深く腰掛けたまま、身じろぎせずにいた。
店の中を躓かずに歩くのが困難なほどの暗さになってきた頃、ノックもなしにドアが開き、直後に大きな声が狭い部屋に響き渡った。
「よう! お前あれ見た?」
「……何をさ」
「バッカお前ェ『蒼の貴婦人』に決まってんだろ!」
初めて聞いたぞ、そんな名前。
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